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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
寒村に潜む狩人
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村鍛冶の懊悩

「見習い志望だあ!?」

「うむ。よろしく頼むぞい」


 呆然とオウム返しにした鍛冶屋のミンズに、ギムリンが平然と答えた。


「いや、だってよ、あんたドワーフだろ……」

「おうとも。キャラメイクで相当こだわった外見じゃ」

「言ってる意味が分かんねえが、ドワーフが人間に鍛冶を教わるなんて聞いたことがねえぞ」

「そうなのか?」


 気になって尋ねてみると、鍛冶屋は呆れた顔で首を振った


「常識だろうが。ドワーフってのは物心ついたころには鎚を振るってるような種族だぞ。――まさかとは思うが、あんた何歳だ?」

「今年喜寿を迎えてのう。満で七十七歳じゃ」

「あぁドワーフにしちゃ若い方――じゃなくて、なんでその歳で鍛冶を知らねえんだ!?」

「『客人』じゃからな。そんなこともあるじゃろ」

「あー、それ都合のいい言い訳だわ。俺もそのうち使ってみよう」

「あんたは黙ってろ!」


 思うままに口を挟んだら怒鳴りつけられた。鍛冶屋は頭を抱えてうんうんと唸っている。


「ドワーフ……ドワーフに鍛冶を教えるって……どうやるんだ。むしろ俺が教えてほしいわ。つーかそんなところを行商に見られたらなんて言われるか……」


 諦めて流されてしまえばいいのに。まだ悩むか。

 何だかんだでこのジジイは押しが強い。しまいには村鍛冶の見習いの座にちゃっかり収まっていることだろう。これも長年営業職で培った面の皮の厚さがなせるわざか。

 村唯一の猟師である俺の口添えもある。悪いことにはならないだろう。


 ――どうしてこんなことになったのか。それほど複雑な話ではないのだが、昨日の北の坑道での戦いが終わった頃に遡る。



   ●



 山賊長の首を落とし、髪を掴んで掲げながら坑道を闊歩する。それだけでビョルン達残党は悲鳴を上げて逃げ散った。

 ……聞くところによると、この大陸に首狩りの風習は無いのだという。だとすると今の俺の姿はとんでもなく気色の悪い異様な風体なのだろう。早くこんな荷物捨てたい。

 ほらほら得体のしれない首狩り族が攻めてきたぞー。早く逃げねば皆殺しじゃ。貴様らの大将の頬を削ぎ落として食ろうてやろうかぁー。貴様らにもお裾わけじゃ、ほーれほーれとやったら、ドワーフのジジイにまでドン引きされた。


 坑道の入り口にテーブルがあったので、山賊長の生首を飾っておく。生々しい恐怖の表情が食卓を彩った。これで何も知らない人間がやってきても、見た目のヤバさから近付くことはないだろう。

 山賊長の胴体をまさぐって牢屋の鍵を取り出した。それを使ってそこのギムリンを解放せんと鍵を開けたのだが、


「……あんた、いつまで顔を挟んでるんだ?」

「いやそれが本格的に外れなくてのう。手伝ってくれんか?」


 よーしおじさん頑張っちゃうぞー。鉄格子に手をかけて、むさい顔に足を乗せて思いっきり踏ん張るんだ!


「ぎゃー痛い痛い痛い! 小僧何をするか!?」

「うるせー俺が死にそうな目に遭いながら必死に戦ってる時にこんなギャグ挟みやがって! そんなジジイにくれてやる足裏はこれだ!」

「おのれ人が抵抗できないと知っとって!」


 ぎゃあぎゃあとやり合いながら、どうにか鉄格子を歪めることで隙間を作り老人を救出することに成功した。早くも疲れた。


 それでも今日のお仕事は終わっていない。来た時よりも美しくが信条の優良プレイヤーがこの私です。この夜に生産した死体やら何やらを片付けなければならない。

 もちろんギムリンにも手伝わせた。山賊達の身ぐるみを剥ぎ、全裸の死体を入口に持ってくるのがドワーフの仕事。穴を掘って死体を埋め立てるのが俺の仕事。ドワーフは嫌がったが俺が戦利品の山分けを提案すると渋々承諾した。所詮世の中金か。

 死体漁りも世のため人のため。下手に銅貨を死体に残して埋葬すると、貨幣損傷等取締法に引っかかってしまう。こうやって銭は世の中を巡っていくのですね。合掌。


 ただあのジジイ、ドワーフの癖に非力にもほどがある。死体を一つ担いでくるのに二十分近くかかっていた。それだけあれば立派な穴も掘れるというもの。結局最後の一つは俺が担ぐ羽目になってしまった。


