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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
のたうつ偏食家
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設置型インファイター

「オラァアアアッ!」

〔PUMPKIN-PUNCH!!!〕


 裂帛の気合とともに撃ち込まれた拳がグールのこめかみにめり込み、一切の抵抗を許さずその頭を粉砕した。こうなってはアンデッドとはいえ耐えられるはずもなく、グールは声もなく倒れ伏した。


「カ――ぁあああ!」

〔PUMPKIN-KICK!!!〕


 旋風のごとき回し蹴り。体幹ごと捻じり込むような足刀がグールを三体纏めて巻き込み、呆気なく上半身と下半身を泣き別れにする。


〔PUMPKIN-CHOP!!!〕


 電光もかくやという手刀の振り下ろし。肩口を捉えられたグールは鎖骨を砕かれ肋骨を切断され、更には心臓を破壊されて機能を停止する。

 パンプキンは止まらない。軽やかにステップを踏み間合いを取り直すと、改めて軽く握った拳を掲げた。手の平を返すと軽く手招きするような動作すらして見せる。


「き、さま……!」


 その、まるでこちらを挑発しているかのような仕草にデュドネは額に青筋を立てた。

 ……計画を乱す意味不明な存在、種族も行動原理も理解不能な出鱈目生物。どうしてこのようなふざけたカボチャごときに邪魔をされなければならないのか。


「何をしている!? 囲めェ! たかだか五人かそこらが潰されただけだ、こちらは250人いるのだぞ!」


 そうだ、そうだとも。奴の派手な動きに惑わされたが、人数はあくまでこちらが圧倒しているのだ。どれほど出鱈目な存在だとしても所詮は人型。これだけの数を相手にし続ければ必ず動きが鈍る。そこを狙い撃ちにしてやればいいのだ。


「うぅうあういしいいりあ」

「らるいぃうぢぱ」

「――――ッ!」


 デュドネの号令にグールたちが呻き声を上げながら一斉に突進した。これにはさすがの南瓜も耐え切れないと見たのか、背後に大きく飛びずさって仕切り直す。しかし遅い。雪崩を打つように跳びかかるグールたちがすぐさま南瓜のもとへ肉薄した。

 やれる、とデュドネが一人確信を抱いた、その瞬間――――奇妙なものを目にした。


 南瓜の手元から零れ落ちる、握り拳大ほどの物体。橙色の表皮に緑のヘタ、丸い外見は忌々しく、見紛うことなく奴自身の南瓜。ぼとぼとと石畳に落ちた南瓜は淡く発光しながらうち転がる。

 何をする気だと疑問に思う隙もなく、


「――――奢ってやるよ、たんと食え……!」

〔PUMPKIN-GRENADE!!!〕


 オレンジ色の爆炎が南瓜頭に飛びつこうとしていたグール六体を襲い、跡形もなく吹き飛ばした。


「な、あ……!?」


 あんぐりと口を開けて絶句する。それほどまでに目の前の光景は意味不明だった。


 ……なんだ、あれは。なんなのだ、あの出鱈目は。

 ふざけた衣装に間抜けな兜、腰のベルトから響く人を馬鹿にしているような掛け声。

 だというのに、そんな女にデュドネが苦心して用意してきたグールどもが一方的に蹴散らされている。

 こんなことがあっていいはずが――


「か、かかれェ!? 奴をどうにか捕まえろ! さっさとやらないか……!」

「うぅぅえうすぅすうううえれおり」


 絶叫じみたデュドネの命令に応え、一体のグールが跳び上がった。高々とした跳躍が意表を突いたのか、落下と同時に叩き込んだ右拳が南瓜面を捉えた。ぐちゃり、と破裂するような音を立ててグールの拳が弾け飛ぶ。


「ぐ、う……!?」


 グールの右拳を犠牲にした特攻は効果があった。自壊を前提とした衝撃に女の顔を護っていたヘルムの一部が破壊され、南瓜女が呻き声を上げてたたらを踏んだ。

 ――それが致命的な隙となった。


「れぃぜいあいてええええ」

「すぅえるぅうぉおおい」


 殺到するグールたち。一斉に群がられた南瓜女は腕と足を掴まれて動きを封じられた。もがいて拘束から抜け出そうとするが、さらに伸びてくる腕にまた掴まれる。


「そこまでだ、南瓜女……!」


 動けない南瓜女にデュドネが高らかに宣言した。掲げた掌には一抱えもある大火球。膨大な熱量が使い手であるデュドネの髪すら焦げ付かせる。防ぐ術などあるものか。

 勝利の確信に喜悦を滲ませ、吸血鬼は自身の全力を籠めた火炎魔法を解放する。


「茶番は終わりだ……ッ!」


 投擲と直撃、そして炸裂。衝撃に石畳がめくれ上がり、爆風がデュドネの身体を大きく煽った。

 南瓜頭を拘束していたグール八体を道連れに火球は見事命中し、城壁の外からも見えるほどの爆炎を立ち昇らせる。


「は――――ハハハッ、やったぞ……!」


 肉の焼け焦げた臭いが気分を高揚させる。燃え盛り収まる気配のない爆炎を前にして、理解不能な怪人を滅ぼした勝利の余韻にデュドネは酔いしれた。


 これで殺せた、間違いなく。

 300に届こうかという魔力値にレベル15の魔力放出。デュドネの最も得意とする火炎魔法。これで生きていられるはずがない。ましてやあの怪人は格好からしてカボチャ――植物を由来とした魔物なのだ。ならば火炎は何よりの弱点に違いない。

