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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
のたうつ偏食家
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吼え猛る翔竜

 心外な話ではあるが、ルオン・マイヤーが持つ竜騎士としての適性はそれほど高いものではない。


 竜騎士の本分とはドラゴンに跨り空を飛び、圧倒的な火力をもって敵を薙ぎ払うことにある。――だが、それのみを生業とするには少々ばかり無理があった。

 そう、空を飛ぶのも火を噴くのも、彼らが従えるドラゴンが行うこと。竜騎士はただ彼や彼女に跨りふんぞり返って命令を下すだけ。果たしてそれは本当に騎士と言えるのか。


 ある男が言った。――その眼は何のためについている。敵味方の区別もつかないものが騎乗するくらいなら、蜥蜴に鎧を着せて敵にけしかけたほうがよほど安上がりだ、と。


 もっともなことだとルオンは思う。人語を解し高度な知恵を持つ赤竜ラースの存在を知ると、特にその思いは強まった。

 騎士が騎士たる所以を果たせ。つまりはそういうことなのだろう。


 繰りかえすが、ルオンの竜騎士としての適性は低い。一世代ほど年下で、歳若い貴族たちから密かに恋慕を受けているアーデルハイト・ロイターにも劣るだろう。彼女を八とするならばルオンの適性は精々が六だ。……それでも、現役竜騎士の中では高い方だというのが嘆かわしいことではあるが。

 この場合の適性とは、いかに騎竜と精神をより深く同調させ、ドラゴンの内包する膨大な魔力を活性・運用することにある。同調とは共感、感応ともいい、極まれば竜騎士は自らの騎竜との完全な精神合一――自らがドラゴンであるかのような感覚で力を振るう。


 無論、この術はいささか以上に無謀な試みだ。ドラゴンとはかの赤竜ラースのように、高度な知性と確固とした個を保持している。これに自らの精神を溶け込ませ支配下に置こうというのだから、下手をしてしくじればそのまま心を呑み込まれ(・・・・・)かねない。

 感覚の共有程度ならまだましな部類だ。記憶、衝動、あるいは本能。心から湧き出てくる自らのものではないものに竜騎士は染め上げられ、苛まれるのだ。


 事実、騎竜との同調の果てに戻ってこれなくなった竜騎士は相応にいて、身近なものでいえばルオンの大叔父などがまさにそれだ。若くして廃人となった大叔父には子がなく、次代の竜騎士としてルオンの父親にお鉢が回ってきたのだとか。


 人格の変容を好き好んで許容するものは少ない。ゆえにドラゴンとの同調は竜騎士にとって忌避されるものになった。竜騎士は戦場において無敵であり、危険を冒してまで力を求める必要がない環境だったのもそれを後押しした。

 それが遺伝によるものであったとしても、才能は磨かなければ劣化する。かくして、かつて初代辺境伯の時代は大陸最強を誇った竜騎士団も、今や権威を振りかざす腰抜け貴族の巣窟となった。――それがルオンが叙爵された頃の彼らの姿だった。


 嘆かわしく、また恥ずべき事態である。――しかし、そう賢しらげに見識者ぶるほどの才能をルオンは持ち合わせていなかった。


 ――――諦めた。恐怖した。これ以上は進めぬと匙を投げたのだ。

 自らのドラゴン、黒竜グリーヴ。彼女との同調を深める中、これ以上行けば戻れなくなると確信する段階があった。そこで諦めた。

 心を通わせたドラゴンから染み込んでくるおぞましい感覚、己自身が塗り替えられる実感に耐えられなかった。


 自らの限界を知れた、というのは幸運だったのだろう。多くの者は限界を見極めることもなく怠惰に過ごし、限られた者も向う見ずに突き進んで心の中の『何か』を壊す。これはそういう代物だ。

 だが――――その限界を軽々と踏み越え、埒外の暴力を振るう人間もいる。彼にとって理不尽の化身ともいえる天才(アーデルハイト)の姿に、ルオン・マイヤーは年甲斐もなく羨望の想いを抱いたものだった。


