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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
寒村に潜む狩人
30/494

若いドワーフと聞いて容姿が想像できない

1/3 ドワーフの熱唱シーンを差し替えました。

「うぉおおおおおおおおおをおおおおいいいっ! 腹が減ったぞぉう!」


 カンカンカンカンカンカン!


 到着してその怒鳴り声を聞いた時は面食らった。遠くから漏れ聞く分には、機嫌の悪い山賊頭が当たり散らしているように思えたからだ。

 だがここは山賊お手製の監獄坊。鉄鉱の掘れなくなった支道に鍵付きの鉄格子を備え付け、簡易的な檻にしている。


「だぁれぇかぁあああああああっ! 居らんのか!? 居るんじゃったら返事をせんか!? 居らんかっても返事をせえっ!」


 カンカンカンカンカンカン!


 坑道もかなり奥まり、壁に引っ掛けてある松明が酸素を吸うのかかなり息苦しい。鉱山として使うにしろ、これ以上掘り進むには内部に空気を送り込む工夫がいるだろう。


 そんな天然素材でできた牢獄に、その男はいた。


「おおおおおおいっ! 腹が減ったぞ、腹が減ったぞ! 腹が減ったぞ!? 聞こえとるじゃろうが、このクソ餓鬼どもが!」


 カンカンカンカンカンカン!


 筋肉の浮き上がる百二十㎝ほどの体躯に、ごつごつとした赤ら顔。生え際の後退しかけた黒髪に首の境が見えないほどの髭。

 紛れもないドワーフである。


 鉱山労働者の服を着て、全身埃まみれになったその男は、ひとり牢獄で大の字に寝転がっていた。


「儂がどれくらい腹減ってるかわかるか!? 飢餓耐性が生えたぞ! それもLv2じゃ! 早く飯を持って来んと飢え死にするぞ!」


 カンカンカンカンカンカン!


 なんだかんだで人間以外の人類種を見るのは初めてだ。それもドワーフとは。

 確かドワーフの生息している王国はここから見てはるか西の山脈のはず。領都か古都に行けばお目にかかれるかもしれないが、こんな北方の半島にあるド田舎では縁がないのも当然か。


 余談だが、ドワーフという種族名。強引な当て字で土矮夫と書いている本を見たとき、よく考えたものだと感心した記憶がある。何というか日本語の可能性を見た。

 だからどうという話でもないんだが――


「飢え死にするぞ、飢え死にするぞ! そしたらどうなるかわかっとるか、あぁ!? リスポーンして領兵に通報して貴様らなんぞギロチン台じゃ、ざまあみろ! 大事な奴隷候補なんじゃからちゃんと面倒見んか!」


 カンカンカンカンカンカン!


 だあああっ、うるせえ!


 その手に持ったジョッキで鉄格子を叩くのがこの上なく耳障りだ。周囲が洞窟なものだから反響して工事現場じみた騒音を立てる。山賊の手下どもがノイローゼを起こすのも納得がいった。


 それにしても元気な爺さんである。いや、そういうキャラ作ってるだけで実は若い可能性もあるのか。……まあいまどき儂とか一人称で使う人間なんていないし。


 鉄格子に歩み寄る。ドワーフは寝そべったまま喚くのに飽きたのか、今度はジョッキでガンガン拍子をとりながら歌を披露していた。20世紀後半に流行ったロボットアニメの主題歌。……いや違う? 何だか色々変なものが混じってて判別がつかない。