 これで殺したのだ、殺しきったはずなのだ。これでもしアレが健在だというのなら――



「――――ごっそーさん」



 ――――健在だというのなら、それは正真正銘の化け物の証明に他ならない。


「な、に――――!?」


 炎が、蠢く。

 轟々と燃え盛る爆炎、オレンジ色の炎熱が、不意に流れを帯びた(・・・・・・)

 風もないのに渦を巻く。指向性を持ち始める。

 流れるように、引きつけられるように、そして――――吸い込まれるように。

 まるで、大海の水を飲み干そうとする巨人を目の当たりにしているようだ。

 轟々と燃え盛る。びょうびょうと吹き荒れる。灼熱の炎はひとところに向けて一斉に流れ込んだ。大口を開けて待ち構える、南瓜の化け物に向けて。


「お前、馬鹿かァ?」


 デュドネの炎を食い尽くした南瓜女は、そう言って軽く首を傾げた。


「アタイは爆炎使いだぞ? ――――耐性なんて、極めてるに決まってるだろが……!」


 ――火属性吸収。

 耐性向上でも無効でもない、敵の攻撃を逆に糧とする耐性スキル。

 本来、イフリートやフェニックス、炎巨人といった、精霊系最上位の魔物でなければ習得していないスキルを、この女は持っているというのか。


「馬鹿な……馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な……ッ!」

「吸血鬼。お前さ、時間かけて手下をアタイにけしかけりゃ、それで終いは勝てるとか思ってたろ?

 ――――ありがとよ、時間稼ぎ(・・・・)に付き合ってくれて」

「なに――」


 何を言っているのか。そう問い質そうとした、その時のことだ。


『――――――PUMPKIN』


 束の間に耳に届いた、何者かの声。

 壮絶な悪寒とともに振り返る。すると、


「カボチャ? いや、これは――」


 浮遊する南瓜灯籠ジャック・オー・ランタン。彫り込まれた目と口を吊り上げ、薄気味悪い橙色の光をぼんやりと放つ。

 街路の影から現れた南瓜灯籠は、ふよふよと不規則に浮かびながら次第にこちらへ近づいてくる。

 それだけではない。


『PUMPKIN……』

『Pumpkin』

『pumpkin』

『Pumpkin』

『PUMPKIN』

『PUMP』


 民家の窓を突き破ってきた。屋上から降り立ってきた。ごみ溜めの中から姿を現した。薄暗がりから列をなしてやってきた。

 一様の姿というわけではない。文字通り顔が彫られたものがあれば、模様だけのただのカボチャもある。調理に使われたのか一部が切り取られたものもあれば、本当に中の空洞に蝋燭の入れられたものもある。プランターのように中に土を敷き詰め、花を植えた南瓜すらあった。


 不気味な声を上げながら揺らめくように浮遊し、次々と姿を現すパンプキン。――その数、控えめに見積もっても五百以上。

 全てが全て、その眼に青白い炎をともしながらこちらを見つめ、猫の這い出る隙間もないほどの密度で囲い込んでいた。

 グールも、デュドネも、もはや逃れる隙は無い。


「な……ば――!?」


 デュドネは戦慄とともに思い当たる。……まさか、まさかこれは――これらすべてが……すべてが?

 吸血鬼の直感を裏付けるように、南瓜灯籠たちは次第に放つ光を強めていく。茫々と、煌々と、爛々と。


「き、貴様は……」


 膝を折った。力の抜けた腰が地面に落ちる。

 完全に心を折ったデュドネは、眼前に立ち尽くす南瓜頭に弱々しい声で問いかけた。


「――貴様は、何者だ……?」

「あァ? ンなもん決まってんだろ」


 半壊したヘルムの下から覗くのは、人間の顔だった。

 濃緑の髪が風に揺れ、ギラギラとした意志の強い瞳が月光を反射する。

 あふれ出る覇気もそのままに、傲岸に胸を反らして彼女は言った。


「今のアタイは――――パンプキンだ」

〔PUMPKIN-BOMB FINAL DETONATION!!!〕



   ●



 その夜、芸術都市ハインツに特大の爆炎が立ち昇った。

 オレンジ色の炎色は内海の対岸である半島からも見えたほど。

 爆発のあった地点はまるまる二区画が焼滅し、元々あった建造物など塵ひとつとして残らなかった。

 新たにできたものといえば、ただ一つ。

 見るものに埋め立てる気を失わせるほど、まるで隕石が炸裂したかと思わせるほど巨大な、クレーターである。

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