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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
のたうつ偏食家
295/494

天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ

 蜂起予定六地点のうち、四つまでもが潰された。しかし何も問題はない。もとより鎮圧は予想していたし、それを見越して複数の蜂起地点を設けたのだから。

 計画はあくまで順調に推移中。吸血鬼デュドネは眼下に集結するグールの群れを眺めながら薄くほくそ笑んだ。


 ――真の策士とは敵の対策すら読みきったうえでその先を行く。猟兵達が芸術都市有事の際の住民避難に心を砕いていたのは把握していた。だからそれを利用させてもらった。

 避難場所に指定されていた広場、集合していた二百人余りの一般人、彼らを囲むように前もって転化させておいたグールを設置し、一斉に襲いかからせた。

 一網打尽である。面白いほどに人間たちは混乱に陥り、あれよあれよと倒れていった。グールたちに飲ませていた転化速度を上昇させる薬品の効果もあり、襲撃から一時間も立たずに手駒を増やすことができた。

 ……いいや、手駒というにはもはやふさわしくない。250に到達しようという統制されたグールの群れは、一個の軍勢と呼んで差し支えあるまい。装備もなく意志もない白痴の群れだが、人間相手を襲わせるには充分だ。


「――いやいや、壮観ですなぁ、ガバッツァ執政閣下。脆弱な人間も、我々の手にかかればこの通り。素晴らしいものでしょう?」


 ここにいない執政に向けてひとりごちる。皮肉げな口調以上に、込み上がる喜悦で醜悪に歪んだその顔は真意を雄弁に語っていた。

 ――愚かな人間。かの男には契約通り不死の身体を与えてやろう。ただし、吸血鬼(・・・)のとは一言も言ってはいないのだが。知能も生理も持たぬスケルトンから一から這い上がってみるがいい。


 これより、この250のグールをもって芸術都市西城門を襲撃する。必死になってグール軍からの攻撃を凌いでいる守備兵たちの後背を突くのだ。

 本来ならば守りの厚い西を狙う必要はない。もはやこの芸術都市は籠の中の鳥、北方と南方にも同胞の統率するグールが二百ずつ控えている。すなわち、西でなくてもよいのだ。

 都市の守備兵は西城門に集結している。北か南どちらかの城門を襲い、外にいるグールを招き入れればそれだけで片が付くのだ。――だが、それではあまりにも面白味がない(・・・・・・)


 これだけ手間をかけたのだ。ただ都市ひとつを落としただけではあまりにもつまらない。悲哀が足りない、悲劇が足りない、絶望が足りない。

 悲鳴を上げてくれ。絶望に喘いでくれ。護るべき民が既に喪われ、彼らに背後から刺されたときの呆気にとられた表情を見せてくれ! 滑稽なほどに悲痛な絶叫を!


「さあ行くぞ、同胞(はらから)ども! 今宵、この地に我らの都を作り上げる! 死と血臭の充満した、甘美なる常闇の魔都だ! 蹂躙を、容赦のない蹂躙をもって旗揚げの狼煙を上げようではないか……!」


 デュドネが芝居がかった仕草で軍勢に声を張り上げた。……無論、グールごときを同胞とは欠片も思ってなどいない。そもそも言葉すら通じない相手に何を言うというのか。この演説はあくまでデュドネ自身の溜飲を下げるためのものだった。

 デュドネが満足げに息を吐き、配下に進軍を命じようとした、その時。



「――いいや、そこまでだ」



 闇に染まる街並みに響く、一つの声が。


「何者だ……!?」


 今まで何一つ気付けずに接近されたことに驚愕するデュドネ。鋭く誰何し辺りを見回すが、声の主と思しき人物はどこにも見当たらなかった。

 路地に人影はなく、屋内に人がいないことなど確認済み。では一体どこに?


「……間に合わなかった。そこにいるお前たちの餌は、もう少し準備が整っていれば防げた犠牲さ。救えた命さ。……その憤怒、その悲哀、痛いほどによくわかる。どうして間に合わなかったのかと。どうして助けてくれなかったのかと。

 ――聞こえるか? この声が、この嘆きが。人から魔物に堕とされた彼らの、言葉にならない怒れる想いが」


 声が響く。闇から闇へ、陰から陰へ、そこかしこから反響し、まるで空間そのものが語り掛けているような錯覚すら覚える。響く声は姿を見せず、その言葉端に激情を滲ませた。


「だが、それもここまで。お前たちの悪意も、彼らの嘆きも、何もかもがここで終わりだ。――何故だかわかるか? 何故だかわかるか……!?」


 憤怒――その声から感じ取れる感情は、ただただ怒り狂う激怒の想いだった。

 ぼんやりと光が灯る。橙色にうっすらと。真夜中にデュドネたちを照らし上げる灯の光は、あたかも頼りない灯籠の日のごとく――


「――――何故ならアタイが、ここにいるからだ――――ッ!」

「上か……っ!」


 その気配に気付けたのは偶然ではあるまい。爆発するような存在感がそこに生じたのだ。巻き添えになれば生きては帰れないような、そんな気配が。これに目を向けぬ生き物は生存本能が機能してはいない。

 敵意も露わにデュドネが見上げて――――あまりの光景に、我を忘れた。


 ひときわ高い民家の屋根の上、デュドネたちを見下ろす位置に、真円を描く月を背後にしてそれはいた。

 淡く光を放つ南瓜の頭部、濃緑のラインの入った新緑のスーツに南瓜を象ったベルト、白いブーツと手袋に身を固め、首には黄色いマフラーがはためいて。

 唯一露出した口元で歯を剥いて、南瓜頭の女は仁王立ちに吼えたてた。


「――天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! 悪鬼羅刹を叩き伏せ、正義を示せとアタイを呼ぶ!

 アタイが来たぞ、アタイが来たぞ! 爆轟遥かに天高く、闇夜を照らし導く光はパンプキン!

 覚悟はいいか魔族の手先! テメエらの企て、他の誰が許しても! 南瓜の怒りが赦さねえ……!」


 バイザーのように眼元を隠す南瓜の顔、彫り込まれた釣り目に青白い火が灯る。南瓜頭はぎちぎちと拳を握り、拳闘の構えを取った。


「――――はん。子供騙しの英雄気取りが」


 デュドネはそれを笑止とせせら笑い、


「下らんお遊びに付き合う暇はないのだよ。――八つ裂きにして殺してやる――――ッ!」

「上等……ッ!」

〔Charge up,PUMPKIN-BOMB is reloaded〕


 真夜中の芸術都市にて、異形と異形が拳を合わせる。

 混沌の様相は収まる気配を見せない。

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