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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
恋のから騒ぎ
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第一王子ロドリック

 金糸のように輝く髪、エメラルドを嵌め込んだような瞳。堀の深く端整な顔立ちは麗しく、女性からの人気も高いのだと聞く。現に給仕に立った女中は彼の顔をちらちらと覗き見ては溜息をついているのだから相当なものだ。

 引き締まった長身は背筋が伸び、威風堂々とした佇まいは王族としての器を感じさせた。装飾のきらびやかな衣装には王家の紋章が刺繍され、腰に佩く剣は柄頭に宝石をあしらい、鍔は金色に輝いている。


 ――第一王子ロドリック。

 ルフト王国の次代の支配者であり、次期辺境伯であるアリシア・ミューゼルの婚約者である。

 ゆくゆくはアーデルハイトの仕える相手となる人物であるのだが、彼女はそれに複雑な感情を抑えきれずにいた。


「――そうか、そんなことが……」

「あはは……まったく迷惑な話だよねー」


 物憂げに眉を顰め、王子はアリシアの振った話題に相槌を打った。対面にいるアリシアは苦笑いしつつ茶器を口に運ぶ。――あつ、としかめた顔で舌を出した。


 アリシアもいつもの軽装と違って女性らしい服装で身を固めていた。薄い青色を基調としたドレスに白いショールを肩にかけ、手元は白い手袋で覆っている。

 印象的な赤い髪は丹念に梳いて結い上げ、傍から見れば別人かと見紛わんばかりの変貌ぶりだった。


 ……これでこの言葉遣いさえ矯正できれば、とアーデルハイトは忸怩たる思いで歯噛みするが、こればかりは遅すぎた。


 ……とはいえ、本人も相当に窮屈な思いをしているらしく、竜騎士の革鎧をまとって脇に控えているアーデルハイトに時折恨みがましげな視線を送ってくる。

 当然、ただの付き人に過ぎないアーデルハイトには関わりの無い話だ。敢えて視線を合わせ無いよう目を逸らしつつ、主君の災難に心中で手を合わせていた。


 ――第一王子ロドリックとの見合いはつつがなく進行している。食事をともにした後は秋の草花が咲く庭園を連れ立って眺め歩き、今はこうして中庭でささやかな茶会を催していた。

 ホスト役としてアリシアをもてなしていた王子の物腰は洗練されたもので、年下の彼女を見下す素振りもなく話題を合わせ、不快にならない程度に意見を述べる姿は実に様になっていた。

 現に今でも、昨日起きたラスボーンの決闘騒動についてアリシアの愚痴に深く頷き、牢に繋がれた猟師の境遇に同情する様子を見せている。


「まったく、嘆かわしいことだ。栄えある王国貴族がむやみやたらと決闘を持ち込むとは。ラスボーン卿も子息がそれではさぞ嘆かれるだろう」

「うん……それで、なんだけど……?」


 思いがけない好感触に気を良くしたのだろう。アリシアが手を揉み合わせながら上目づかいにロドリックを見やった。……どこでそんな仕草を覚えてきたのか、場所がここでなければ大いに追求していたところである。


「うちのコーラルについて、殿下からも一言口添えを貰えないかな、って」

「私の?」

「うん。アーデルハイトの説得も通じないくらい興奮してるラスボーンでも、殿下が言ってくれればさすがに聞くでしょう?」

「ふむ……」


 お願い、と拝み倒すように頼み込むアリシアに、第一王子は即答せず困ったように苦笑を漏らした。


「他ならぬ婚約者殿からの頼みだ。ぜひとも叶えて差し上げたいところではあるのだが……難しいな」

「え?」


 思わぬ返答に凍り付く少女。かちん、と手に持つ茶器が音を立てて打ち合った。


「――さて、聞いての通りだが、(じい)。これについてどう思う?」

「ほほ……はて……」


 王子はゆったりと足を組んだまま振り返り、背後に控える老人に問いかける。真っ白な髪と髭を蓄え、濃紺のローブを纏った魔法使い然とした老人は、澄ました顔で髭をしごきながら回答する。


