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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
恋のから騒ぎ
332/494

馬に蹴られてさようなら

 ちょっとだけ待ってほしい。

 初対面の相手に名前を知られているのはまあ良しとしよう。何だかんだ戦争屋として半島で活動してきてもう十五年、『紅狼』なんて不本意極まる仇名をつけられるくらいだ。そこそこ名が売れてきたのだと納得できる。

 敵意を向けられるのも何とか理解できる。傭兵として殺してきたのは魔物だけじゃない、盗賊に身を落とした元農民だの奴隷商人もどきだの、最近は内海を帆船で荒らし始めた海賊崩れ(元南海海兵)を討伐したこともある。そこかしこから恨みを買っている自覚はあった。

 権力者に目をつけられるのも百歩譲って妥協しよう。ここ最近は特に動きが派手だった。特に去年芸術都市でゲリラ開催した氷像アート展(アンデッドを添えて)は会心の出来で、美術的価値観が合わないブルジョアどもが難癖をつけてくる事態は想像できたはずだ。……ブルジョアはくたばれ。だがアカも死ね。そしてついでにナチも滅びろ。


 ……だが、だからといって。

 だからといって、こんな事態になるとはとても想像………………いや? これくらいは普通にありうる事態なのでは?


「ううむ……」

「貴様ぁ! 聞いているのか!?」


 目の前の青年の怒号に我に返る。……いかんいかん、思わず思惑に耽ってしまった。思惑ついでにこのまま哲学書片手にフェードアウトしてしまいたい知性派の猟師です。兵とはすなわち懸待一如、懸かりの本意は待ちにあり、待ちの本意は懸かりにある。どちらでもありどちらでもないその在り方は、牡丹の花の下に微睡む猫の如し…………ううむ、自分で自分が何を言ってるのかわからなくなってきた。眠い。


 いやいや、そうはいかないか。


 とりあえず知ってる言葉を並べ立てる現実逃避をやめて改めて周囲を見回す。目の前にはアーデルハイトの隣で顔を真っ赤にしている青年。

 ――そして、俺の周りをぐるりと囲むようにどこかの正規兵らしき連中が立ち並び、手に持つ槍やら剣を抜き放って俺に突きつけてくるのであった。


「…………ラスボーン卿。これはどういうことですか」


 アーデルハイトが言った。どうやらくだんの青年とは顔見知りであるらしく、血相を変えて詰め寄っている。険しい目つきは今にも人を殺しそうな雰囲気だ。


「いくら王国貴族でもやって許されることと許されないことがある! 彼は次期辺境伯の護衛として王都に来たのですよ……!?」

「アーデルハイト殿、今は落ち着いてください。お気持ちは察しますが、まずはこの不埒者をどうにかすることを考えなければ」


 青年――ラスボーンは訳知り顔で彼女の肩に手を乗せ、宥めすかすように抑えつけた。心なしか視線に喜色が混じっているような気配がする。よくよく見れば肩に乗せた手を揉む動きが――


 …………いや、ちょっと待て。

 おい、お前。

 いつまで馴れ馴れしくその子に触れているつもりだ……?


「――――」


 腰の後ろに手が伸びる。外套の陰に交差するように差していた牙刀の柄に指先が触れた。

 ――と、


「貴様ぁっ! 妙な真似はするな!」

「ふん……」

「な――!?」


 目聡く見咎めた兵の一人が声を荒げた。その声で俺の険悪な目つきに気付いたのか、ラスボーンが軽く引き攣った声で後ずさった。


 ……殺気が漏れたか。内心舌打ちを漏らしつつ腰から手を離し、周囲から見やすい位置に両腕を掲げた。敵意なし、降参のポーズだ。

 だがもう敬語なんぞ使ってはやらん。忌々しい気分を抑えつけながら俺は口を開いた。


「――――さて、生憎と王都には縁がなくてね。この中の誰かに恨みを買った覚えもないんだが。……事情を説明してくれるとありがたい」

「……白々しい。我が婚約者を誑かそうとしておきながら、まだ白を切るか!」

「……………………。ん?」


 ちょっとまって。なにかおかしい。

 今、このラスボーン青年は奇妙な台詞を口走らなかったか? それとも局地的に――具体的には俺の耳の周辺のみで――時空嵐でも発生して、どこぞの電波でも拾い上げたとか?

