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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
のたうつ偏食家
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壊疽の弓箭

 その爆音は、西城門を攻めるグールたちにもよく聞こえた。彼らを指揮している吸血鬼たちにも。

 天高くまで届こうかという爆炎、地の底にまで響くような轟音。あまりの震動に立っていられなくなるほど。


「なんだ、この爆発は……?」


 計画にない騒ぎに、吸血鬼ユベールは眉をひそめた。

 ……予定では大人数で西城門に押し寄せ陽動とし、前もって忍び込んだ同胞たちが『現地調達』でグールを増やし、背後に対して無防備な西城門を強襲するというもの。こんな大袈裟な爆発など計画になければ聞いてもいない。


 もしや、何か手間取っているのか。

 そう考えたユベールはこの場にいないデュドネに思わず嘲笑を浮かべた。……今回の計画の発案者というだけで盟主を気取る身の程知らず。多少火魔法に長けるからと大きな面をしてのさばっていたが、所詮はこの程度だ。

 この戦いが終わればこの街の主導権を巡って吸血鬼同士で争いが起こるのは既定路線だ。すなわち、今の時点ですら互いの牽制は始まっている。

 裏から百や二百のグールを使って強襲する? 間抜けなこと、策が成れば奴などもはや用済みだ。敵の衛兵もろとも押し潰してくれる。守備兵に損耗させられたとはいえ、手駒はこちらの方が多いのだ。


 ――そこまで考えて、ふと気づいた。何か異常があったのかと気をそばだてたせいだ。

 西城門北側の尖塔から来る射撃が、いつの間にか散発的になっている。あれだけ盛大に斉射を撃ち込んできた忌々しい高威力のクロスボウ。それがいつを境にか随分と大人しくなっていた。


「矢切れか? ふん……」


 後先考えずに大盤振る舞いするからだ。無能な敵の指揮官をユベールは嘲笑し、改めて尖塔に意識を向けた。

 確か、あの塔を護っているのは半島を根城にしている元傭兵なのだという。今はどういったコネを使ったのか辺境伯に仕え、独立歩兵大隊を名乗っているのだとか。

 ……大仰なことだ。大層な身分を名乗っておいてその実見かけ倒しであった例など後を絶たないが、彼らもまた例にもれなかったということか。


 確かにあのクロスボウは脅威ではあった。一撃当たるだけで手足が吹き飛び、グールが行動不能になる。戦闘に復帰するには緩慢な再生を待たなければならない。彼らに倒された二百余りのグールが再び立ち上がれるようになったころには、既に日付が変わっていたほどだ。

 ゆえに配下に命じて尖塔に強襲をかけた。敵戦力を削れればそれでよし、でなくとも次の強襲を警戒して射撃が疎かになることを期待して。


 この様子では、強襲の結果は上首尾に終わったらしい。当然のことだ。

 多少装備が優れていても所詮は元傭兵。少し脅しつけてやればそれだけで怖気づき逃走を考える人種だ。目をかける価値もない。


「骨のないことだ。食いでがないぞ、劣等種」


 侮蔑も露わに罵倒する。そのままユベールは駄目押しの一手を切ることに決めた。

 踵を地面に打ち付ける。カン、とブーツが硬質な音を立て、彼があらかじめ用意していた土魔法が発動した。


 ぼこぼこと地面に穴が開いていく。落とし穴という程度では済まない大きさ、まるで地中に埋まった怪物が大口を開けるように。プレイヤーが見たならばハッチが開いたみたいだと形容するような、そんな大穴が開いていった。

 ――そして、その形容は間違いではない。


「ぅぅぅああうぇり」

「ああられれぎヴぃん」

「ぉおおおるしゅしぃ」


 正しくその穴は昇降口(ハッチ)だった。穴の下には三百を超えるグールの群れ。意味をなさない呻き声を垂らしながら、外気の飛び込んでくる方向へと這い出して来る。


「やれ、下僕ども。あの城門を押し開けて来い」


 ――これの準備には手間がかかった。一週間をかけて少しずつ地中を掘り進め、造り上げた開けた空間にグールたちを待機させる。本来は城攻めに手間取った時、一旦全軍を退却させ追撃に出た敵を誘引したうえで扉を開き、挟撃の形を取るつもりだった。だが今の調子ならば、むしろ力押しに城門を突破した方が手っ取り早い。


