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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
のたうつ偏食家
309/494

修羅の国一揆民

「軍法には向かんなんて言うとったばってん。あん猟師、なかなかん慧眼やなかか」


 痩せ気味の男だった。ひょろ長い背丈にやや猫背気味な姿勢、どこか腰の低い印象を受ける。身に纏った軽鎧はあまり使い古されていないようで、動きがややぎこちない。


「何者だ!?」


 執政が語気を強めて誰何した。……突然の吸血鬼の死、続けた現れた正体不明の男。無関係というはずがあるまい。恐らくはこの男の仲間か何かが襲撃をかけたのだろう。

 無言で執政を囲み、周辺に対し警戒の目を向ける護衛達。それを尻目に不審な男は、何でもないことのように軽く肩を回しながら言った。まるで執政の言葉など聞こえていないかのような風に、


「いやいや、大変やった。なにしぇあん猟師ん見立てじゃ、どしゃくしゃに紛れて襲わるぅなら北門か南門のどっちかって話でしゃ。……いやどっちなんやと。北と南じゃ結構距離あるやろっていうとに。

 おかげで真夜中ん空ばひっきりなしに往復して見張る羽目になってしもうた。グリなんか鳥目なんに扱き使われて相当お冠で、お前ら見つけた途端に俺振り落として帰っちまったばい」


 何を言っているのだ、こいつは。

 所々聞き取れる単語はあるものの、独特の言い回しのせいで何を言っているのかほとんど理解ができない。

 ぶつくさとお構いなしに愚痴を漏らす姿は、まるでこちらのことなど眼中にないと言わんばかりだった。そんな男の仕草に苛立ち、執政は言葉を荒げた。


「……何を言いたいのかはわからんが、私は道を急いでいる。邪魔立てするというなら斬り捨てるぞ!」

「おぉこわ、邪魔しとぉんなどっちなんやら。――――なぁ、裏切り者」


 酷薄に細めた瞳。じゃらん、と再び鎖の音が鳴り響く。

 鎖の音は男の左手から生じているようだった。そこに軽く握られているのは、


「手鎌、だと……?」


 農村で草刈りに使われるような、どこにでもあるありふれた農具。柄頭に取り付けた金具から細かい鎖が伸び、右手で軽く握った先で掌に包み持てるほどの大きさの分銅が、鈍い光を放ちながらぶらぶらと揺れていた。

 執政は困惑しながら男の異様な得物を見つめた。……農具なのか、それとも武器のつもりか。メイスならばもっと大ぶりだし、フレイルとして用いるならば威力を高めるために鉄球は棘がついているものだ。なにより鎖が長過ぎる。適当に束ねて纏めて持っているが、それでもなお有り余る鎖が垂れて地面を擦っていた。


 ふざけた得物だ、そんなもので何ができるというのか。――そう鼻で笑おうとしてふと気づく。

 分銅の先から、何か滴る液体がある。


「んー? こん鎌かい? 俺だってこげん武器使うことになるやなんて、最初は思いもせんかった。ばってんまあ、使うてみれば案外勝手がよかもんよ」


 言って、男はにひひと笑った。


「あん光、見たろ。あれくらい派手なんな見たことなかばってん、似たようなことは散々やっとぅたい、あん人。

 ばってん聖騎士だ聖騎士だって言うんで基本真っ向正面しか見らん人やけん、脇だん裏だのがお留守になるわけ。当然そこば突こうとする野盗だん魔物だのが迂回してきて、結局俺が対処する羽目になるったい」


 億劫そうな口調。しかし何かを懐かしむかのように目を伏せ、男は鼻を鳴らした。

 何を言っているのか理解もできないほど癖の強い言葉遣い。男の方も自分の発言が聞き取られることを期待してないようで、気にした風もなく続けて言った。


「村ん周りば駆けずり回って、近寄ってくる連中ば追い散らしてって感じで凄か大変で、威嚇んためにも遠距離ん武器が要る。ばってん立ち止まって弓持って礼法正しゅう射掛くるなんて暇なんてなかし、ましてや敵ん数もわからんのに矢玉ん数ば気にして戦う余裕もなか。

 自然、武器は走りながら投げらるぅ石みたいなんになるし、拾う手間が惜しかけん手繰って手元に戻しぇるごと鎖がつく。したらこん有様よ。

 ――ははあ、まるで忍者よな」


 ぼたぼたと滴り落ちる。鎖を伝って赤黒い液体が。

 誰の血だ、と問おうとして不意に察した。……まさか、この男が?

