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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
雪山を行く狼連れの傭兵
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冬の狩り

 雪山を行く。

 一昨日の吹雪で雪は膝上まで積み上がり、歩くたびに脛で押しのける必要がある。溶けた雪がブーツにまとわりつき、中身はすっかりずぶ濡れだ。いくらもこもこの毛皮で作ったブーツも、こうなっては形無しである。

 吐く息が白い。気温は昼日中といえど既に零度を下回り、口周りを覆った狐皮の襟巻は吹き付けた呼吸が凍りつきパリパリになっている。これでは防寒着の用をなしているのか……。

 正直、生まれが西日本の俺にはつらい環境だ。誰か炬燵よこせ。

 だが酒場の主によれば、あと一週間もすれば雪が身の丈ほども積み上がるというのだから、まったく暗澹たる気分だ。


 戻ったらかんじきを用意しないと……。



   ●



 こんな季節になっても、晴れた以上は狩りに出かける。降雪の酷い日には山小屋に引きこもるのだから、せめて晴れた日くらいはと意地を張るのだ。いい加減この性格は何とかしたい。

 雪面が日光を反射して無駄に眩しいが、なんとか我慢して進んでいく。

 冬は屋内に閉じ込められる癖にやることは多い。クロスボウや牙刀の整備は欠かせないとして、防寒着のほつれは早急に修繕しないとひどい目に合うし、前日に狩った獲物も皮を剥いでなめす必要がある。インベントリ内では時間が経過しないとはいえ、いつまでも中に死骸を放置してはさすがに気分が悪い。

 吹雪が続けば苦行の日々だ。一日ごとに減っていく薪の数に恐怖しながら暖炉にかじりついて震えて過ごしている。


 昨日は山に入れなかった。気温が上向いた途端、即行で村の雑貨屋に薪の買い足しに走ったからだ。雪で閉ざされかけた山道をもがくように突き進み、着いたころには全身雪だるまのようになっていた。

 途中通りかかった鍛冶小屋にいたミンズとギムリンに笑われたが、こちらとしては死活問題なのです。

 寒い薪が切れる凍死すると、あのときは恐怖でそれしか考えられなかった。凍死は一度経験しているが、暖炉の暖かさを知った身体はもう元に戻れそうにない。

 あの頃の剃刀のようだったお前はどこにいったって? いまはT字剃刀になってる。そのうちシェーバーになって見せるから期待していてくれ。


 厳冬で山に閉じ込められることを考慮して必要物資を買い込み、山小屋の倉庫にぶち込んだら今度は雪掻きだ。

 屋根の上から積もった雪をすくい落とし、屋根板に損傷がないか点検して地面に飛び降りる。足から降りると雪に埋もれて捻挫の可能性があるので、雪がクッションになることを期待して尻から落ちる。……この肝が冷える感じがなんとなく癖になる。


 せっせせっせと雪を掘り上げて、なんとか村までの道を開通したころには夕方になっていた。それなりに常人以上のステータスを誇るようになってきたが、それでもかなりの重労働である。

