侵入の時間
月の光が森の木々に阻まれ闇を生む。気付かれる心配はあまりしていない。
背後から接近する。
坑道の入り口にいる見張りは二人。どちらも目を向けているのは入口よりも麓に対して。なので、わざわざ大回りして坑道の上から強襲することにする。
≪経験の蓄積により、『隠密』レベルが上昇しました≫
≪スキルレベルの上昇により、敏捷値が上昇しました≫
飛び降りる。音は立てない。一人の背後に忍び寄り、逆手に持った牙刀を横合いから首に突き立てた。
「…………!?」
声は漏らさせない。突き立てた刃を前に押し出し、喉ごとへし斬って抜き取った。
「ああん、誰―――!?」
もう一人に気付かれた。想定通りといえば想定通りか。取り出しておいたクロスボウで照準し、発射。かなり近くで撃ちこんだせいか、ボルトは山賊の胸中心を貫いた。うまく心臓を壊したのだろう、それ以上声を上げずに山賊は絶命する。
≪経験の蓄積により、『暗殺』を習得しました≫
≪スキルレベルの上昇により、敏捷値が上昇しました≫
「さて―――」
見張りは片づけた。これからこの坑道に乗り込んで、山賊団に一定以上の損害を与えなければならないのだが、どうしたものか。
「……これ、入口を崩して生き埋めにできないもんかね……?」
身も蓋もない感想を抱いて坑道を見上げる。山の奥深くへ続くトンネルは丸太で補強され、ちょっとやそっとでは崩れそうにない。埋め崩しプランはあえなく却下となった。
よって、これからこの坑道に忍び込んで何人か喉を掻き切る作業に入ります。
それなりに勝算はある。
この辺りに山賊の噂が立つようになってから既に数日。アジトも生活の場として整えられてきたところだろう。襲撃のパターンも確立し成功率も上がっている。
……そろそろ、気が緩んでくる頃じゃないかね?
見張りも日替わり当番制、ルーチンは早くも構築されていると見た。当番の山賊君は大変だが、他の同期連中はどうか?
もう夜もずいぶん更けた。酒をかっくらって居眠りしているんじゃないか? 先日でかい仕事があったんだろう、ボスは攫った女を抱いているそうじゃないか。手下は緊張感を維持していられるかな?
……なに、別に奥まで行くわけじゃないんだ。適当に殺して引き返すさ。
●
いやーまいっちゃうなー。気が進まないんだけどなー(ちらっ)
勝ち目なんかまったくないんだけどー、何人か潰しておかないとあとが大変だしなー(ちらっちらっ)
山賊狩りなんて自殺行為だよなー(ちらぁ)
……どや顔でかっこつけた手前言いにくいんですが、姉さん事件です。
いや、本気でそれどころじゃねえ。
「なんであいつら寝てねえんだ……!?」
誰にも聞こえないように小声で毒づく。
……そう、もう夜中の十時にもなろうというのに、坑道内で見つけた山賊の大半が就寝していない。
むしろ、どこか殺気立っているようにも見える。
―――ハリー(仮名)は顔をしかめてカビの生えた椅子に座って貧乏揺すりをしていた。
―――ボブ(仮名)はぶつぶつ言いながら腰の剣を砥石で磨いていた。
―――ジョン(仮名)はうぇいうぇい言いながら仲間内でカードゲームに興じていた。
―――ジャック(仮名)は黙りこくってひたすらジョッキの酒を呷っては酒樽から注ぎを繰り返していた。
馬鹿な。よいこは寝る時間じゃないのか。どうして明日の命にも困窮するようなヒャッハーどもが、蝋燭だのランタンだの貴重な灯火資源を浪費していられるんだ……!?
