march! march! march! to the DEATH!!!
――来たるべき戦いに備えて装備を充実したい。一週間後までに可能な限りの付呪を行え。
お上からそんな命令が回ってきた。しかも拒否権はないときた。
「やってられるかチクショーめ! これだから魔法後進国は……ッ!」
領城の一角にある粗末な研究室にて、辺境伯直属の付呪師であるシャンテは怨嗟の叫びを上げた。
今頃領内では同様な注文が行き交っているに違いない。剣を百振り鍛えろとか、矢を千本こしらえろとかそんなのはザラだろう。
しかし付呪と鍛冶を一緒にするなと声を大にして叫びたい。月の光を浴びせて三時間とか特殊な薬液に付けて一時間とか、いいものを作ろうとしたら相応に時間がかかるのがエンチャントである。
おまけに、注文数が『可能な限り大量に』と具体性に欠けるときた。辺境伯たちからすればシャンテの実力がわからず未知の分野に配慮した気なのかもしれないが、それはつまり今回の依頼で提出した品数がシャンテのやる気実力として判断されるというわけで、更には下手に手を抜いて評価を下げれば今後の進退に関わってくるという寸法だ。
頑張らないと評価が下がる、給料が下がる、休日が減る。でもどれくらい頑張れば合格ラインなのかわからない。大学受験ですら模試で基準がわかるというのにこの理不尽。つくづくこのゲームはクソである。
「どうすんの、どうすんのよこれ、私にどうしろっていうの……!?」
人は与えられたカードで勝負するしかない。でも今回はそのカードに絵面がない。
せめてどんな付呪を希望するのかくらいは伝えてほしい。軽量化とか腐食耐性とか振動剣()とか。なにもかも自由にやれじゃ逆に不自由だ。いい感じにやってくれって、そんなふわっとした要望はお呼びじゃない。
剣か、槍か、鎧か、それとも弓か。付呪の対象すら問い合わせるたびに曖昧になって、最終的には『じゃあお前が決めろよ』と丸投げされた。やったらやったで文句ばかりは一丁前なくせしてあのクソ歩兵隊長呪い殺してくれる。
いくつかはそれなりの品は用意できる。日ごろ仕事の合間に手慰みに手を加えて倉庫に放り込んだ習作のうち、出来のいい奴を放出すればいいのだ。いずれそのうち知り合った竜騎士にでも賄賂代わりに渡そうと思っていたから、それなりに上出来の代物である。
火を噴く剣に障壁を張る盾、マシンガンのごとく火炎弾をぶっ放す杖に実体のない自分の分身を生み出す指輪などなどと、魔力をアホのように馬鹿食いする代わりに個性的な機能を持たせた逸品だ。好事家には気に入ってもらえるはず。
……問題は、シャンテ自身が研究室に入り浸りになっていたせいで竜騎士の知り合いなんて一人もできなかったことだが。
「うがぁぁあぁぁあぁあああああ! 進退窮まった!? 南無三説破ご臨終!? ここに来て懲戒免職!? 窓際左遷予算削減!?」
錯乱した頭で喚き散らし設計図の積み上がった机を薙ぎ払った。何かいいアイディアはないものかと机の角にガンガンと頭をぶつけて脳から発想を引き出そうと苦心する。
額からだくだくと流れる出血が机の脚を伝って水溜りを作った頃――――天啓が降ってきた。
「――――そうか、派手な効果は要らないんだ」
要はアレだ、頓智を利かしていた頃の木下藤吉郎的な発想の転換だ。
今必要とされているのは兵隊にできる限り多く行き届く量産品。術式は極限まで簡略化し装飾など皆無で構わない。むしろ日常生活で遭遇するちょっとした不便を解決するお役立ちアイテム的なものがいい。
ということは……
額から血が流れ込み焦点の定まらない目で視線を部屋の中に彷徨わせ、それを見つけた。
「これ、だァ……ハハハァ……!」
何年だか前、蜥蜴が要塞都市に攻めてきたときに装備していたという耐寒・保温の胸甲。
――これだ、これを使えばいい。いくら寒さに慣れた半島民とはいえ、冬の二月は防寒具必須の気温だ。付呪アクセひとつでコート一着無用になるなら受けはいいはず。
仕組みも構造もとっくの昔に解析済みだ。リザードマンの鱗を貫通して魔力を吸収する術式だの半永続的に機能し続ける無駄なもの持ちの良さも、今回ばかりは邪魔の一言。色々と鬱陶しい余分を取り除いて簡略化して、効果の持続も50日程度に済ませればちょっと大きめなアミュレット程度に小型化できる。付呪にかかる魔力も時間も知れたものだ。
確か行きつけの服飾品店に、見かけ倒しで効果など一切ない地方のお土産屋で売ってそうな御守り的な首飾りがあった。仕入れの手続きで桁を一つ書き間違えたらしく、在庫が唸るほど残って困っているとも聞いた。あれを捨て値で買って使おう。
そうと決まればもたもたしてはいられない。
ものさえ揃ってしまえば手間のかかる付呪ではないのだ。量産の準備さえ整えば五分に一つは固い。つまり一時間で十二個、24時間で290個、一週間あれば2000個はできる計算だ。圧倒的ではないか我が軍は。
どこかで何か計算がおかしくなった気もするが、きっと気のせいに違いない。
「ハハハァッ! ええと、他に何が要ったっけ……アクセに、エーテル液に、版画用の木版にィ……」
額からの出血もそのままに必要なものをリストアップする。社畜根性に火がともってハイになったシャンテを止められるものはどこにもいない。
血走った目つきで研修室の中をゾンビのような足取りで徘徊し、とりあえず目に映った棚に常備してある薬瓶を引っ掴んだ。なかにあるのはいつだったかに買った魔力回復のポーション。高値で買ったくせに使い時がなく使用期限の怪しくなった魔法薬を、ごっきゅごっきゅと徹夜確定になった漫画家のような仕草で一気飲みする。
「んぐ……ぅえぇえ、まっずナニコレまっず! 炭酸とかレモンとか入れとけっての……!」
久々に飲んだ魔法薬は例のごとくクソ不味かった。これでシャンテの給料一週間分が吹っ飛んだのだから笑えない。
とにかく、気合は入った。入ったはず、入ったと思う、入ったらいいなぁ……。
「いや入った! 入ったことにする気合い! そう気合いだチクショー!
――誰かぁ!? 誰かいるぅー!?」
研究室の扉を蹴り開け、廊下に向けて首を突き出すや叫んだ。幸いなことに近くに通りかかった使用人が様子を見に来て、シャンテは雑用係をゲットすることに成功した。
「ちょっとお使い行ってきて! 今から渡すリストに品物と店の名前書くから。てゆーか君ひとりじゃ持って帰るの無理だからこっちまで届けさせ……お金? ツケでいいってそんなの私の名前出しとけばいいからさぁ! 早く早く早く! こちとら時間との勝負なんだから急いだ急いだ急いだ!
あと厨房に行って保存の効く食べ物とか持って来て! あ、片手で摘まめるように細かくしといてね!」
――その後、驚異の七徹を成し遂げたシャンテは仕事上がりの打ち上げで昏倒し、胃潰瘍で全治一か月の療養生活に入ることになる。
魔法薬の飲み過ぎと保存食三昧の不摂生が祟った結果である。