 男の立ち位置から頭を抉られた吸血鬼までの間には執政を挟んでいる。あの分銅を投げつけて殺したなら、自分が気付かないはずがない。――では、どうやって。

 訝しんだ執政の眼に分銅から照り返す光が刺さった。……鉄の質感とはまた異なる。これは――


「まだまだ役職にも就いとらんペーペーやけん給料低うてな、銀んメッキなんて分銅んツラと鎌ん切っ先くらいにしか貼れんかった。――でもまあ、効果はあったんごたぁばい」


 ――ひゅん、と。


 不意に、あれだけやかましかった鎖の音が消えた。跳ね上がった男の右手、それに操られるように鎖がのたくり、まるで生き物のようにうねりを上げる。まるで鎌首をもたげ獲物に跳びかかる蛇のようだと執政が思った瞬間、


「――そら!」

「が、あ……ッ!?」

 

 鞭打つような一閃、猛烈な勢いで分銅が牙を剥き、横合いから気配を断って男を襲おうとしていた吸血鬼の胸を穿った。

 苦悶の声を漏らして吸血鬼は絶命する。ジャラリと音を立てて分銅を引き抜かれた胸からは、燻るような白い煙が上がっていた。


 ――――銀のメッキ。吸血鬼の数少ない急所である心臓を、狙い違わず破壊してのけるその威力、その精度。


「――こんな塩梅さ」


 ジャラン、と鎖が鳴る。瞬く間に灰と化した吸血鬼が姿を失い崩れ去る。

 引き戻された分銅を乾いた音とともに掌で受け止めた男は、さて、と改めて執政に向き直った。


「芸術都市ハインツ執政、ガバッツァなにがし。どげん理由があってそこん吸血鬼ば手引きしとぉんやろうかんて、俺にとっちゃどげんでんよか。興味もなかしそげな役職でもなかしな。ばってんまあ、裏切りは裏切りばい。

 大人しぅ縛に着け。今なら殺しはしぇん、タコ殴り(くらし)程度に収まるやろう。もっとも――」


 言って、男は執政の隣で憤怒も露わに身構える吸血鬼を見やった。


「――俺も元騎士や、そこん吸血鬼は見逃しぇんがな」

「抜かせ、標準語も喋れん田舎武者が……!」


 吼えるように吸血鬼が怒鳴った。その声を合図に周囲の吸血鬼と護衛が一斉に抜剣する。殺気立った彼らについていけず、執政はオロオロと視線を泳がせて立ちすくんだ。

 そんな彼らに、男の方は動揺の顔一つ見せなかった。あちゃあと大仰な素振りで頭を抱え、これ見よがしに空まで仰いでみせる。

 そんな姿を隙と見たのか、


「舐めたな――――ッ!」


 護衛の一人が駆けた。双眸に宿る殺気は確殺の意気。一太刀で葬らんと右手の剣を振りかぶる。


 ……鎌と鎖という男の得物の歪な形状に度肝を抜かれたが、所詮は農具、不意を撃つだけが能の暗器紛い。真っ向から正統の剣と切り結べるはずがない。

 現に男は意表を突かれた様子で茫と立ち尽くし、咄嗟に投げた手元の鎖もどこか見当違いの方向に伸びきって――


「――――甘い」


 振り子の振幅、薙ぎ払うような投擲。狙いはもとより敵の肉薄する正面になく、街路を薄ぼんやりと照らす小ぶりな街灯。

 伸びきった鎖は街灯を支点に折れ曲がり、軌道を変えて護衛の首に後ろから巻き付いた。


「ぐ、ぇ……」


 突進のさなかに首だけを絞めもどされる。自らの勢いであわや骨ごと圧し折りかけた護衛は苦鳴を上げて引き留まった。もんどりうって背後に倒れそうになるも、そこだけはと必死の思いで堪えて、


「ふ――――!」

「ぐ、ぶぁ……」


 いつの間にか目前にいた男。逆手に持った鎌を掬い上げ、顎下から脳天までを貫く。あふれ出る血の泡を口端から噴き上げて護衛は絶命した。


「――ミューゼル辺境伯軍ハスカール所属、独立歩兵大隊『鋼角の鹿』、鷲獅子騎兵(グリフォンライダー)教導官タグロ。

 もとい、流派は伏せ鎖鎌裏太刀目録、黒田孝成(たかしげ)。―――さあ、聞いたけんには消えてもらうばい……!」


 引き抜いた鎖鎌。噴き上がる血飛沫を浴びながら、タグロは陰惨な笑みを敵に向けて浮かべた。

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