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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
寒村に潜む狩人
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坑道の宴

≪経験の蓄積により、『片手武器』レベルが上昇しました≫

≪スキルレベルの上昇により、攻撃値が上昇しました≫


 皆さんこんばんは。侵入が発覚して敵の親玉と遭遇。戦闘にもつれ込んだコーラルです。

 今日は――いやもう日付も変わってるからこの二日間か――長いことお世話になってきたクロスボウが壊れるやらヘルム越しにフルスイング食らうやらで厄日決定。更なる不幸が見込まれます。


 大見え切っておいてなんですが、ちょっとした報告です。

 攻め筋がわからない。


 眼前の山賊長を見やる。振り下ろした戦鎚は地面にめり込み、その威力を周囲に示している。そしてそれを片手で引き抜く奴さんの腕力はそれは大したものなのだろう。

 かろうじて躱したとも。すれ違いざまに短刀で斬りつけてもみた。だが刃が通らなかった。


 誤算その一。敵さんの防御がやたら固い。

 全身を覆う鎖帷子。要所には鋼鉄のプレートを取り付け、特に斬撃に強い仕様の全身装備。傍から見たらどこかの騎士様と見紛うばかりである。

 鎖帷子は摩耗が早く修繕費がかかるのだが、難なく運用しているのは略奪したばかりの品だからなのか、存外この山賊団の運営が好調だからなのか。……何にせよ、俺には関係のない話だ。


 先ほど煽りついでに語ってみたが、実際あれに斬撃は通用しない。特に振りが軽い短刀ではあれを切断するのは不可能だ。

 有効なのは鈍器でひたすらボコるか猪を止めた時みたいに尖ったモノで串刺しにするかなんだが、残念ながら手持ちにメイスの類はない。

 一番欲しいのは目の前の山賊さんが持ってるごついハンマーなんだけどなー。……ダメ? ああそう、ですよねー。

 残る刺突による攻撃はこの牙刀が得意とするところだが、あの鋼板を貫通して急所に打ち込めるかといわれると疑問が残る。一撃で仕留められなければイカ臭いおっさんによるサバ折りの刑が待っている。お突きは死に太刀だから多用は避けなさいって貫一郎先生が言ってた。


 そんなわけで苦肉の策。斧で殴って短刀で止めを刺す。これだ。


「……っ」


 駆ける。男が戦鎚を振りかぶった。懐に跳び込――くそ。

 戦鎚を持つ手、柄を短く持っている。威力は減じるが狭い坑道内で振り回すならその方が合理的。おまけに密着されても対応できる。


 迫る戦鎚に短刀を押し付けて軌道をずらす。身を屈めて横薙ぎを潜った。身を起こしざまに斧を振り上げる。狙いが逸れた。股間を打つはずだった一撃は腿のプレートを掠めて火花を散らした。

 さらに追撃。斧を縦横に打ち込み打撃を与える。せっかく得た隙だ。これを機に畳みかける――!


「――――――」


 都合四度の打撃。肩、胸、腹に当てたそれは、鎧越しだとしてもたしかにダメージとなっているはず。

 呼吸を忘れた。バネの様に跳び上がり蹴りを見舞う。毛皮に包まれているが中に履いているのは先代の得体のしれない金属ブーツだ。鼻面に爪先を打ち込まれて男が呻き声を上げた。

 たん、たん、と石切りのように何度か着地して距離を取った。


 短刀を持つ指先が震えていた。取り落さないように固く握りしめる。


 誤算その二。やたら高性能なそのハンマー。

 見た目はただの鋼鉄の鎚。以前雑貨屋が同じ型の品を行商から仕入れたので店頭に飾って自慢しているのを見たことがある。なんでも領兵歩兵部隊御用達の由緒正しい品なのだとか。……鍛冶屋が言うには、ここの領兵は竜騎士に力を入れ過ぎて歩兵に予算が回らず、装備も数十年前から更新されていないというが。――それはまあいいか。

 問題はその鎚に彫り込まれている幾何学的な模様。頭部だけでなく柄にまで伸びている。振るう度に妙な魔力を発していた。

 恐らくは麻痺か、弱い電流か。何かしら魔法的なものを組み込んでいるのだろう。どうやらこの世界には市販品を改造して転売する魔法使いがいるらしい。ぜひとも教えを乞いたい。