 ユベールの命令に従い、グールたちは緩慢な仕草で西城門へ針路を向ける。……進化はしていないとはいえ、ユベール配下の中でも高レベルな強力なものを揃えている。彼らが殺到すれば城門など、一時間程度で押し破れる。

 北側からの斉射を警戒して纏まった運用を避け、虎の子として出し惜しんでいたが……あちらが怖気づいたというのならば是非もない。付け入らせてもらおう。


「ふん……」


 悠然と腕を組みながら吸血鬼は自軍の戦果を見届けようと薄く笑みを浮かべ――――その光景を目の当たりにした。


 北側の塔、壊滅したかと思われた傭兵どものいる拠点。そこから飛来した一本の矢。

 ばす、と音を立てて一体のグールに矢が突き立つ。……それはいい、別に構わない。もとより芥のような価値の低い手下、痛覚など存在しないアンデッドだ。たかが矢が一本身体に突き刺さったくらいで何が障害になるというのか。こいつのためにわざわざ仕立ててやった革鎧が多少傷つくだけ。

 無駄な足掻きにユベールはせせら笑いを浮かべて、


「ぅっぅぅぅうぅぅうぅあうあうあうぁぁああぁぁあぁあ? ぁあすつさ? いるりさっが?」


 矢の突き立ったグールが、奇妙な動きを見せ始めた。

 何が気になるのか唐突に立ち止まり、しきりに矢の刺さった傷口に手を当ててさすり始める。拍子に革鎧に突き立った矢の箆がへし折れ、鏃は身体の中に残ったまま。


「えぇええうえうえうえ? うううすああうあたててぽ?」


 苛立った声をあげてグールはさらに激しく革鎧をまさぐった。グールの怪力で乱暴に扱われ、革鎧は容易く引き千切れ素肌が晒される。じくじくと凝固した傷口とそこに入り込んだ鏃のさまが露わになり――グールはその傷口に、躊躇なく指を突き込んだ。


「おい、貴様! 何をしている!?」

「ぇぇぇえぇええええぇええ!」


 悲鳴が上がる。痛覚などないはずのグールが悲鳴を上げ、それでもグジグジと傷口を抉る行為をひたすら続けていた。

 掻き毟る、掻き毟る、掻き毟る。皮膚が破れ肉が抉れ骨が覗いてもまだやめない。引っ掻き過ぎて指先の爪は剥がれ指の骨があらぬ方向に向いた。それなのに傷口を掻き毟るのをまだやめない。

 鏃などとうの昔に毟り取れた肉塊とともに地に落ちた。異物感などないはずだ。そんな傷など無視して先に進めば、門を叩いている間に跡形もなく再生する。

 だというのに、どうしてこいつはいまだ傷口を毟り続けているのだ……!?


 ばすん、と肉を撃ち抜く音がまた聞こえた。見ればまた別の個体が敵に射抜かれていた。今度は矢の短いボルトで、貫通したボルトが足元に突き立っている。


「べぇ!? ええああええてれこさああ!?」

「やめろ! 矢は身体に残っていないだろう! 早く門を壊しに行け!」


 まただ。またこれだ。

 グールはユベールの命令に耳を貸さず、奇声を上げて傷口を掻き毟り始めた。血の凝固した肉片をぶちぶちと毟りながら、懲りもせずに。


「何をした、一体何をされたのだ……!?」


 状況を理解しきれないまま、ユベールは北の尖塔を睨みつけた。……あの塔の連中だ。連中が何か、射込んでくる矢に細工を施した。

 細工の大元を確かめなければならない。可能ならばその場で原因を排除し――いや、むしろ傭兵たちそのものを始末した方が確実だ。


「誰か! 手空きの者はいないか! 任を与える!」


 ――吸血鬼を送り込む。再び奴らを半壊に追い込めば、下手な小細工など容易く吹き飛ぼう。

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