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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
恋のから騒ぎ
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不覚

 身体が重い。手先が痺れて得物を取り落しそうになる。

 背中から肩にかけて異様な熱を帯びている。呼吸のたびに喉奥で何かが引っ掛かる感触。心臓が脈打つたびに身体の芯が釘を突き刺したように痛んだ。

 目が霞む。耳から響く周囲の音は不気味に反響し、現実感すらあやふやにしてしまう。まるで昔見せられた電子ドラッグじみたクソ映画のようだ。


「――――」


 これはなんだ。

 何が起きた。なんという有様だ。

 決闘はどうなった。事態はどう流れている。


 微睡みそうになる目蓋をこじ開ける。ぐらつく重心に覚束ない足並み、ふらふらと今にも倒れそうな体で敵を捜す。

 ……確か俺は、決闘開始とともにラスボーンから剣を受けて、それから――


「はぁああああっ!」


 ……あぁ、そうだ。

 今もこうして、敵の攻撃を防いでいる。


「づ……っ」


 野球のバットのようなフルスイングを、手にした鞘入りの剣で受け止めた。踏ん張りがきかずに押し負けて背後に飛ばされる。勢いに逆らわず自ら転がり、起き上がりこぼしのように受け身を取って立ち上がった。

 ……敵の姿は見えない。霞んで白く濁った視界は用をなさなかった。


 ……実際、これがなくとも大した剣士なのだろう、あの小僧は。

 事実として垣間見せた剣捌きは達人と言わずとも相応の腕前であったし、思い切りのいい踏み込みは評価に値する。それが妙に身体に不調を抱える半病人相手だったとしても。


 しかし、それとは別に奇妙な動きがあった。

 魔力感知に引っかかった。あの若造、動く際に鎧から妙な魔力の動きがある。正確には鎧の内部、男が着込んでいるであろう鎖帷子から。

 恐らくは付呪の類だろう。軽量化か身体強化か……以前見た立居ぶるまいから判断して、甲冑を着込んで剣を持ったにしては動きが軽やかすぎる。


 随分と金のかかった装備だ。王国の近衛兵とは標準装備でこんなものを身に着けているのか。

 これはちょっとした発見だ。ひょっとしたら起こりうる未来のため、帰ったら団の連中に周知しないと――


 あ、来た。


「――――――」


 崩れる身体。膝をつき手を地に着ける。頭のすぐ上で剣が擦過する気配。

 気配を探る。目はとっくに役目を放り投げ、耳は頭痛をもたらすだけだ。ならば敵を探ることができるのは、


「貴さ――ぐぁ!?」


 地に響き、空を伝う震動くらいだ。


 横凪ぎに剣を振るい空いた脇腹に、背中ごとぶち当たった。重心を崩されたラスボーンは大きく後ろに吹き飛ばされる。


「――――あぁ、そこにいたのか」


 目を閉ざし、耳を切り捨てる。

 残ったものは肌に伝わる微かな振動。足踏みのもたらす僅かな地揺れから大まかな距離と方向を察し、あとは敵の気勢と拍動を読み切って対処する。


 盲人の杖、聾唖の剣。実際はそれほど大したことはしていない。

 見ることは重要ではない。聞き取ることも肝心ではない。

 必要なのは、ただ意図(・・)を読み取ること。


「この……!」


 いつの間に回り込んでいたのか、背後からの突きが襲い掛かった。

 切っ先が外套を突き破る感触。背中の皮膚を抉る寸前で身を翻す。独楽のようにぐるりと回り、伸びきった相手の腕をやり過ごしたのち肘打ちを後頭部に打ち込む。鋼鉄の兜を叩き痺れる肘。しかし衝撃は内部に届けた。苦鳴を上げた敵はよろよろと間合いを取り直す。


「貴様……なんだ、その動きは!?」

「なんだ、と訊かれてもな……」


 ぐわんぐわんと鐘のなり続ける聴界の中、その台詞が聞き取れたのはあるいは奇跡に近かった。不思議とどこかおかしな気分になる。普通、こういう時は恋人とかの声の方が聞こえるもんじゃないのか。


 ……この動きが何かだって?

 お前、俺が今自分を客観視できる余裕があると思ってるのか。


 鞘に納めた剣、鞘尻を地面に落とし杖代わりに寄り掛かる。いくら制式品とはいえ量産品の剣だ、掌を押し付けた鍔は今にもぐにゃりと曲がりそうなほどたわんでいる。……なるほど、立ちつづけるのは難しいか。


「……悪いね。日ごろの不摂生が祟ったか、足元がおぼつかん。正直、酷く酔っ払った気分で相手をしてるんだが――」

「馬鹿にしているのか!?」


 激昂の声が音叉代わりにしていた剣を伝って体に響いた。荒々しく突進してくる気配。位置と動きは知れても構えは知れない。横だめなのか振り被りなのかすら。


 ならば、こちらから誘導してやるか。


「猪め」

「――――ッ!」


 向かい来る男に向けて、だらりと剣を差し向けた。目前を阻む鞘入りの剣を、当然ラスボーンは打ち払ってさらに踏み込む。

 ――しかし、これで敵の剣のありかは知れた。弾かれた剣の方向、それでも残り三、四の選択肢はあるが、今はこれで充分だ。


 ずるり、と摺り足で踏み込む。倒れ込むような動きは左右に揺らぎ、戸惑ったラスボーンの肩口へもたれるように圧し掛かった。

 剣を持つ腕を掴みとる、振り払おうとする動きに逆らわず、あえて重心を崩して横倒しに倒れ込んだ。掴んだ腕はそのままに肘の関節を極めれば、俺の体重を支えきれずに勝手にあちらも身体を崩す。


 さあ、つかまえた。


「な、に……!?」


 どんなに鍛えようが魔法で上乗せしようが、所詮は片腕。ならば両腕を使うこちらに抑え込めない道理はない。

 相手の腕を抱え込み、極めた肘の隙間に剣の鞘を捻じ込んだ。柄頭と鞘尻をもってハンドルのようにぐるりと回せば、てこの原理であら不思議。肩に走る激痛に逆らえず、男は腰をかがめて頭を下げる。

 ちょうどいい位置にやってきたちょうどいい大きさの丸い球体だ、蹴ってやらねば逆に失礼というものだろう。跳ね上げた膝は甲冑のこめかみを打ち――



 激痛。

 背中に。

 肺に針でも刺さるような。



「ぐ、ぶ……!?」


 喉奥から込み上げた鉄臭い液体が口の中に充満する。零れ出た血がぼたぼたと地面に漏れた。

 滴る液体は絵具を混ぜたように鮮やかで、現実感などまるでない。


 あまりの激痛に硬直する。びく、と背筋が持ち主の意志に反して痙攣し、思わず若造の腕の拘束が緩んでしまった。

 するりと抜ける男の右腕。関節技を仕掛けたときにでも取り落したのか、その手に剣は無い。――それが幸いだった。


「こ、のぉぉおおお!」

「あ、づ――――!」


 渾身の勢いを持って打ち上げた男の拳が、鳩尾から俺の肋骨を圧し折った。

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