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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
微睡む半病人
360/494

荒ぶる中間管理

「許可は出ません」


 あるぇー?


 確信を込めてエルモに宣言し、前線復帰を宣言しようと意気揚々とハスカール新城に登城した午前の日中のことである。

 城の上層に構えた執務室で仏頂面で書類を睨みつけながら、若草色の髪をした竜騎士は一刀のもと俺の報告を斬り捨てた。解せぬ。


 ――ここ最近、アーデルハイトはこの交易都市に拠点を定めて執務をこなすことが多くなっていた。本人の希望と領都のお嬢の計らいによるものだという。それに便乗した団長やドナート執政がどういうわけか城の一角を彼女用にしつらえ、あれよあれよという間に居座ってしまった。

 領都から離れるとはいえ、竜騎士の仕事は多い。ただドラゴンに乗って魔物を燃やすだけでなく、ハスカールに集まる税収の監査やら、地方ごとに法の施行に偏りがないかの目付やらといった、辺境伯直属の高級官僚としての役割も兼任しているのだとか。さらにはここに赴任してからは、比較的距離の近い要塞都市ニザーンとの間を頻繁に行き来して外交官の役目も負うようになったのだという。


 そんな彼女だが、慌ただしい生活にも慣れてきたのか、このひと月は数日に一度の割合で俺の見舞いに小屋を訪れるようになっていた。薬草臭い小屋の中でも嫌な顔一つせず細々とした世話をしてくれるものだから、エルモが来たときはついつい臭いについて失念してしまったくらいである。


 だから――――そう。

 俺とハイジの絆はそんじょそこらの職場仲間という枠組みを超えた、強固な繋がりで結ばれているのである。肉親同然とは言わずとも、盆と正月に会う親戚くらいの親しみは積み上げてきたのだ

 この通り多少体調が悪くとも、出勤に多少の融通を利かすことなどお手のものよ……!


「……済まない、ちょっと耳が誤作動を起こしたみたいだ。――明日から原隊に復帰するから――」

「却下です。論外だ、話にならない」

「取り付く島もない!?」


 どういうことだ、聞く耳を持ってすらもらえんぞ!?


 愕然とする俺をよそに、じっとりと目を据わらせた彼女は盛大な溜息をついた。執務机に置いた手がこつこつと苛立たしげに書面を叩く。


「――復帰とは言いますが、コーラル。あなたはまだ長期療養の真っ最中でしょう」

「そうは言うがな。事態が事態だ、そんな悠長なことばかり言ってられんだろう」

「療養のさなか、でしたね?」

「いや、だから――」

「療養中、でしたよね?」

「いや、あの…………はい」


 おかしい、いま一瞬彼女の背中越しに鬼卒の影が見えたような。


 思わず背筋を正した俺に、ますますアーデルハイトの指先が荒ぶりだす。


「それなのに復帰したい、とはつまり、もう体の調子は良くなったということですか?」

「そのつもり――」

「『つもり(・・・)』?」

「あーいや違った! だいぶ良くなった! もうかなり回復したとも!」

「なるほど。つまりもう手の痙攣は起きなくなったのですね?」

「あ、ぁー……」

「夜中に咳き込んでも、痰に血が混じるということもないと?」

「…………」


 やばい。何やら地雷を踏んだ予感。

 黙り込んだ俺に、不自然な微笑を浮かべるアーデルハイトが大きく息を吸い込む。

 次の瞬間、引き攣ったような動きを見せた口元が波濤のように言葉をまくし立てた。


「不意の眩暈、立ち眩み、頭痛、耳鳴り、不整脈、突然の嘔吐、急な発汗、手足の痺れ、唐突な脱力、味覚の異常、原因不明の発疹、一時的な視野狭窄、平衡感覚の喪失、意識の混濁。――こういった症状はもう二度と起きないと考えていいのですね?」

「なんだその重篤症状のバーゲンセールは!」

「覚えがないと! 結構、記憶障害もレパートリーに加えましょう!」


 ダンッ! と振り下ろした拳が机を叩く。


「重篤な時にあなたの看病をしたのが誰だと思っているんです! どんな症状があったかなんて隅々まで把握しています。――あの一件であなたが倒れて私と姫様がどれだけ心配したか、知らないとは言わせない! だというのにコーラル! あなたは勝手にあの隔離小屋を抜け出してこの城までやって来たかと思ったら、あまつさえ病み上がりですらない身で前線復帰などと……ふざけるのも大概にしてください……!」

「や、前線といってもあくまで指揮だけに努めるか――ぶぇ!?」


 顔面に衝撃。窒息しそうな悲鳴が漏れた。

 アーデルハイトが投擲した書類のひとつが見事に直撃した形になった。顔からずり落ちるそれを思わず受け取って目を落とすと、書面には見覚えのある人物の署名がずらりと並んでいる。これは……


「イアン・ハイドゥク大隊長、ウェンター副長、クラウス・ドナート執政、ゲイル補佐官、顧問鍛冶師ミンズ氏、あなたの副官のエルモ女史、その他『鋼角の鹿』中隊長全員の署名です。コーラルが何かしら理由をつけて隔離小屋を脱走して職場に復帰しようとしても、決して求めに応じず身柄を確保したうえで私に連絡するようにと」

「馬鹿な、根回し済みだと……!? 俺はどこぞの脱獄囚か!」

「何とでも言えばいい。――とにかく、あなたは春先までは安静を保つのが仕事です。これは正式な上司命令だ!」


 ぜえぜえと息切れまで起こしてそう言い切ると、アーデルハイトは高らかに手を打ち鳴らした。するとどういうことでしょう、まるで待ち構えていたかのように背後の扉が開け放たれ、廊下からどこか見慣れた革鎧の男たちが踏み込んでくるではありませんか。……っていうかお前らうちの隊員じゃねーか!


「……猟兵隊長のお帰りです。丁重にお送りしてください」

「あいよりょーかい」

「隊長、神妙にした方が身のためっすよ」

「すんませんね、何せ大将と姐御からの命令なもんで」

「あと副団長も言ってましたね、『戦闘は駄目だけど兵舎の掃除くらいならいい』って」

「お前ら……!」


 心にもない弁解を並べてにじり寄る野郎ども。言葉と裏腹にニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる姿からは上司への敬意など微塵も感じられない。

 懸命な抵抗もむなしく、俺はかつての部下たちに手足を拘束される運びとなった。


「ええい、やめろ放さんか! 俺を誰だと思ってる!? お前たちの上司だぞ!?」

「はいはい『元』ね。停職中じゃその肩書き無効なんだってさ」

「愚痴なら村に戻った時に聞きますから。……あ、でもあの小屋には死んでも入らねえっす」

「おい、お前ちょっと足持て足。隊長もそんな暴れないで」

「き、きっと後悔するぞ貴様らぁっ! 顔と名前は覚えたからな!? 今やめたら罰は無しだ! むしろ色々相談に乗ってやろう! 賃上げ交渉も団長に掛け合ってやる! 待遇だって――もがぁ!?」



 猿轡 上司の口に 猿轡

 ――――猟師コーラル、心の川柳。

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