「いや儂は運ばんからな!? あんなスプラッタな死に方してる死体なぞ御免じゃ!」


 おかげで服が血で汚れた。後ろを振り返るとはらわたがずるずると散乱していたので、一つ一つ拾い集めて穴に放り込んだ。残った血痕は水魔法で洗い流してしまおう。


 死体を片付けたら他の生ものの時間だ。具体的に言うと連中が食べていた食糧やら酒やらである。正直衛生的に問題がありそうなのでこれも他に穴を掘って埋めることにする。

 パンにチーズに干し肉に魚の燻製、人参キャベツじゃがいも林檎。調味料に塩やにんにくまであった。

 表に造りの込んだお手製竈と挽いた小麦粉入りの麻袋があったところから、料理に心得のある山賊がいたらしい。もっと他に真っ当な生き方があったろうに……。

 ジャック(仮名)が入浴を楽しんでいた酒樽もある。食器や調理器具とまとめて地面の肥やしにしたよ。石油製品のない世界では、ダイオキシンやその他環境ホルモンに配慮する必要がないのが素晴らしいところだ。


「ううむ、食料庫らしき場所に残っていたものは捨てんでもいいのではないか? まだ十分食べられると思うのじゃが」

「そう思うならご自由にどーぞ。ただあの山賊どものことだ。酔っぱらって酒の肴を探しに食料庫までやってきて、そのまま食材におろろろやってても不思議には思わんが」

「…………」


 そんなわけで食材に手は付けたくないのです。得体のしれないものは消毒か埋め立てる。これ鉄則な。


 食料庫といえば、そのすぐそばの檻の中に、半裸の女性捕虜が三人ばかり放り込まれて震えているのを発見した。当然アレな目的のために生かされているのだろうが、見つけた場所が場所なだけに変な勘繰りをしてしまう。……山賊って人肉食うの?

 我ながら酷いジョークだ。胸糞の悪さは露ほども消えてくれない。……あの野郎、もっといたぶってやればよかった。


「できんことを言うのう。傍から見ても紙一重じゃったではないか」

「うるせい」


 声をかけたらびくりと大袈裟なほど怯えられた。……まあ、今までどう扱われたか考えれば仕方がないか。

 このまま捨て置くのは後味が悪いので、とりあえずこちらで保護することにする。寒空の中薄着で歩かせるわけにもいかない。インベントリ内の鹿皮を纏わせて、せめてもの防寒着とした。

 ……この件に関しては俺にはどうしようもない。下手に男が近づいては心の傷を拡げるだけだ。村に連れ帰って薬師の婆さんに預けよう。あの妖怪婆さんのところに一般人はあまり顔を出さない。人目にさらさないという意味では適任だ。

 幸いなことに、他に頼る当てがないという者はいなかった。兄や叔父、祖父母の縁を辿れば身を寄せられるところはあるだろう、と。

 行商が来たら彼女たちを領都に連れて行ってもらおうか。あんな村に置いておくより領都にいたほうが迎えは来やすいだろう。当面の生活資金はこの戦利品から工面すればいい。


 もろもろの片付けが済んだらようやく戦利品の回収である。

 まずは汚いものから分配しよう。山賊達が装備していた手斧やら鉈やら長剣やら、予備も含めて大体二十本。身に着けていた衣服に肩当にブーツに毛皮を重ねただけの粗末な鎧。柔らかいが兜らしきものもあった。血の付いているものは捨て置くことにする。

 武器に問題はないのだが、衣服防具に関しては相談事が出来てしまった。


「……自分で剥ぎ取っておいてなんじゃが、なんか臭いし売り物になりそうにないのう」

「なめしが下手で脂肪が残ってるんだろう。タンニンや脳漿で防腐処理してるかも怪しい。普通は防具にするなら蜜蝋で煮詰めて硬くするんだが、ここにそんなもんなかったしなぁ……」


 廃棄決定。死体を辱めておいてあれだが、値の付かないものは持っていけない。


 次はお待ちかね、彼らが今まで貯めこんできた略奪品の数々だ。坑道の奥、鍵のかかった部屋にはさぞかし金銀財宝がざっくざく――


「じゃ、ない……!?」

「当り前じゃろ。ここに拠点を構えて何日じゃと思っとる」


 ほとんど何もない。広々とした空間が用意されている分、空いたスペースが寒々としている。

 いくつか襲撃は成功したのだろう。木箱に麻袋に革のリュックと、両手で数えられる程度には品数はあった。だがそれだけだ。今までの苦労に見合うほどのものかといわれると、断じて否と答えざるを得ない。

