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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
雪山を行く狼連れの傭兵
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星に願いを

「って、灰色!? なんでこんなところに……!?」

「――――――」


 驚愕の声を上げる俺に対し、狼は無言。

 返答の代わりに、歯を剥き出して襲い掛かってきた。


「ぬ、を……!?」


 顔見知りだから、という油断があった。それが悪かったのか。

 反応できなかった。灰色は俺の太腿に食らいつき、もがく俺を意に介さず山小屋から引き摺り出した。そして鍛えた首の筋肉に任せて獲物をぽーんと放り上げ、


「なん、なんだぁ?」


 その背中に、俺を積み上げたのだった。


 そして颯爽と山へ向けて走り出す狼。おいこらまてや。

 正直馬に載せた年貢の俵扱いされているようで気分が悪い。確かに俺は山犬に育てられた少女じゃないが、この扱いのまま運ばれるのは屈辱的だ。

 もはや狼は自動車並みの速度で走行している。勢いで振り落とされると大怪我は間違いない。腕と膝で狼の横腹を挟み込み、必死でしがみつく。

 そんな様子を灰色はちらりと顧みて、再び木々の間を猛然と疾走する作業に戻った。


 ぎゃあ今頭の先に木の幹がかすった! こいつ自分の身体の幅しか考えてないのか!? 俺が乗っかってる分横幅増えてるんだぞ!?



   ●



 そこは、灰色の縄張りのちょうど中心にあった。

 狼は出産のとき、斜面に巣穴を掘ってそこで危険から身を守る。出産はリーダーの相方のみが行い、その他は子供の世話や周囲の警戒に当たり集団で子育てをする。


 ……ならばこの穴は、灰色の妻のためのものか。


 狼の背中から降り、砕けそうになる腰に喝を入れて穴に歩み寄る。他の群れのメンバーが警戒の唸り声を上げたが、灰色が一声吼えるとぴたりと鎮まった。

 四つん這いになって中を覗き込んだ。一面の暗闇。それでも夜目は仕事をして、中に蠢くものを浮かび上がらせてくれた。


 白い狼。狼の特性なのだろう、暗闇でありながら瞳は白く輝いている。穴の奥深くで横たわり、そこに寄り添う何かを見つめていた。


 ――それは、狼の仔だった。数は四つばかり。生まれて十日経っているのかいないのか、目も見開いていない新生児だ。


 リア充め、こんなものを見せつけるために俺を拉致したのかと振り返ると、灰色は荒い息を繰り返しながら鋭い目で睨み返してきた。

 何なんだ一体、と訝しんだとき、奇妙な匂いが鼻を突いた。


「これは……」


 巣穴の中、子供の近く。……潜り込んで詳しく見る。そこには、


「薬草……?」


 香草、薬草、木の実、あるいは木の根。……先代の冊子で見慣れた薬効のある植物が、すり潰れた状態で散乱していた。

 近くで横たわる雌の顔を見る。心なしか憔悴した様子の顔、その口元にある汚れを見て、嫌な予感が確信に変わる。


 ――四匹の仔狼、そのうちの一匹が、か細い息を繰り返していた。


「…………」


 ああ、そうか。

 おまえ、これを見せたかったのか。

 そういえばおまえ、俺が山菜や薬草を集めていたのをじっと見ていたことがあったな。

 木の枝で手を引っ掻いたとき、薬を塗りつけたのも見せたことがあった。

 美味くもないのに、俺が集めた木の実を勝手に齧ったこともあったろ。

 集めてきて、噛みつぶして、弱った子供に与えようとしたのか。

 ……馬鹿な奴だ。子供にやる最高の薬は、母親の母乳なのに。

 それを飲む気力がないんだから、薬なんてやっても無駄だろう?

 どうにもならなくて、それでもどうにかしたくて、思いついたのが俺を引っ張ってくることだったのか。


「…………」


 母狼は子供を鼻先で撫でた。愛おしむように何度も舌で舐めつける。何度も、何度も。執念深く念入りに。

 ……諦めたほうがいい。新生児死亡は現代でも解決されていない死亡原因だ。結局は本人の免疫力任せ。輸血も点滴も酸素吸入もないこの世界で、これを救うなど不可能だ。


 振り返る。巣穴の入り口に佇む灰色は、声一つ漏らさずじっと俺を見つめていた。

 その眼には、もはや他に一切の感情も浮かんでいない。ただ真っ直ぐに一縷の希望を望んでいた。


 ……だから、どうして俺に頼るんだ。他にいないにしても、俺だってずぶの素人なんだぞ。


「……ああ、くそ」


 掛け紐を解いて外套を脱ぐ。仔狼を拾い上げて外套に包み込んだ。警戒する母親に手を突き付けて牽制する。


「……試すだけだ。これ以上悪くはならないから、大人しく休んでな」


 巣穴を出る。仔狼を抱えて歩き出した俺に、灰色と群れから数頭がぞろぞろとついてきた。

 ……心配するべきはむしろ母親の方だ。こっちはただの駄目もとなのだから、捨て置いてしまえば気楽だというのに。


 やれやれと溜息をつく。……親の愛は強い。鬼や羅刹も殺すほどに。

 ――ひょっとしたら、病魔すら追い散らせるかもしれないな?