 その戦鎚に無防備に殴られれば間違いなく昏倒。武器で打ち合えば手先が痺れて取り落す。それを堪えても動きの精度が鈍るし、何度もやり合えば身体の芯まで痺れてくる。

 実に嫌らしい代物だ。そういうのは敵でなければ大好きです。


 なるほど、こいつの場合、防具を固めて適当に鎚を振るっているだけでバタバタと敵が倒れていくイージーゲーなのか。羨ましいことだ。

 幸運だったのは俺が海で苦行を積んでる間に麻痺耐性を得ていたことと、未だ鑑定が成功しないこの防具に敵の魔術的干渉を防ぐ効果があったことか。それでかろうじて倒れずに済んでいる。


 よう兄弟! 装備に振り回されてるのはあんただけじゃないんだぜ!


 仕掛けてきた。左手は鎚の頭近くを持ち、振り回す形になっていない。取り回しやすい石突で牽制する気か。

 二刀にて打ち合う。五合いなしたところで斧を持つ手に異常を感じた。悪態をつく間もなく山賊による止めの一撃。斧を振り上げ、戦鎚を下からかち上げたところで手からすっぽ抜けた。


「この……ッ!」


 残った短刀を突き込む。戦鎚を短く持った分間合いが狭まっていた。今なら有効打になるはず――


 阻まれた。腕だけで振るった体重の乗らない刺突は悪手。短刀は鎖帷子を傷つけることなく、痺れもあって持ちきれずに弾き落とされた。

 動かない。ここにきて俺の両手は完全に感覚を失った。

 無防備。背筋にひやりとした感覚。


 にやりと男が笑う。こちらの手は出尽くしたと思ったのだろう。大上段に構えた戦鎚を振り下ろす。


「――――――」


 眼前に迫る戦鎚。もはや生け捕りなど考えていないのか、これが当たれば頭は粉砕して死に至るだろう。


 ――集中する。魔力を循環させ手足にとどめる。


 両手はもはや感覚がない。あの戦鎚と打ち合いすぎた。五分もあれば回復するだろうが、敵と向き合っての五分は致命的だ。


 ――だらりと下げた両手を特に意識する。骨格、筋肉、血管、神経。それらに魔力を別々に流し、その構成を精査する。そこに…………あった。


 山賊長、あんたの言う通り持ち込みのネタは尽きている。短刀は手放したし斧は拾い物だ。これだけではその戦鎚と重装備は突破しきれない。


 ――びくりと指先が震えた。感覚はいまだない。それでも動かすことはできた。理屈はいたって単純。


 ……ただし。ただしだ山賊長。持ち込みは無いといっても、道中の拾い物があの斧一つとは言ってないんだがね。


 ――そう、単純に押し流したのだ。手の中に澱んでいる魔力の流れ。恐らくは麻痺の術式。血流に乗せた自身の魔力で気張るように外部に排出する。痛みが走った。爪の間から出血しているのを感じるが今は無視する。


 あとあとの心配は、こいつを殺してからにしよう。


「…………お」


 インベントリを再度展開。取り出したのはまさかりじみた両手斧。血のにじむ手で握りしめて、よく見もせずに振り上げる。


「お、おおおおおぉ……!」


≪経験の蓄積により、『両手武器』を習得しました≫

≪スキルレベルの上昇により、攻撃値が上昇しました≫

≪経験の蓄積により、『麻痺耐性』レベルが上昇しました≫

≪スキルレベルの上昇により、抵抗値が上昇しました≫


 剣戟の音。どうやら上手く防げたらしい。アナウンスさんもなかなかいい仕事をしてくれる。少しばかり身体の調子が良くなった。


 さらに踏み込む。刃筋を立てて首を狙い、身体の回転から横殴りに叩きつける。


「ぐっ……ッ!?」


 咄嗟に柄で受けられた。だがそれだけでは止まらない。身体強化の乗った斧の一撃は重装の山賊長を軽々と吹き飛ばした。


「――――――は」

「てめえ……!」


 どうしてだろう。笑い声が漏れてきた。

 戦鎚を構え油断なく睨みつけてくる大男が、不思議と小さく見える。

 脳内麻薬でラリってきたのか、目に見えるものすべてが鮮明だ。


 ようやく、エンジンがかかってきた。


 さてさて仕切り直しだ。第二ラウンドを始めよう。

 そこの山賊。いつまでも便利な道具に頼って進歩がないなら、呆気なく唐竹割になるより他がないぞ?

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