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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
崩壊の断章
316/494

ELCARIM

 人類は敗北している。これは覆しえぬ確定である。


 事の始まりは21世紀初頭、月に(あな)が穿たれた日に遡る。一切の予兆なく放たれたその一撃は、西日本のとある地方都市より天を衝き、月を貫いてなお勢い衰えず中天の彼方へと過ぎ去っていった。その残滓は一世紀近くが経った今でさえ異常波形を放出するデルタ崩壊として観測することが可能である。

 ――NASAによって仮称されたこの粒子崩壊は、本来科学的には(・・・・・)観測されえない代物であるのだが……それはまた別の話となるだろう。


 空間を引き裂き時空にすら亀裂を入れた直線状のエネルギー放出は――そもそもこれをエネルギーなどと称していいのかすら不明である――月を貫通したのちも直進し続け、進路上の障害物を同様に穿ちながら既知銀河外にて減退したと思われる。

 思われる、と曖昧に形容せざるを得ないほどにその放出は留まりを知らなかった。ただの余波でさえ観測したものすべてが愕然とするほどの凄まじさ。誰もが信じられない思いで月の断面を眺めたものだった。


 ――――そう、誰もが(・・・)


 思い違いをしていなかったか。この宇宙に存在する知的生命体が我々人類だけであるなどと。

 ――否、あの一撃は空間にさえ亀裂を生み出す規格外。であるならば、生まれた亀裂を外から(・・・)観測するものがいたとしてもおかしくはないのだと、もはや手遅れとなった今であるからこそ顧みれる。



 奴ら(・・)は来た。(ソラ)の裏側から、あの穿撃を辿って。

 外宇宙からの来訪者。そうとしか形容のしようのないモノども。

 意志疎通など一切考慮せず、ただあの一撃の大元にいた人類(われわれ)を『脅威』と認識し、排除のためにはるばると。



 およそ半世紀前。突発性流星群が降り注いだ日。

 内蒙古自治区およびモンゴル共和国、ポーランド地方都市ボズナン、アメリカ連邦ハワイ州、そして日本国青森県白神山地。

 これら四つの地方が一夜にして奴らに食われた(・・・・)

 ただの斥候。先遣隊と呼ぶのもおこがましい僅かな手勢に、現地兵力はなす術もなく蹂躙されたのだ。

 他三か所に比べ日本の被害が極小であった理由は不明とされる。奴らの攻勢の直前、獣のような何か(・・)の咆哮を耳にしたという報告が上がった程度である。


 現行の兵力で奴らへ対抗することは不可能。近寄るものの悉くはなす術もなく捕食され、その姿を目にしたものの大半は精神に異常をきたした。……それも当然である。あれほどの瘴気に触れて正気でいられる人間など、生半な魔術師にもそうはいまい。

 時間とともに緩慢な浸蝕をもって勢力範囲を広げる奴らに対し、欧州、米国、そして中国は自領内での核使用に踏み切った。叡智の炎は過たず奴らを焼き滅ぼし、周囲の地に数世紀にわたる汚染を振り撒いた。いまだこれらの地は人の踏み入る余地なく、厳重に隔離されている。


 隠蔽は為されている。現地政府の情報統制、そして我々(・・)の隠匿術を駆使してのものだ。

 流星群よりはぐれた小隕石の墜落。あるいは架空の武装組織の暗躍と『北』による武器拠出、欧州にて蠢動するネオナチズム脅威論を煽ったカバーストーリー。あながち誤りでもない実在の不穏分子は市民の目を逸らす的として大いに機能した。

 これらの隠蔽工作によって弊害を被った政府もある。自国民に核を向けた国家として非難を甘んじて受けたのだ。しかし容認する他にない。この事件を正直に公表することによって生じるパニックとを天秤にかけた結果だった。