 それとも――


「…………失礼だが。最近の王国貴族は馬車の御者と婚約する風習があるのか? 見たところそこの若者は歳若いが男に見えるんだが――」

「どこをどう解釈したらそんな答えが出てくる!?」

「いや、なに。王都に着いてからこっち、まともに話した相手と言えばそこの彼にチップを弾んだ時くらいだし……」

「貴様……私を愚弄する気か……!?」


 いけない。頭が混乱している自覚がある。

 ここ最近稀に見る異常な事態に明後日の方に思考が回りそうだ。一旦初めからリセットして考えた方がいいかもしれない。


 突然現れたラスボーン青年はまたもや突然俺のことを寝取り魔呼ばわりしてきた。彼はアーデルハイトの知り合いらしく、引き連れる兵の数からしてそれなりに格のある貴族のようだ。

 彼には婚約者がいて、それを俺が寝取ったと因縁をつけて決闘を吹っ掛けているようだが、俺はその婚約者に面識がない。


「…………ん? こんやくしゃ?」


 こんやくしゃって何だっけ。

 許嫁、嫁候補、お見合い相手。そういえば今回のお嬢もお見合い婚約が目的でこっちに来たんだっけ。


 ラスボーン青年は男。なら婚約者は女。

 俺が半島から王都に来るまで、誑かせるほど長く一緒にいた女性なんてそれこそアーデルハイトくらいしか――


「ラスボーン卿! その話は後見していた我が叔父が亡くなってから流れたはずでしょう! 私は竜騎士として辺境伯にお仕えする身です。まだ誰かと婚姻を結べる余裕などないと!

 こ、コーラル、違います! これは何かの手違いで、彼の勘違いです! 手続きの不備だ!」


 アーデルハイトが顔を真っ赤にして言い募った。……つまりそれは……つまり、アレか。


「婚約の破棄など私は了承していませんよ、アーデルハイト殿。私はこれまで、あなたを待ち続けてきた。いつかあなたが務めを果たしきり、私の元へ嫁いでくるのを!」

「元は入り婿の予定だったでしょう! 勝手に内容を捏造しないでいただきたい!」

「しかし! もう限界だ! あなたへ向けるこのはち切れそうな思いに、私はもう耐え切れない! すぐにでも結ばれたいのです!」


 もはや悲鳴に近い彼女の声を丸無視し、ラスボーンは陶酔しきった仕草で自らを抱きすくめた。気持ち悪い。


「時折王城ですれ違う時にあなたから届けられるかぐわしい花の薫り! その深緑の襟巻に隠れながらさりげなく贈られる目配せ! 翠のドラゴンに跨り空を翔けるあの雄姿! 私は、しかと受け取っていましたよ……!」

「誰も、あなたになど贈ってはいない……!」

「――――だが。どういうことですか、その男は……!?」


 ぐるりと振り返った男は、俺を憎悪の籠った瞳で睨みつけた。


「調べましたよ、その男のことは。――『客人』とはいえ下賤な平民。生業は山を駆け魔物を狩るのが取り柄の野蛮な猟師。……あぁ、それなりに腕は立つようですね。傭兵上がりとはいえ辺境伯に仕えることを許されているのですから」


 ――――だが、どういうことだろうか。

 奇妙なことにこの男の視線からは、嫉妬や憎悪以外にも別の感情が混じっているような、そんな感じがする。

 どこか打算的で、欲得の臭いがするこれは……


「だが所詮は猟師! あなたと竜騎士アーデルハイト・ロイターではまるで相応しくない! いつまでも彼女に取りつき、惑わそうというのなら、このヘイデン・ラスボーンが――」


 意気揚々と青年が声を張り上げようとした、その瞬間のことだ。



 ――――――ォ、ォォォオオオオオォォォオオォオオオオ……ッ!



 突然、火山の噴火のごとき轟音が、空間そのものを揺るがした。


「な、なん……!?」

「きゃぁあああああああ!?」

「なんだ、この音は!?」


 騒ぎを面白半分に見物していた野次馬たちが口々に悲鳴を上げる。ラスボーンすらもあんぐりと口を開けて我を忘れた。

 誰も彼もがパニックを起こし、訳も分からず散り散りに逃げ惑おうとしたとき。

 ――――俺は見た。


 背後を振り返る。

 聳え立つ城門、腰を抜かす城兵たち。

 天を穿たんとばかりに突き出る尖塔。それに、抱き着くようにして身を支える『何か』がいた。


 でかい。相も変わらず、馬鹿でかい。

 馬や馬車など比較にならぬ。たとえるならば家屋、それも二階建ての長屋ほどの巨大な体躯。

 鮮血のようにマグマのように赤い鱗はギラギラと陽光を弾き、攻撃的な輝きを放つ。

 金の眼光は猛禽のごとく、それに見据えられた獲物は立ちすくみ、自らその巨大な(あぎと)に身を投げるだろう。

 荒々しい息遣いは、その巨躯の内で循環する莫大な魔力が漏れ出るのを示すかのよう。遠く離れたこちらにまで熱気が伝わりそうだ。


 ――――赤竜ラース。最強の騎竜。初代辺境伯と契約した始まりのドラゴン。


 その、圧倒的な存在感を放つ巨竜の背中から、赤い髪の毛の少女がひょっこりと顔をのぞかせた。


「…………あれ? なんか変な雰囲気。もしかして取り込み中?」


 次期辺境伯、アリシア・ミューゼルのサプライズ入場である。

中々筆が進みません。書き溜めもまるで溜まらず。

というわけで、今週もこれにて終わりとなります。

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