「むーてきのちからはじごくみみぃー!」

「ちょっと、あんた――」

「すっきすっきすっきすっきこっちをむいてよ!」

「ちょっ――」

「ヅェェエエエエエエエエット!」

「やかましいわ!」

「おぼぼぼっ!?」


 水魔法放出。テンションだけで脳内麻薬を分泌している髭面にぶっかける。

 腹が減った? 喉が渇いた? おうおうこれでマシになったろう。ついでにルーラも唱えてやるから安心して溺死しろ。

 水責めを続行しMPを半分ほど使った辺りでドワーフが地面をタップした。手間取らせやがって。


「……落ち着いたか、ドワーフ」

「おおぅ……爺にはもう少し優しくしてはくれんかのう。この責め苦はあれか、選曲がポップに寄り過ぎたがゆえの年寄りの冷や水的な奴か?」

「逆だ逆。いくらアニソンでも百年以上前のシーラカンスを引っ張ってくるんじゃ、反応しづらいだろうが」

「それもそうか、儂からみても爺さん時代に流行った……む?」


 そこでドワーフは何かに気付いたように片眉を跳ね上げた。


「……今の台詞、もしや小僧プレイヤーか?」


 気付くのが遅い。

 早くも疲れてきたところにドワーフの胡乱げな視線が突き刺さった。


「プレイヤーが何が楽しくて山賊などしとる。大人しく始まりの街でゴブリン狩りでもやっとればよいではないか」

「生憎と、ゴブリンと出会ったことは一度しかないな。それに俺は山賊じゃない。むしろ単身敵地に跳びこむ某蛇もビックリな隠密猟師だよ」

「何だって猟師がこんな洞窟に潜り込むんじゃ。ここにおるのはむさい山賊どもだけじゃぞ」

「その山賊を間引きに来たんでね。あんまり増えすぎると俺の住んでる村にまで押し寄せてきちまう。――あと、山賊に捕まった間抜けなプレイヤーを笑いに来た」

「なんじゃとう! 儂だって好きでこんな廃坑にいるわけではないわ!」


 むくっと体を起こしていきり立つドワーフ。しかし程なくへなへなと力なく地面に突っ伏した。


「……いかん、腹が減って力が出ん。本気で餓死するかもしれん……」

「アニソンなんか歌うから……」

「なあ、小僧。何か食うもんは持っとらんのか? 初期装備の携帯食は大分前に食べきってしもうた」

「そんなに辛いなら何で自殺してリスポーンしなかったんだ?」

「痛いのは嫌じゃ。それと自殺は、何だか負けた気になる」


 あ、その気持ちはよくわかる。

 ちょっとだけ共感したので、インベントリにある干し肉を提供することにする。格子の隙間から差し出すとものすごい勢いでひったくられた。気分はゴリラに餌をやる飼育員である。


「からっ!? この肉塩辛いぞ小僧! 水寄越せ水っ」

「ほらよ」

「ぶおあっ!? ……ばかもんまた溺れかけたではないか! 水が出せるならジョッキに注がんか!」


 いちいち注文の多い。



   ●



 ドワーフの男はギムリンと名乗った。何でも初期位置から目指す方向を間違えたらしく、気が付くと取り返しのつかないところまで来ていたという。

 領都で鍛冶工房に弟子入りするべく金策に励み、その一環として東の鉱山に足を延ばしたところで山賊に捕らえられたのだとか。


「どうして東? 北の方が鉱山業は盛んなはずだが」

「人気の少ない方がはかどると思ってのう。それに儂はこの体躯じゃ、人間の手では掘りづらくて手つかずになっておる鉱脈にも、つるはしを合わせられると思ってな」


 仕事仲間と連れ立って目ぼしい場所を探す中で山賊と出くわし、自分以外は皆殺しにあってしまった、とギムリンは言った。


「武器をインベントリから引っ張り出したのを見られてな、それでプレイヤーだと見抜かれてしもうた」

「それは災難な。――ところで話は変わるんだが、ここの山賊の規模はどれくらいだ? 来る途中で何人か始末してるんだが、どうにも全体がつかめない」

「ふむ、なかなか頼もしいことを言うのう。たしか……十五人ほど。恐らく間違いないじゃろう。儂が捕まったのは奴らがこの坑道に居を構える直前じゃったから、あのときほとんどの構成員を引き連れておったはずじゃ」


 なんと。これまでで遭遇した連中でほとんどなのか。斥候が三人、入口に二人、内部で殺したのが五人、途中にいたカードゲーマーが四人。これで十四人だ。主要メンバーはほぼ確認している計算である。

 山賊団に損害を与えるどころか壊滅させてしまった。我ながら恐ろしいこと。

 夜中寝込みを襲われることがいかに致命的か、身に染みて理解できる。


「――ただ奴ら、この山に来てからやけに景気が良くてのう。あと何人か追加戦士がいるかもしれん」

「戦隊モノっぽく言うなよ」


 まあ別に大した問題でもあるまい。こんなずぶの素人が無事に潜入できているのだ。古参だろうがルーキーだろうが技量は知れている。目を誤魔化すのはそう難しくはないだろう。


 脱出の算段を立て始めた俺に対し、ドワーフが鉄格子に顔を押し付けて言った。


「のう小僧。わざわざ奴らの人数まで教えてやったのじゃ。当然儂をここに残していくなんて考えはあるまい?」

「悪いけど息してるだけで騒がしい爺さんを連れてのランデブーはお断りする」

「のぉおおおっ! 礼儀知らずめ! 枯れた老人に救う価値はないと抜かすか!? どうせ貴様も、外見十歳くらいの癖に千年くらい生きてきた合法ロリ(巨乳)なんて設定の幼女がおったら、真っ先にお持ち帰りする気じゃろ!? 差別じゃ!」

「そこまでは言ってねえだろ! 若かろうが幼かろうがのじゃロリだろうが、連れてはいかん! どうにか兵隊を連れてくるから、それまで待ってろ」


 隠密の心得もない奴を庇いながらの逃避行など御免蒙る。そう言ってるのがわからんのか。

 大体連れて行こうにも、この牢獄の鍵を開ける手段がない。解錠なんてスキルは猟師の領分ではないのです。


 なおもごねる老人といがみ合うことしばし。話題はこういった状況から救い出されて勇者に一目惚れしてしまうヒロインが、いかに吊り橋効果に弱いノータリンかという議論にまで発展していた。

 がし、と握り合う右手と右手。昨今のサブカルに対し含むもののある同志が、こんな所にいようとは。


「でもまあ、連れてはいかんのだが」

「そこを何とかせんかと言っとるに!」


「――ごちゃごちゃうるせえぞ、てめえら!」

「あん――ッ!?」


 突然聞こえた背後からの声。

 振り返る。否、振り返る間も許されない。


「が……!?」


 衝撃。

 視界が横に流れる。

 豪風を立てて側頭部を襲ったそれを視認するまでもなく。

 俺の身体は軽々と吹き飛ばされた。

本作のヒロイン登場(白目)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ドワーフの発言から最低でもあと一人山賊がいるのが確定したのに、 何で山賊のアジト内で騒ぎ続けたのかさっぱり分からない。 ついにヒロイン(笑)と邂逅できたから冷静さを欠いてしまったのか…
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