打ち合う盃の代わりに互いの武器を
その戦いを始める前に、一つだけ、俺が気付いたことを報告しよう。
ミューゼル辺境伯領東部に進出してきた山賊団、その長のことである。
本来は出くわさずにとんずらするはずだったんだが、何だかんだで接敵して交戦する羽目になってしまった。
初めて出会った人類種の戦闘職、曲がりなりにもそのてっぺんを務めている男だ。さぞかし高いステータスを誇っているのだろう、と悪戯心を起こした。
記念撮影と言っちゃ悪いが、鑑定を施してみたのだ。
まともに情報がみられるとは思っていない。戦力値が表示されるのが精々だろうと思っていたのだが。
人間:- 戦力値:255
状態異常:魅了
彼に何が起きていたのか、俺は知らない。
変な薬を盛られたのかもしれない。その戦鎚をもたらした魔法使いが何かをしたのかもしれない。
その胸の紋章が何を意味しているかとか、やけに構えが堂に入って我流に見えないところとか、まったく俺の知るところにはない。
詳細な事情など、敵味方に分かれた俺に察することなど不可能だ。
ただ、何かが起きている。
以前の猪もそうだ。あの馬鹿げた数の状態異常。なにか毒草でも食べたのかとも思ったが、先代の冊子にはあそこまで大量の精神異常をもたらす植物は載っていなかった。
断言しよう。あれは意図的なものだ。
誰かが、何かが、あの猪に異常を重ね掛けして野に放った。そして運の悪い狼が一頭殺された。
そして今、目の前の山賊長のステータスに表示されている二文字。……関連付けるなという方が無理だろう。
何が起きているかはわからない。ただ不穏。それだけが泥のように積み重なる。
俺が穏やかな猟師生活を送れるようになるのはいつになるのだろうか――
あぁ、そうだった。まずはこの窮地をどうにかしないと。
●
「おらぁあああっ!」
「おおおおっ!」
激突する斧と鎚。
打ち合った回数は数える気になれないほど。ひたすらに薙ぎ、叩き、打ち、時には蹴りや頭突きにも交えた。
戦鎚の効果は途中から意味をなさなくなった。
武器を通して伝わってくる魔力、こちらからも同様に送り込んで相殺したのだ。最初は何度か失敗したが、次第にコツが掴めてきた。今では振るうと同時に自然に合わせることが出来る。
≪経験の蓄積により、『魔力放出』レベルが上昇しました≫
≪スキルレベルの上昇により、魔力値が上昇しました≫
大斧を振るう。重量級の武器だからと怖気づく必要はない。振るってみれば野球のバットと同じ。力の始点は膝から始まる。踏み込み、足の捻りを胴体に伝え、肩が回転する頃にはトップスピードへ。空振れば一周し角度を変えて再度打ち込む。
「ぐ、ぬ……」
絶え間ない連撃。防御入らずの猛攻こそが戦斧の真骨頂である。躱されようが受け止められようが関係がない。常に足を動かし身体に運動エネルギーを与え続けること。自らが動き続け敵を翻弄すること。不動にて敵を操るなどお前には早すぎる。そう語った元上司は俺の打ち込みを手斧一本で平然と捌ききっていたが。
「じぇぁああっ!」
受け止められた。反動に逆らわずに一旦退く。斧を肩に担ぎ八相に構えた。体を屈めてさらに力を込める。
彼我の距離は五歩。ここからなら十分届く。今の俺ならたとえ三間の距離とて一足一刀に詰めて見せる。
身体強化は一瞬でいい。魔力は蹴り足から発生し波のように身体を伝う。格闘物でもてはやされる内功など知ったことではないが、湧き上がる力をどう扱えばいかに増幅されるかは身に染みて理解している。
「おおおおおおおお――――――!」
「う、あ……!?」
雄叫びは何のために。相手を居竦ませるためか。……少し違う。いやきっとそれもあるが本質は別にある。
声とともに叩き出すのだ。己の心から。疲労、怯懦、慢心、迷い。そして憎悪や戦意すらも。ただ無心に目の前のものを斬る。……なかなか出来るものではないなと常々ぼやいていたのはあんただったな。
畜生め。電脳の世界へとはるか遠くに来たというのに、未だ師の教えに縛られている。あれほど嫌がっていたというのに。何が守破離だ、未熟者め。
眼前には山賊長。瞳には恐怖が浮かんでいた。……それでは駄目だ。戦場で恐怖するものは他人を道連れにして死ぬ。剣の戦でも、銃の戦でも。組織の長にとって唾棄すべき資質だ。
臆病なのはいい。慎重さは万金に値する。だが恐怖は心から追い出しておかねばならない。
戦鎚が振り上げられていた。迎え撃とうというのか。その眼で、その腕で?
足元が炸裂する。土煙を踏みにじり、一瞬で肉薄する。戦鎚が振り下ろされるのが見えた。……届く気がしない。決して遅くはないが、その確信があった。
戦斧を振り下ろした。狙いは敵の胸元、その中心。
轟と音を立てて放った一撃は、鎧を易々と砕いて山賊長の肋骨を圧し折り、内臓や背骨その他骨格を引き裂いて股間から抜けた。
男の身体が吹き飛ばされて宙を舞う。やけに脚が長いな、とぼんやり思ったが、それは俺が裂いた身体の下半分だった。
ぐしゃりと音を立てて身体が落ちた。血やはらわたが撒き散らされて周辺一帯がスプラッタなことになっている。
戦斧が地面にめり込んでいる。柄が根元からぽっきりと折れて、もはや使い物にはなるまい。
音を立てて戦鎚が地面に落ちた。衝撃で男の手から離れたのだろう。あれほど打ち合ってまだ実用に耐えるとは、流石軍制品である。
「……っは――」
息をつく。途中で走馬灯が見えたのは見間違いじゃなかった。一瞬遅ければこちらの頭が砕かれていた。俺が勝てたのは麻痺耐性やら魔力の運用やら、今まで気まぐれや偶然によって得てきたものの差に過ぎない。
――――だが、勝った。
それが全てなのだろう。
生きているものが勝ち。……人は死して名を残す、なんて言葉は糞くらえだ。片や生き残り、片や死ぬ。どちらも誰かに記憶されることなく戦いの痕跡は風化していく。そんなものだ。
あぁくそ。またあのチンピラの言葉かよ。俺も相当毒されていると見える。
山賊長は虚ろな目で虚空を眺めていた。絶命している。……もっとも確認するまでもなく、体半分を股裂きにされて生きていられるとも思えないが。
「……唐竹割とは、いかなかったな」
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「……しっかし、やり口が無駄にグロいのう。もう少し何とかならんのか?」
「やかましいわ」
人が気にしてることをズバズバと。