 だが――――それでも、それでも。


 譲れないものはある。意地くらいは持っている。

 我こそにはこれがあると、燦然と掲げて誇りたいものはあるのだ。


 心を溶かし合えない分、身体ごとぶつかった。グリーヴと寝食を共にし、鱗を洗って牙を磨き、やる餌も吟味に吟味を重ねた。一緒になって硫黄を齧って倒れたこともある。

 いついかなる時もともにいた。その時間は間違いなく家族とのそれを上回るほどで――――妻にドラゴン狂いと罵られた。

 グリーヴのことは何でも知っている。好みの肉の部位も、飛ぶときの羽ばたきの癖も、一緒にいるときに自分を右の視界に入れたがることも。


 心は通じなくとも、思いは通じ合っている。そう信じている。

 その確信が、その誇りが、ルオン・マイヤーを支えていた。



   ●



「――――見えたな、グリーヴ」


 足元を星の煌めきが猛速で過ぎ去っていく。天空から降り注ぐ光を反射する海面は、僅かながら自他の輪郭を浮かび上がらせる程度に世界を照らしていた。

 月光と星の光を頼りに領都から芸術都市へ、間に挟んだ内海を横切り一直線。頬に叩きつけられる寒風をものともせずに突き進む中、ルオン・マイヤーは呟いた。


 途中で前方に見えた光の柱。飛翔するルオンから見ても巨大なそれは、一直線に雲を貫き彼の視界を縦に割るほどだった。

 あれがどういうものなのかは理解できない。しかしそう邪悪なものは感じられなかった。ならばその直感を信じて今は進むのみ。

 そうこうしているうちに、暗闇の中月明かりに照らされる芸術都市を視界に収めた。


「さて、目的地は見えたが……敵はどこかな?」

「グゥゥウウウ……」


 思わず飛び出たルオンのぼやきに、彼の騎竜が呆れた様子で唸り声を上げた。だがルオンとしては言い訳をさせて欲しい。……あの遠吠えを聞くや否や押っ取り刀で駆けつけたのだから、状況が呑み込めなくて当然ではないか、と。

 いつもの癖で首筋を撫でると、グリーヴは軽く鼻を鳴らして羽ばたきに力を籠めた。


「とはいえ、一番乗りだというのに索敵に時間をかけてはロイター卿に追いつかれてしまう。どこか手ごろな場所に都合のいい手柄首は――」

「――――ッ」


 騎竜が唸った。彼女が顎で示す方を見やると、そこには、


「あれは……伏兵か?」


 内海から芸術都市に向かって右側、北城門の先に奇妙な集団があるのを見つけた。

 数は百前後。遠視スキルで強化した視力でもおぼろげにしか見えないが、どれもが人型のように見える。この夜半で、異常が発生した芸術都市だというのに、その百人は微動だに移動せず整列して直立していた。


 ……逃亡した避難民か? その場に留まり動かないのはどこかに潜む魔物を警戒して? それとも――


「ゥゥゥゥウゥゥウウウ」

「グリーヴ?」


 騎竜から伝わってくる感覚に違和感があった。

 ……剥き出しの敵意。本来ブレスを吹きかける相手にこれといった感情を抱かないのが彼女だが、今回ばかりはやけに明確に主張してくる。あれは敵だと。

 ――その様はまるで、乗り手であるルオンに促しているようで。


「――――そうか」


 一瞬、かつての同期の姿が思い浮かぶ。民間人を敵と誤りもろとも焼き殺した、騎士にあるまじき男。

 自分も彼のようになりかけているのかもしれないと、迷いが浮かび出て、


「――――そうだな」


 振り払い、覚悟を決めた。

 ……これは勘ではない、惰性でもない。ただ己が騎竜を信じる、それだけのこと。

 相棒を信じた結果ならば、どんなものでも竜騎士の本望であると。


「蹴散らすぞ、グリーヴ! 我らの力、このハインツに轟かせよう……!」


 ――――――グォォオォオォオオォオオオ……ッ!


 竜騎士の怒号にドラゴンは咆哮をもって応えた。大喝の衝撃に空気が震え海面が波打つ。人竜一体を別の形で顕した主従は、火の玉のごとき気勢とともに突撃を開始した。

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