 ――繰り返す。人類は敗北している。


 奴らの侵攻が一度でのみであるはずがない。現に第一の接触から十年後、今から40年前にさらに規模を拡大して奴らは姿を現した。

 半径百㎞以内に接近した航空機は撃ち落とされ、艦船は特殊な追加装甲を盾にすることで辛うじて留まることができた。巡航ミサイルは着弾以前に目標を見失い、観測衛星が機能しない以上プラズマレールガンも用を為さない。

 唯一対抗可能であったノートゥング、その犠牲によってようやく撃退したものの、あれが最後の侵攻であるなどと誰が楽観できよう。


 科学の進歩はこの50年停滞し、奴らの脅威に対する打開策など見出すことも叶わない。唯一有効であった核は例の件以降さらに厳重な管理に置かれ、それの使用は奴らの正体の公表を意味している。認められるはずがない。

 なす術はない。彼ら(・・)にこの窮地を凌ぐ知恵はなく、奴らに抗しうる武器は手元にないのだ。


 ――三度繰りかえす。人類は敗北している。

 それはまた、我々(・・)にとっても同様に。


 我々を初めて束ねた苦悶の導師は斃れた。続いて道を示した赤い伯爵は存在ごと消え失せた。……忌々しいあの魔術師、あの傀儡使い。そして我ら不倶戴天の異能使いによって。


 何度も、何度も。

 何度も何度も何度も。


 ことごとく道を阻まれた。現実を直視せぬ蒙昧ども、後がないと繰り返し諭そうが変わりなく立ちはだかる蜘蛛と龍もどき。あれこそ世界の害悪と呼ばずしてなんと呼ぶのか。


 後がない。後がないのだ。

 アルス・マグナは破綻した。魔剣は折れノートゥングは破壊され、防人たちはうち倒れた。かつて地に満ちた信仰は尽きかけている。土着の神は木偶に堕ち、竜宮(わだつみ)すら水底に沈んだ。

 盤面を覆す術はなく、確定した敗北に異議を唱える気力すらない。未来に待つのは緩慢な死のみである。


 認められようか。この理不尽が、この惨劇が。

 逃れえぬから、免れえぬからと先にある滅亡を諾として受け入れるのが人間であったか。


 ――――否。否、否。

 断じて否である。断じて受け容れなどしない。


 いかなる手を講じてでも我々は抗おう。いかなる外道に手を染めてでも我々は立ち向かおう。

 もとより選べる手段などありはしない。事の解決には抜本的な改変が必要だ。


 人類の敗北は確定している。これは覆しようのない未来である。

 ゆえに――――我々はその打開策を過去(・・)に求める。


 存在したのだ。まったく奇跡の産物が。

 ノートゥングなど足下に及ばぬ至高の神器。いまだ信仰を失わぬ大神の至宝。(パン)(ワイン)など物の数ではない、神の子の肉体そのもの(・・・・)を取り込みながら歴史に消えた百人隊長(センチュリオン)が。

 なんたることか。救いの光はここにあった。人類を救うに足る神器も、またそれを扱うに足る触媒も。


 材料はここに揃った。反射板となる仮想世界の創造。電脳網を用いた人工霊脈の構築。広範にわたる魂の収集。起爆剤となるファクターの魂に強化を施し、加速した仮想世界へ割り込ませる手段の確立。

 あとは時機を待つのみである。かねてより仕込んでいた破滅因子、その起動は間近に迫っている。アレ(・・)の起動と捕食の完了をもってして、この儀式は大詰めを迎えるのだ。


 ――――極大の炸裂をもってして、我々の魂は光速を超える。

 過去への遡行、修正力の及ばぬ改変によって()を捕らえよう。

 そして来たるべき未来――――聖人は、現代の救世主はここに蘇る。


 奇跡(MIRACLE)はここに再現される。

 不死鳥(PHOENIX)のごとく――――!

家庭の事情が立て込んで執筆の時間が取れません

しばらくは不定期投稿の予定です。

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