あとそこのジョン! そんな合コンではしゃぐ大学生みたいなノリはやめなさい。野郎同士でやっても虚しくなるだけだ。
当初の計画はもはや破綻している。早くも帰りたくなってきた。
今まで見つかってこなかったのは狩猟で鍛えた隠密スキルの賜物である。あと夜目。月明かりから完全に閉ざされた坑道は、松明やカンテラがなければ完全な闇の世界と化す。ある程度無照明に慣れて夜目を鍛えている俺でなければ、進むことすら難しかっただろう。
通りかかる山賊をある時は物陰に潜み、ある時は天井の梁にかじりついてやり過ごす。気付かれた場合は……まあ、その、あれだ。
ちなみにハリー(仮名)とボブ(仮名)は今はベッドロールにくるまって寝ている。寝かしつけるには苦労したよ。
ジョン(仮名)たちは人数がアレだったので無視したが、ジャック(仮名)に対しては、ジョッキなんかでチマチマ飲むなよ! とでかい酒樽の個人風呂にご招待してあげた。我ながらいいことをしたぜ。
数少ない就寝中の山賊はどうしたかって? ……始末したに決まってるだろ言わせんな恥ずかしい。
おかげで昨日まで存在すら知らなかった暗殺スキルが伸びる伸びる。
……とにかく、これで坑道内に入ってから止めを刺した山賊は五人。正直目的は大体達したし、そろそろ引き返してもいい頃合いだろう。
見切りをつけて踵を返す。すると行きの道で通り過ぎたジョン(仮名)たちカードプレイヤーどもの愚痴が聞こえてきた。
思わず耳を澄ます。
「……なあ、いい加減何とかならねえのか、あれ?」
「俺に言うなよ。俺だって最近はほとんど寝てねえんだ」
「寝床を変えるか? もう少し入口の近くまで遠ざかれば―――」
「それがおかしいんだろが! 奴は奴隷、俺たちゃいわば主人だぞ? どうしてあんな奴に遠慮しなきゃならねえんだ」
「だがどうやって黙らせる? 起きてるときはガツガツ檻を叩いて音を立てるし、寝てるときはいびきがひでえ。おかげで女を抱いてたボスまで機嫌が悪くなってきた。殴って言うことを聞かせようにも、あいつどうせ俺たちには殺せないと高を括ってやがる」
「かまわねえから殺しちまえよ」
「できたら苦労はねえよ。『ご客人』だぞ? どこぞの村で復活して領主に通報するに決まってる。そうなりゃ俺たちはさらに山奥に引っこまなきゃならねえ。魔物除けの香だって安くねえんだ。あいつを売って元を取らなきゃ、この酒だって底をついちまう」
「ああもうくそったれが!」
「ああくそったれだ」
「くそったれに乾杯ぃ!」
「おうくそったれに――ってビョルン! おまえ何杯飲んでやがる!?」
テーブルを叩く音と互いを罵り合う声、そして肉を打つような音が断続し、しまいには苦しげに嘔吐する声が聞こえてきた。仲がよろしくて大いに結構。
考え込む。今から勢い込んで、暗殺だーとあの酸鼻極まる光景に跳びこんで騒ぎを起こすのはどうにも具合が悪い。どうせこいつら飲んだくれのことだ。もう少し時間をおいて、引き返したときには一人残らず酔いつぶれていることだろう。
予定を再変更。もっと奥に進んで、適当に身を潜められる場所を探そう。
運がいいね、ジョン改めビョルン君。
さてさてどこに向かったものか。行き先に迷ったところでカードプレイヤー達の愚痴を思い返した。
どうやらここにはプレイヤーが奴隷として囚われているらしい。……たいそう態度の悪い、始末に負えないマナーのなってない奴が。
寝る時くらい静かにしろよ。おかげで無駄に隠密技術を発揮する羽目になったじゃないか。本当は日付が変わる前にこの穴倉を脱出している予定だったというのに。
これは一言物申さねば気が済まない。
檻の前で間抜けなプレイヤーにNDKをかまして、華麗にとんずらするとしよう。