   ●



 開けた場所に外套でくるんだまま子供を置いた。すかさず灰色が近寄って横たわり、体温が冷えないよう温めている。

 空を見上げる。おあつらえ向きに夜空は晴れ渡り、星月の光を降り注いでくれる。


 治癒において、意外に光が果たす役割は大きい。

 紫外線は菌を殺すし、屋内に引きこもりがちな人間は病の治りが遅い。逆に活発に太陽の下で動き回ると、不思議と傷の治りすら早くなる気がする。

 きっとそれが、治癒が光魔法の領域である理由なのだろう。

 夜の天体にそんな科学的効果があるとはついぞ聞いたことがないが、むしろ神秘を得るならばこちらの方がふさわしいだろう。


 星月の魔力とやらに縋らなければ、こればかりは何とも分からないのだから。


「――――――」


 光を生み出す。弱々しい蛍火は子供に寄り添うように近づき、静かに滞空を続けた。

 跪いて手を掲げる。細い呼吸を繰り返す子供に当てて、魔力を通し……猪の時と同じく、容易く体内に巡る魔力を掌握した。


 ……だいぶ弱い。これでは数刻と持たないだろう。


 巡らせる。幼い身体に無理を与えないよう慎重に魔力を正常な動きになるよう循環させる。それに釣られて血流もゆったりと動きを速めていくのを感じた。


 ……これは、単なる狼ではない。この世界に生きる魔物である。地球上の生物と違い、魔力によって身体を強化し維持している。それはつまり生命力を魔力で補強しているということ。ならば外付けで魔力を与えれば、あとは本人の使い方次第で身体を持ち直すだろう。

 根拠はある。あのスキル、魔力変換。……生命力を魔力に換えることが出来るなら、逆もまたしかるべきだ。

 かがやく手、仔狼の背中に押し当てる。染み渡るように、中にある病の気を祓い散らすように。微かな命の灯火にさらに継ぎ火をするように。頼りない命を後押しする。

 他力本願で申し訳ないが、所詮ランクDの魔法なんてこんなものだ。あくまで治癒は当人の自己治癒能力を高めているに過ぎない。


 ――やはり、これでは足りないか。


「…………」


 息を吸う。魔力は肺へ。吐き出すとともに水魔法を発動する。

 口から魔力を含んだ霧を吹き出した。霧は微かに発光しながら仔狼に纏わりつき、その呼吸とともに鼻先に吸い込まれていく。


 そら、も少し気張れ小僧。お前の周りにあるもの、お前に流れ込むもの、お前がその体に満たそうとするもの、すべてがお前を生かそうとしている。


「――――、ろ」


 父親の温もりを感じないか? やっこさん凄い形相で俺を連れてきたんだぞ。その苦労を無駄にしてくれるな。


「――――きろ」


 周りを見ろ。群れの仲間が心配そうに見てる。……祈りが魔法になって世を覆うなら、それは人だけの特権ではないはずだ。


「――――生きろ」


 見上げるがいい、あの満月を、あの星辰を、舞い落ちる魔力の粒子を。狼は月夜の眷属ともいうだろう? そんな中で死ぬ馬鹿がいるか。


「――――――死ぬな。生きろと言ったぞ、この戯けが……!」

狼は、人間以上に情の深い動物として知られています。

一度番った相手と一生添い遂げ、子供が生まれたら群れ全体で面倒を見るのだとも。


彼らの愛情と気高さを描いた作品に、シートン動物記の『狼王ロボ』があります。

図書館には必ず置いているような名著ですし、皆さんも誰もが一度は読んだことがあると思います。

大人になった今も、児童書だからと敬遠せずに再び手に取ってみてはいかがでしょうか。


年末と正月三が日は更新をお休みさせていただきます。

よいお年を

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― 新着の感想 ―
[良い点] どことなく昔読んだ海外のファンタジー小説のような空気を感じました [一言] 自分の中で灰色の狼のキャラクター像が、寡黙だがカリスマで群れを率いるカッケェ奴から人情厚い…いや狼情厚い親父とい…
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