とある傭兵の場合
「『亡霊』、ですか?」
「おうとも!」
不審げな雰囲気を隠しもしないウェンターに対し、傭兵団『鋼角の鹿』の団長イアンは頷き、何が楽しいのか上機嫌でエールの入ったジョッキを呷った。
「ここから東にある半島に、過疎寸前の廃棄村があるんだがな。昔そこに凄腕の猟師がいて、オークだのヒュドラだのワイバーンだの、珍しい魔物を片っ端から狩っていて名物になっていたんだとさ。もう七十年も前の話だったんだが、最近になってその後継者が現れたらしい。だからそいつのことを『亡霊の再来』と呼ぶんだと」
どうだ気になるだろう、と言わんばかりの団長の自慢気な顔に溜息をつきたくなった。
この団長はその手の英雄譚に目がないから困る。第五紀に南西の平原に高名な騎士がいたとか、百年前反乱を起こした砂漠の族長がいかに優れた剣士だったとか、エルフの癖にごつい戦鎚を振り回す流れの傭兵がいたとか。どこかに武勲話があれば諸手を上げて話をせがみに突っ込んでいく。
この芸術都市ハインツに来たのだって、ここを根源地にしていた征服王の逸話に憧れたからだ。
斜に構えがちな現代人からすれば、その子供のような感性には呆れもするが同時に羨望も感じていた。
「……ただの猟師でしょう。ちょっと腕が立つからって、団長が気にするほどのものですか?」
牽制のつもりで言うと、団長はちっちっと指を振って見せた。気障ったらしい仕草なのに、この男がやると嫌味に見えないところが男女ともに人気のある秘訣なのだろうか。
「俺だって腕がいい猟師ってだけじゃ気にもしないさ。ただの猟師なら」
「なにか変なことでもやらかしたんですか? 鉄砲でも開発したとか」
「テッポ……まあいいか。聞いて驚け」
聞きなれない単語に興味をひかれた様子ながらも、団長はずい、と身を寄せて、
「この猟師はな、人を狩ったらしい」
そんなことを言い放ちやがった。
「はぁ?」
「去年の冬の始めの頃だそうだ。ミューゼル領を山賊団が荒らし出したんだと。そこまでならよくある話だ。いつものように領兵から討伐隊を選抜していざ出陣、てときだ。忽然と山賊が現れなくなったんだとよ」
「……単に、シマを変えただけでは? 実際領主に目をつけられていたんでしょう?」
「普通ならそう思うよな。だがそれからしばらくして、東の廃棄村から戻ってきた行商が変なものを持ってきた。何だと思う? 茶葉に香辛料、麻袋いっぱいの岩塩に魔物除けの香が山ほど! どれもあの村じゃ産出してないものだ。聞けば他にもまだ使えそうな剣やら斧やら、村の鍛冶で作ってないものまで雑貨屋に置いてあったらしい。それも二十本近くも!