 来年は火魔法を習得して、ことごとくを溶かしつくしてくれると決意した。



   ●



 雪山を行く。

 いつもならなんてことのない距離でも、雪を押し分けながらでは勝手が違う。やや小高い丘に到達したときには、大分息が荒くなっていた。


 ――どうして俺がここにいるのかって? そりゃもちろん猟のためである。


 身を伏せて気配を殺す。枯葉色の外套は雪の中にあっては目立つが、遠目には露出した地面や木々の幹に見えなくもない。

 ここから先は猟師の技量次第、ということだろう。


 冬は獲物が少ない。数自体はさほど変わらないのだろうが、こちらの機動力が落ちる分追える獣が限られてしまうためだ。

 鹿や山羊は気配を悟るや否や逃げ散ってしまうし、猪は初撃で殺せなければ怒り狂って突進してくる可能性がある。こんな足のもつれる環境で迎撃戦とかやりたくもない。


 そんなわけで目を付けたのが、穴兎である。

 ……水準が落ちたとか言わない。これでも理由はあるのだ。

 ミューゼル辺境伯領の穴兎は真冬になると純白の毛皮に生え変わる。

 生え変わり期間は三日と異常に短いが、それはファンタジーだからと置いておこう。とにかくこいつの白い毛皮は、都会の富裕層を中心に人気があるのだ。

 そのお値段は、面積の大きな鹿皮をはるかに上回るほど。見た目と保温性の良さと、期間限定で獲れる猟師が少ないという希少性が理由だろう。

 いつの世も金持ちは珍しいものを欲しがるということか。


「――――――」


 気配を探る。目を凝らし耳を澄ます。僅かな違和感も見逃さないように。雪が雑音を吸収し、辺りはしんと静かだ。自分の呼吸と鼓動の音が耳障りなほどに。

 これがメガロドンみたいに強大な魔力を抱えている生物なら魔力感知が仕事をしたのだろうが、生憎兎は保有する魔力が微小で下手をすると山の木に流れる魔力と紛れてしまう。なので探し出すのは己の目と耳と第六感が頼りとなる。


 さらに兎の気配察知能力は侮れない。シートン動物記を思い出してみよう。うろ覚えだが片耳が折れたか欠けたかした個体の話だった。兎の感知能力はその長耳による聴覚とあのひくひく動く鼻による嗅覚、そして足元から地面の振動を感知することによる。

 彼らの認識から外れるには音を出してはならないし、匂いも何かで紛らわせなければならない。地面に伝わる振動を少しでも防ぐために、できればその場から一歩も動かないのが望ましい。

 秋に奴らを散々食い物にしてやったが、それは秋の枯れ葉に埋もれて潜み、匂いや音を誤魔化していたためである。


 辺り一面銀世界では紛れ込めるものもなく、精々が体臭を外套の中に押し込める程度。基本的に雪の消音効果や風向きに祈るだけだ。


 クロスボウは持ってきていない。この寒さの中、革手袋着用とはいえかじかんだ手であの固い弦を引くのは気が引けたからだ。それに見た目が重視される商品である以上、矢傷で毛皮に穴をあけるのは好ましくない。

 そんなわけで、今回は違う武器を使う。ギムリンに頼んでわざわざ作らせたものだ。


 腰の革袋から取り出したるは胡桃ほどの大きさの鉛のつぶて。これを全力投球したいと思います。


 大丈夫大丈夫、スキルはないけど技量値は高めだからへーきへーき。

 大体、スキル習得によって得られる最大の恩恵は、スタミナ消費の軽減だと思うのです。クロスボウだって最近は照準中のスタミナ消費が無くなって圧倒的に狩りが楽になったのだから。

 つまり連投するわけでないならスキルなど不要。元少年野球部補欠の底力を見せてやる。

 むしろ新たなスキル開眼の機会だと思えばいい。やはり訓練は実地に限るぜ。


 ――さて、じっと息を潜めること一時間強。ようやく穴兎が姿を現した頃には、ここ最近微動だにしていなかった耐寒スキルが上昇していた。

 手が震えてまともに狙いが定まらないんですが。


「――このっ……」


 こうなりゃ自棄だとつぶてを投げる。技量値100を誇るステータスはそれでも放物線を描いて兎へ向かい、正確にその背中に直撃した。


「ギゥ……!?」


 鉛の一撃を食らった兎は悲鳴を一声上げ――慌ただしく逃げだした。


「…………」


 ですよねー。

 がくりと膝をつく。あんななよなよした投擲では当たったところでたかが知れてる。あんなもので仕留めたいなら頭部に直撃させなければ。

 俺の一時間は今無駄になった。あとに残ったのはこの疲労感と雪に埋もれて凍傷寸前の手足のみである。

 だがめげない。次こそは必ずと闘志を燃やし、雪山を後にする。


「今度はパチンコでも持ってくるか……?」


 何だかんだで、この試行錯誤を楽しめるかどうかが猟師に求められる資質なのではないだろうか。


 さっさと帰ろう。明日の猟、明後日の猟に備えるために。

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