「くだんの騒動、この老骨の耳にも委細は届いております。辺境伯とロイター家の連名で唐突に送られてきた婚約破棄の通知。説明を求めてもはぐらかされるばかりで納得のいく説明は満足には得られなかったと。健康上の理由かと気を揉んでいたところ、数年後そこの御令嬢が竜騎士として立派に務めを果たされているところを目にし、胸奥に封じていた恋心が再び燃え上がったとか。……泣ける話ですなぁ」

「馬鹿な。ラスボーン卿からの問い合わせなど一度もなかった。大体、王国の通例では顔合わせも済んでいない婚約にそこまでの拘束力はなかったはずでしょう……!」


 あまりのことに思わず話に割り込んでしまった。アーデルハイトが睨みつけると、老人はとぼけた表情で目を細める。


「とはいえ、現にヘイデン・ラスボーンは身に溢れる思いのたけを今もなお周囲に振り撒いておる。政略婚が主流の昨今、これほどまでに愛されるなどなかなかないこと。これを無下にするのは……人としていかがなものかと思うがのう?」

「そんな……」


 ぬけぬけと言い張る老人に返す言葉を思わず失う。黙り込んだアーデルハイトに代わり、アリシアがロドリックに向き直った。


「……ねぇ、それってつまり、殿下はラスボーンを止めてくれないっていうこと?」

「ふ……早合点をされては困るな。爺の言葉はあくまで一つの意見に過ぎない。とはいえ、頭ごなしに否定するには判断材料が欠けているのも事実」


 じとり、と目を据わらせるアリシアに対し、王子はあくまで余裕を崩さない態度を取った。急速に冷え込んでいく場の空気に、アーデルハイトはこめかみの辺りがずきずきと痛むのを感じた。


「……次の王様が、たかが下級貴族にそんな弱腰で示しがつくと思ってるの?」

「示しや弱腰の問題ではないのだよ、我が婚約者殿。むしろこれは……そう、風情や浪漫の問題だ。

 恋にひた走る若者を、その主君が主命だからと道を阻む。――――無粋だとは思わないかね?」

「それは本人同士が本当に愛し合っていたらの話でしょ? アーデルハイトはラスボーンのことなんか知らないって言ってるのに」

「その言葉が辺境伯に強いられたものでないという証拠はあるかな? 高度に政治的な理由から、ロイター卿が自らの心を封じて彼を拒んでいるという可能性もあるのではないかな?」

「あるわけないよ! だってアーデルハイトは――!」

「姫様!」


 王子の言い草に腹を立てたアリシアが口を滑らせかけたところで、アーデルハイトが鋭く制止の声をかけた。


「……お控えください、姫様」

「でも……」

「それ以上は、私の私事です。それに――」


 ――それに、あの人自身がどう思っているのかわからない。


 好かれているとは思う。大切に思われているとは確信できる。

 でも――――それ以上の感情を抱かれているのか、それがわからない。

 自分がどんなにあの人を愛していたのだとしても、心が張り裂けそうな思いをあの人に持っていたのだとしても――――肝心の、あの人の気持ちがわからない。

 確かめることが恐ろしくてたまらない。拒まれたら、それが切っ掛けで距離を置かれたらと思うと、心が竦んでどうにも立ち行かなくなる。そんな自分が殺してやりたくなるほどみっともない。

 でも訊けないのです。動けないのです。


 一歩も前に進めない、そんな自分がもどかしくて、苦しくて、情けなくて。


 それでも――――この苦しみは、この不甲斐なさは、自分が背負うべきものだと思うから。


 自分が立ち向かうべきものだから、誰にも邪魔はされたくない。

 そう、思うのです。


「――そうとも、言ってしまえば彼女の私事だ。家庭内の事情と言い換えてもいい。私達が口を挟むべき事柄ではないのだよ、アリシア殿」


 項垂れて黙り込んだアーデルハイトを尻目に王子が言った。

 薄く笑んだまま意味深な視線を若草色の竜騎士に向け、どこか嘲るように鼻を鳴らし、


「いっそのこと、決闘でけりをつけるというのは実にシンプルで名案にも思えるのだが、どうだろうか?」

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