当然行商人も出所を聞いたらしい。したら雑貨屋の主は『村の猟師がどこからか拾ってきた』って答えたんだと。
俺はここでピンときたね。生きた山賊が武器を手放すもんか。あの不自然な商品は、誰かが山賊どもをぶち殺して略奪品を分捕ったものだって」
「発想が飛躍しすぎです。たとえそれが略奪品でも、本当にただ拾ったものかもしれない」
自分でもないだろうな、と思いつつ反論する。山賊団を壊滅させた人間が、彼らが貯めこんだ財産を捨て置く? この世紀末でそれはあり得ない。
殺し自体は魔物の仕業で、猟師がその跡に出くわした、ということも考えられるが、ミューゼル領で領都以南の山間部に、十人以上の人間を一人も逃がさず皆殺しにできるほど大した魔物はいない。いるのは熊やら狼やらで、人間の集団を襲うほど獰猛なものではないはずだ。
団長は面白げにくつくつと笑った。
「どうだろうな。本当にただ拾っただけかもしれない。実は山賊の生き残りが足を洗って、その猟師と何か取引しただけかもしれない。考えられることは色々あるが、人狩り猟師の噂はまことしやかにたってる。――実際、オークほどの大きさの猪を正面から突き殺す腕前らしいからな。それくらいはやってもおかしくはないってな
ウェンター、次の行き先は決まったぞ」
「あの半島ですか? あの辺りに儲け話はなかったはずですが」
またこれか、と嫌な予感を抱きつつ一応の反論をしてみる。その仕事で収支にプラスが見込めなければ歯止めをかける、それが傭兵団内でのウェンターの立ち位置になりつつある。この血気盛んな団長には通じずに押し切られるのが大半だが、それでも数字を見て判断できる人材が仲間内にほとんどいないのだ。
……こっちはまだ大学を卒業したばかりだというのに、変な責任を押し付けないでほしい。
「あるにはあるぞ。ドラゴンだ」
得意げな団長の顔。
「俺達も大分人数が増えてきて名前も知られてきた。ここらで半島にいるワイバーンでも殺せば、さらに箔が付く。飛龍殺しの傭兵団となれば今後の報酬にも色がつくって算段よ」
先行とーしだ先行とーし! と使い慣れない言葉を連呼する団長に、呆れ半分諦め半分で応じる。
「……それで、ついでに件の猟師にもあってみる、と」
「おう!」
「会ってどうするんですか」
「本物だったら、スカウトしたい!」
人材発掘に熱心なのはいいのだが、それに付き合わされて大陸中を回る羽目になる部下のことも考えてください。
●
夜の酒場で独りエールを舐めつつ、自分の上司について考えてみる。
『鉄剣のイアン』、二十代半ばで傭兵団『鋼角の鹿』団長。茶髪に碧眼で整った面立ち、野心家かつ自信家ながら、気さくで面倒見もよく部下に慕われる性格。おかげで傭兵団は二十人というそれなりの人数に膨れ上がってきている。
彼は南西の港湾都市においてそこそこ、そして色々な意味で名の知れた傭兵だ。
十代の半ばから傭兵として砂漠民族との小競り合いに従軍し、指揮官相当の敵を倒す功績を数度に渡って上げ、当時の戦場を知る傭兵ならほとんどに彼の名は知られている。
どこかの貴族の出らしく、物腰は落ち着いていれば洗練されていて、この芸術都市の豪商に護衛を依頼をされた時の所作も堂々としたものだった。
剣の腕も相当なもので、ウェンターは今まで何十回も模擬戦を挑んでいるが一本も取れたためしがない。『片手剣』Lv7は伊達ではないということか。これでもこっちは『両手剣』Lv3だが、現実では剣道四段だというのに。その上実戦での彼は盾を巧みに扱うのだから、実力も知れるというもの。
優れたリーダー、一流の剣士。
だが彼の最大の特徴は、その二つ名にある。
そう、鉄剣。彼はいつまで経っても、どれほど財産を得ようとも自分の装備を更新しようとしない。酷使に耐えられずに剣が折れたときも、購入するのはいつも安物の鉄剣だ。そのくせ仲間の装備には金をかけたがるのだから、一見すると誰が団長なのか判断がつかない。
団長は後ろでふんぞり返るものなんだから武器は安物で構わない、と本人は言うが、戦いとなればいの一番に突撃する人間が何を言っているのかと思う。
……そんな男だから、放っておけないのだろうけれど。
ウェンターはイアンに買われた奴隷だ。プレイ開始直後、案の定奴隷船に捕まって闘技場に送り込まれた。
負けてたまるか、意地でもここを出てやると鍛え抜いた。走り込み、筋トレをし、素振りをして。基礎技能はあっという間にカンストして、現実での動きを上回るようになった。
それでも闘技場は出られなかった。自由の身になりたがらないチャンピオン。彼に挑む戦士は軒並み殺され、いつの間にか他の上位陣は復活するプレイヤーで占められるようになる。
死ねば奴隷船から始めについた街に復活した。狙い澄ましたように檻の中。何度か繰り返して効率が悪いと判断し、闘技場の休憩室を復活地点に登録した。
鍛えて、挑んで、殺されて、復活して。……繰り返しているうちにそのプレイヤーすら数を減らしていた。レベル10に到達したのか。この世界に何かを残したわけでもなく、制限に引っかかってログアウトさせられたのだろう。
もちろん自分も例外ではない。本名が上田だから上ん田ー。そんなダジャレで始めたノリはどこへやら。刻一刻と上昇していくレベルに苦々しい思いと諦観を抱いていた頃、イアンに目をつけられた。
観客は闘技場で気に入った奴隷を購入することが出来る。値は張るが、無駄に死なれるよりも採算が取れるならと奴隷主も売り出しにかかることもある。中には戦いではなく、生産業の従業員として観客にアピールして闘技場を出ていったプレイヤーもいるのだとか。
――俺はそろそろ復活できなくなる。誰か俺の剣の腕が欲しい奴はいないか!?
