ハインツ防衛戦③
クロスボウのボルトというものは存外に長い代物だ。
最も短いものでも14インチ――36㎝もの長さ。成人男性の前腕部ほどもある。最長のものとなれば20インチ――50㎝以上もの長さとなる。こうなればもう大した長さだ。エルモの使う短弓の矢が比較的長めで70センチ未満であることを考えると、矢の長さという点でクロスボウは通常の弓と遜色ないということになる。
とはいえ規格違いは規格違いだ。クロスボウのボルトをエルモが短弓につがえることはできないし、同様に短弓の矢をクロスボウに装填することも出来ない。つまり彼女の所属する猟兵中隊は矢を二種類所持しなければならない。
さてこのボルトだが、どこぞのRPGのように無限に所持しておくことも当然できない。百本も二百本も背負っていれば、猟兵の本分である機動力を生かした戦術が殺されてしまう。
携行できるボルトは必要最低限であり、それは今回のハインツ出向でも同様だった。その数、一人当たり24本。12本入りの矢筒を二つ、腰と背中に装着した姿が標準装備だった。
前述したように長さ太さともに嵩張るボルトを携行するのだ、それが限界であるのも致し方ないことである。
しかし、たった24本では実際の戦闘ではあっという間に矢切れを起こしてしまう。これが装填に一分を要する機械式なら打ち切る前に配置が変わるか敵に接近されて白兵戦にもつれ込み、矢切れを気にする必要はなかっただろう。
しかし猟兵が扱う弩弓は自動巻き上げ機の備わった速射性の高い装備だ。慣れれば装填にかかる時間は十秒を切り、魔力放出のスキル次第でさらに短縮が可能。こんなものを使っていれば、あっという間に手持ちが尽きるのも道理といえる。
――解決法は、プレイヤーの特権を活かした強引なものにならざるを得なかった。
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「ほら配達よ! 右端から順に補充しなさい! 隣のフォローを忘れるな!」
青白い光から引き出されたのは巨大なコンテナだった。ずん、と重々しい音を立てて石造りの床に設置したそれの蓋を、蹴りの一撃で押し開ける。なかにはボルトの入った矢筒が所狭しと敷き詰められていた。
矢の補充を待っていた第二小隊が、一人一人順に駆けつけては矢筒を受け取っていく。彼らが配置に戻るまでの間、隙をなくすために隣りの者が牽制射を門前に向けて放った。
コンテナひとつにつき入っているボルトの本数はおよそ六百弱。これは多いように見えて実は少ない数だ。矢筒に入っているボルトが12本、これを2セット一個小隊24人に行き渡らせるだけで簡単に底をつく。
「早々に一個目を使い潰す羽目になるなんて……!」
まだ日付すら変わっていないのに、と悪態をつく。幸先の悪さに悪夢を見ている気分だった。
エルモのレベルは45を少々超えたくらいだ。初期10スロットに加え増加枠が九つ、これがインベントリの限界で残弾数の限界である。
当然他にインベントリに突っ込んでいる装備品は存在する。標準装備である救急セットやエルモ自身が使用する短弓の矢、万が一の近接戦用で身を守るためのハスカールの円盾など。不要なものは拠点に置き去りにし、防衛戦に専念するつもりで装備を最低限にしても枠の半分は埋まってしまう。残りの余分をすべてボルトを満載したコンテナで埋め尽くし、万全のつもりでこの戦いに臨んでいた。……それがこのざまだ。
猟師がいれば、あるいはタグロがいればなどと弱音は吐くまい。そもそも今回、猟兵が芸術都市に持ち込んできたボルトのほぼすべてを、エルモはインベントリに入れているのだ。
クロスボウは弓と違い矢に融通が効かない。この都市で既製品を買い求めても規格は合わないし、新しく作る時間もなかった。
猟師のインベントリから彼女のそれへ残弾を可能な限り移し替え、連射可能な弩弓を号令とともに斉射させ、狙いを密にし精度を上げた。温存に温存を重ねて、それでもなおボルトが足りない。
考えろ、今までこの問題が浮上してこなかった理由はなんだ。――決まっている、エルモ達に籠城戦に対する経験が不足していた。
繰りかえすが猟兵の戦いとは機動力を生かした迂回からの強襲、そして数撃を叩きこんだのちの迅速な離脱だ。ひとところに留まって敵に大量の矢を射かけるなどという物量戦とは無縁だった。ゆえにまさか、規格違いなどというものがここにきて足を引っ張るなどとは思いもしなかった。
「どうする、どうする、この状況……っ」
内心の煩悶を押し隠しつつ打開策を模索する。
よそから弓を借りて使うか? ――却下。クロスボウと弓のスキルは異なっている。使ったところでろくに引けも当たりもしまい。おまけにこの鉄火場で在庫であれ武器を手放したがる部署があるはずもない。
なら石でも投げるか? ――保留。投擲スキル自体を持っている部下はいる。彼らに石を持たせるのは悪くないが、それでも石がアンデッドに有効であるか確証がない。
魔法戦に移行する? ――論外。猟兵はクロスボウを扱うために魔法を鍛えてはいる。治療のために光魔法も全員が習得している。しかし誰も彼も大半のランクはD止まり、有効な打撃力のある魔法攻撃が可能なものはほとんどおらず、神聖攻撃が可能な出来る部下もほとんどいない。そんな連中がぶっ放したところで敵の眼にレーザーポインタを当てた程度の効果しか見込めない。
「くそっ……」
狭間から外を窺う。西城門に押しせまり、素手で門を叩き続けるグールたちは着実に数を減らしている。地面に縫いとめられている連中はざっと目算して三百強。さらにその二割以上は灰になっていると仮定すれば、残りのグールは七百程度。
……ギリギリのところだ。このペースを維持し、猟兵もここの守備兵もへまをせず奴らを殺し続ければ、どうにかこちらが矢切れを起こす前に決着する。
楽な戦いのはずだ。猟兵は塔に籠って矢を射かけるだけ。一兵も損じることなく敵を撃退できる。あーうー唸るだけの痴呆症の魔物などただの的。――そのはずだ。
――――だというのに、背筋を走る悪寒が未だに消えてくれない。
「――――っ」
遠くから、ぎしぎしと門が軋む音が耳に届いた。……グールの怪力が少しずつ城門の閂に負荷を与えているのだろう。これが続けば破られる。しかし、予定通りならそうなる前に敵を撃退できる。そうなるようにロドルフォ将軍が補強した。
敵にもそれが見えて理解できているのではないのか。グールと異なり知能のある吸血鬼なら、こんな馬鹿みたいな力攻めを押し通し続ける理由はないのではないか。
……まさか、この千人いる敵って、ひょっとしたら――
「副長! ヴァンパイアだ! 壁を走って昇ってきやがる……!」
独り思考の渦に沈みかけていたエルモは、その声で我に返った。あと少しで辿り着きかけた思いつきも霧消する。
「どっち!? 北側? 南側?」
「北側です!」
こちらの火力が向いてない方向からだ。
ここまで接近を許したことに歯噛みしつつ、エルモは思考を切り替えて上階に走った。