 部屋を占めている割合をみれば、むしろ食材庫の方が充実していた。


「……食と住の確保を最優先するとは、あいつもひとかどの指揮官だったか。殺すのが惜しかったな」

「負け惜しみじゃなぁ。正直に言うがの……ねえ、今どんな気持ちじゃ? 真っ先に食材は捨ててしもうたが、どんな気持ちじゃ?」

「ぐっ……」


 まさか自分がやろうとした相手にそれを言われるとは。屈辱感が数倍だ。


 ……まあいい、気を取り直して漁るとしよう。積み上げられている財布は中身を抜いて麻袋の中へ。財布は財布として売れるでしょう。硬貨は山賊の持っていた分を含めてここを出る時に山分けだ。香辛料や茶葉は雑貨屋に持っていこう。精々高く売りつけてやる。木箱の中には鉱石らしきものが詰まっていた。鍛冶屋への手土産だな。ついでにいろいろ摩耗した装備の点検も頼もう。


 しばらく手分けして戦利品を検める。そんな中、ふと気になってギムリンに声をかけた。


「なあ、あんたこれからどうするんだ? 領都に戻るのか?」


 ただ聞いてみただけだ。たとえ領都に戻るとしても、俺がどうこうする話ではない。そもそも領都がどこにあるかも知らない。

 だからこれは、単純作業の退屈を紛らわせるための雑談だ。

 あ、変な短剣発見。柄頭に紋章が描かれている。どこかの貴族のものだろうか。


 ドワーフは作業の手を止めてしばし思案し、宙を睨みつけた。


「そうだのう……。鍛冶工房に弟子入りするにも、ここで得た金では足りんし、また稼ぐことになるはずじゃが。……しかしこのままでは三十年のプレイ時間のうち、三割近くを金策に費やしてしまうし。それでは本末転倒じゃからなあ」

「……領都の鍛冶工房って、そんなに倍率高いのか」

「おうとも。人間族の有する都市で屈指の鍛冶技術を誇っとる。――少なくとも基礎技能はマスターしておけと言われたわ。入門費用もばかにならんし、月謝もある。見習い期間中の生活費は持ち込みじゃ」

「徒弟制度か。いやそれよりもひどいな。普通そういうのって月謝があるところは生活の面倒を見てもらえるものだと思っていた」

「じゃがそれがまかり通っとる以上仕方あるまい? ……儂は単に、一から鍛冶というやつを経験してみたかっただけなのじゃが」


 しみじみと語るギムリン。つられて同情してしまいそうになり、ふと気づく。

 ……ちょっと待て。こいつは何がしたいって言った?


「……爺さん。あんたただ鍛冶師をやりたいだけなんだよな。別に日本刀を鍛えたいとか、鍛鉄技術を極めたいとかでなく」

「うむ、その通りじゃが」

「……だったら別に、領都にこだわる必要はないんじゃないか? もっと零細なところで弟子を探してる鍛冶屋のところに行けば、普通に歓迎されると思うが。実際うちの鍛冶屋だって子供がいないし弟子もいなかったし――」


 そこまで言ったところで、目の前のドワーフの肩がふるふると震えているのに気付いた。


「……そ……そ……そ……」

「爺さん?」


「それを早く言わんかぁあああああっ!」



   ●



「……とまあ、そんな成り行きで」

「どんな成り行きだわけが分からねえよ!? だいたい前半の死体漁りの下りは全くいらなかったじゃねえか!」


 そうだっけ。てへぺろ。


 お茶目で誤魔化す俺を尻目に、ギムリンはにこやかにまくし立てている。鍛冶屋は早くもたじたじとなっているようだ。


「いやいや、教わるのなら大手からと思っていたが、別にミスリルだのオリハルコンだのに興味はないしのう。鉄と鋼鉄でそれなりのものが打てれば充分。それを忘れておったわ。ならば別に武器にもこだわる必要はない。鍋でも釘でも金具でも、作ることにこそ意義があるというもの。……そこの小僧という繋がりが出来たのもまた縁。どうかこの物知らずな爺に、鍛冶とは何かを教えてはくれんかのう? 雑用からでも構わん。これでも採掘は経験しとるから近くの鉱床から素材は掘って来よう。木工には自信がある。これなら早くから力になれるかもしれん。仏像を持ってきたから検討してもらえんか? 自信作の阿修羅像じゃ。必ず利益はもたらすゆえ、この天涯孤独なドワーフの面倒を見ていただきたいのじゃが――」


 ちゃっかり生活の面倒まで頼んでいる辺り、喜寿まで生き延びた老人のしたたかさを感じる。

 これは時間の問題か。


 二人に気付かれないようこっそりと鍛冶小屋を抜け出す。大きな伸びをして酒場に足を向けた。

 食事をとって明日に備えよう。もうじき冬だ。狩りに出られる日も少なくなる。それまでに少しでも獲物を増やしておかねばなるまい。


 ――なあ長老。逃散どころか村人が増えそうな勢いだろ? 俺はだんだん楽しくなってきた。あんたの言う通りになるか、鍛冶屋が意地を見せたとおりになるか。ちょっとだけ結果が見えてきた気がしないか?

 ……まあ何にせよ、俺のやることは変わらない。



 猟師は山に潜み、獲物を持ち帰るのみである。

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