隣の男がそう叫んだのを聞いて、ウェンターは自分が思い違いをしていたのに気付いた。プレイヤーが減っていったのはログアウトしたのではなく、客に購入されていったのだ。
考えてみればおかしなプレイヤーばかりが消えていった。やたらと飛び跳ねながら剣を振るう者、独楽のように回転しながら槍を振るう男、炎を拳に纏わせられないかと試行錯誤していた女。……あれは観客に対するアピールのためだったのか。
今更気づいたところでもう遅い。自分が鍛えてきたのは現実の剣道からくる地味な両手剣。
どうしようもない、と観念したところで、イアンに買われたとオーナーに申し渡された。
大番狂わせである。
――なんだか、真っ当な剣術を振るってるのがお前だけのように見えてなぁ
後日、イアンはウェンターを購入した理由をぼやくように語った。他の剣闘士が振るう剣はほとんどがただの棒振りにしか見えなかったと。
――逃げるかもしれませんよ。俺たちはリスポーン地点に縛られてきたが、あの闘技場を離れた以上、もう今は違うのだから
胸にこみ上げるものを感じながら挑むように言うと、イアンは困ったように頬を掻いて、
――まあ、逃げたきゃ逃げろよ。そんな事よりも俺は、お前の剣が消えることのが嫌だったんでね
その言葉を、多分ウェンターは忘れないだろう。
剣道馬鹿と呼ばれた青春だった。ただ竹刀を振るうことに熱中して、恋人も出来なかった。大学を出て、社会人としては何の役にも立たない特技だ。体育会系は就職に有利、そんな幻想はこの21世紀末にはすたれていたというのに。
それが、こんな電脳の地で認められた。
――では、今後よろしくお願いします、団長
震える声でそう言って頭を下げたあの日を、今でも鮮明に思い出せる。
「ミューゼル領、か……」
人材に目がない団長に苦笑する。……俺はディール大陸のソーソーになる! とはだいぶ前に三国志を語って聞かせた時の彼の言葉だ。敵であろうが有能なら召し抱えて心服させる、そんなスタンスが気に入ったらしい。
春になれば雪が溶け、集団の移動も楽になる。そうなれば半島に向かうのだろう。
顔も知らない猟師に思いをはせる。……猪殺しの人狩り猟師。プレイヤーだろうか? たぶんそうだと思う。でなければこんな無茶な成果を上げられるとも思えない。
実力が確かなら、猟師に出会った団長はどうやって引き込もうとするのだろう。どちらにせよ会ってからのお楽しみ。自分がどうこうする問題ではない。
……まったく困った男だ。人にいらない心配をかけて。なのに不思議と嫌じゃない。こういうのを人たらしというのだろう。
あの若い傭兵団長の行く末を、この三十年見届けることが出来ればいいのだが。