表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
のたうつ偏食家
292/494

とある南瓜の場合:前

 話をしよう。このゲームにログインして、初っ端から躓いた女の話だ。


 開始種族完全ランダム、その文句に釣られて魔物から始めようとしたのがそもそもの間違いだった。

 こういったランダム性にひかれるプレイヤーは多い。自分にしかなれない種族、自分しか持てない特性。空を飛び土に潜り深海を自由に泳ぐ。まさに特別な存在に……まんまと彼女は釣られてしまった。

 雀や鼠、あるいは羽虫ならまだよかった。もっと妥協して芋虫やミミズでも我慢できたと思う。何しろ彼らには自由に動く身体があり、外界を十二分に感じ取れる感覚器官が備わっているのだから。


 しかし、キュウリとはいったい何なのか。


 特に何かが特殊な野菜というわけではない。虫を捕食する能力もなければ、花からの芳香が生き物を惑わせるわけでもない。本当にただのキュウリだった。葉を広げて根を伸ばし、実の中に水を蓄えて光合成する。それしか能力のない、魔物とは到底言えないただの野菜。

 身動きなど当然出来ず、自衛など夢のまた夢。そもそも周囲の状況が葉や茎を揺らす感覚でしか知覚できない。元来キュウリに知覚機能など備わっていないことを考えれば、それでも破格といえるのかもしれないが。

 とにかく、彼女の始まりはそんな終わりのない物理的な闇の中から始まった。


 非力であり、脆弱である。最初に降り立った場所は恐らく熱帯か乾季のある場所なのだろう。開始して恐らく二日で彼女は干乾びて死んだ。代わりに抵抗値が一上がった。

 それが地獄の始まりだった。むしろ二日かけて乾き死ぬのはまだ長引いた方なのだと思い知る勢いで。


 キュウリは夏の植物である。もっと言えば温暖な気候で育つ植物だ。古くは中東のメソポタミアで栽培され、水分を多分に含まれた実を食され、水分補給の手段としても好まれている。

 そして何の因果か、知る由もなかったが彼女の降り立った初期地点も砂漠地帯。体のいい人身御供である。


 旅人にもぎ取られて新天地に落とされるなど序の口である。通りすがった鹿や鳥に、水分補給を目的に齧られて死んだ。荒々しく駆けてくる騎士の馬に踏み躙られて死んだ。害虫にたかられて虫食いになって死んだ。疫病に侵されて黄色い斑点まみれになって死んだ。砂嵐に打たれて土に埋もれて窒息死した。名も知らないサラマンダーに遊び半分で燃やされて死んだ。

 さながらひとり農業改革である。何度も死んでは復活し、疾病耐性やら渇水耐性が伸びたのを確認しては再び死ぬ。品種改良はできなくとも死ぬ度に少しずつ強靭になっていく。


 しかし、それでもやはり退屈だった。知覚できるのは葉や茎あるいは根の振動で、それか葉を照らす太陽の光くらい。それ以外はひたすらの闇の中、なにもない。ひたすら水を吸って息をして光合成に身を傾ける、そんな毎日。

 暇つぶしに掲示板に入り浸り、適当なことを書き散らしては敵性個体の出現で大陸に引き戻され、戻るや否や抵抗も出来ずに齧り殺される。こんなプレイに一体何の意味があるというのか。


 レベルが10に上がり、進化の選択肢に南瓜があったからそれを選んだ。特に理由はない。強いて言うならもう一つの選択肢にスイカがあったが、もう干乾びて死ぬ系の生き物は嫌だったというのが強い。

 南瓜になってもさほど変化はない。敢えてあげるなら自爆スキルを習得したことくらいだ。これを使って自爆すれば、飛び散った破片の中にある種子から再び育つことができる。死亡扱いにはならない。


 少しばかり変化があったことに彼女は喜んだ。外敵が近付くたびに葉や根の揺れで感知し、自爆スキルを発動、敵もろとも自らを爆殺する日々。散乱した敵の肉片を養分に成長し、大体ひと月で実を成らす。

 そして再び地面に転がり、誰かが近寄って獲物になるのを待つ。


 ――でも、そんな日々にもすぐに飽きた。

 変わり映えがない、面白味がない。変化といえば次第に赤い染みが取れなくなっていく地面くらい。

 他ゲームならいざ知らず、魔物を殺しても経験値やらアイテムやらがドロップするわけでもなし、こんな気まぐれな爆弾魔以下の生活をして何になるというのだろう。これならリアルに戻って何もかも忘れて惰眠を貪ってる方が百倍マシだ。

 ログインして五年近くが経ってから、彼女はやっとこのゲームに見切りをつけようとして――――それと出会った。


「んんー? カボチャあ? なんだってこんなところにぃ?」


 葉を震わせる誰かの声。ログインしてから初めての人間の声に、彼女はそれがなんなのか理解が遅れた。ただの空気の震えが、人間の声のように感じ取れただけなのだろうと。

 何か暖かいものに包まれる感触、ぶちりと茎を千切られて持ち上げられた。しげしげと見つめられる視線が痛い。


 ……喰うつもりなら爆破してやろうか。そう考えて、しかし彼女はやる気を失った。

 どうせ近くログアウトするつもりなのだ。痛覚もないのだから食い殺されるのも変わらない。


 そう思ってじっとしていた。それが全ての命運を分けた。


「んー……確か、カボチャって救荒作物だったよーな?」


 ひとりごちたその男は、あろうことか彼女を背中に背負った籠に放り込み、その場を後にした。下手な鼻歌なぞを歌いつつ、呑気な足取りで。



   ●



「おおい、田吾(タゴ)さん、お前どこに行ってたよ? ――って、なんだ、それ?」

「むっふっふ、ええもんめっけたべよ、すげえべよサギどん」

「その似非方言なんとかならんのか? そういうロールにしても無茶苦茶な言葉使いじゃねえか」

「まあまあまあ! 細かいことは置いといてよ、これ見てくんろ!」


 とある村に辿り着いた。住民が百人いるかどうかも怪しい集落である。

 男は村に着くや村の前に広がる畑に駆けこんで、そこで畑仕事に勤しんでいた人間の男に彼女を差し出す。男の掌の上で転がる彼女を見て、相手は目を丸くして驚いていた。


「こりゃ……カボチャか! タゴさんあんた、一体どこでこんなもん見つけてきた!?」

「いやそれが、最近夜な夜な変な爆音がするって山があったべ? 何があんの気になったげな、見に行ったらこいつが転がってんのよ。地面なんか真っ赤に染まって、気色悪かったなぁ……」

「よくそんなところにあったもん拾ってきたな。その南瓜、なんかの魔物の擬態でお前さんが殺されるところだったかもしれんのだろ」

「ええべよええべよ! どうせレベルもまだ8さ。10になるまでは色んなとこ行って使えるもん探してこんと!」

「逞しいねえ……」


 相手は呆れた顔でそう言ってため息をついた。どうやら男の無茶はよくあることらしい。

 けらけらと笑った男は、彼女をぽんぽんとお手玉しながら宣言した。


「いいこと考えたよ! 今回のプロジェクト、この南瓜使うべ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