――正義。パンプキンキッド
皆さんこんばんは、夜の冷え込みがつらい季節となってまいりました。防寒着を欠かすことができない今日この頃ですが、いかがお過ごしでしょうか。
こちらはグールたちの大群による襲撃があってさあ大変、総力をもって迎え撃ったはいいもののその間背後はまったくの御留守ときた。まさに決起蜂起のし放題、見回り専門の軟弱衛兵たちに何とかできるとは思えません。これが某RPGの衛兵なら倒されるたびレベルを上げて再起して、いずれ手に負えなくなってプレイヤーにリスキル地獄を味わわせて来るというのに……!
さすがの俺もこいつはやべえと独断後退し、きな臭い場所を順繰りに回って怪しい連中を潰していったのであった。
ちなみに追跡手段は嗅覚一択。いよいよ俺も人間離れしてきたなぁと思わず遠い目で明後日を眺めてしまった。
町に散在する仕込み種と思しきグールを二体ほど殺しパンデミックを未然に防いだところで、纏まった数の死臭を嗅ぎつけた。
すわ手遅れかと嫌な汗を流しつつその場に急行した、その瞬間のこの大爆発である。
オレンジ色の爆炎と轟音、プラスチック爆薬に特有のこの炎色はハリウッド映画でお馴染みだが、どうしてこんなものがこんな所にあるというのか。あとちょっと色が薄くないか。何だかどこかで見たような色合いの爆炎だった。
吹き飛ぶ民家降り注ぐ瓦礫、巻き添えを食らって隣家まで延焼してやがる。これの損害賠償うちに回ってこないよな。
そして、爆心地と思しき民家を視界に収める街路のど真ん中に、そいつはいた。
そいつの姿は、なんというか……その、なん……なに?
オレンジ色の頭部、表面はごつごつして頭頂からは緑のヘタが生えている。顔らしき部分には鑿で削って描いたような目と鼻が不気味な笑顔を浮かべている。
南瓜だった。何度見直しても変わらない、そいつの頭部はジャック・オー・ランタンのカボチャそのものだった。
被り物ではないのだろう。目と口に空いた穴から覗ける内部はまったくの空洞で、目の奥に青白い火が灯っている。……あんなものを正気で被る人間がいるとは思えないが。
ボロ布のような外套の下から覗ける身体ははっきり言って人間のものではない。南瓜の蔓が寄り集まってできたような骨格も関節もないグネグネした身体つきで、無理矢理人間らしい動きを再現しているような印象さえ受ける。
腰にはやたらとごついベルトを巻き付けてあって、バックルは派手なカボチャの形を模していた。どういう美的感覚をしているのだこいつは。
一瞥して十人中十人がショッカー系の怪人を思い浮かべるであろうその南瓜頭は、民家の爆発をバックにハードボイルド系の決めポーズをとって突っ立っていた。
――さて問題です。あなたは治安維持の任務を負い、早急に都市内の治安を回復させなければならず、そのための相応の武力を保持しています。そして火事現場に駆けつけると、野次馬よろしく近辺で能天気にインスタ撮りでもしてそうな居住まいの不審者を見かけました。明らかに人間でなく言語が通じるかも怪しい怪人です。
職質待ったなしである。しょっ引かれるか脳天かち割られるかどちらかを選びやがれ。
●
夜天の下、民家の屋根上を蚤のように飛び交い臙脂色の敵と交錯する。
凌がれる柄の殴撃。代わりに迎え来る拳撃を芯を外して耐え抜く。一瞬のうちに都合三合せめぎ合い、突き放すようにして互いに飛びずさった。
「は――――ッ!」
「pump!?」
頭部を狙いひと息に踏み込み放った槍の穂先は、丸みを帯びたカボチャの表皮に逸らされた。反撃に撃ち込まれた拳打を咄嗟に引き戻した柄で受け止め、捻じ込むように石突きを大腿部に打ち込む。ぐじゅりと植物の茎を潰したような感触が腕に伝わってきた。
「っ――――!」
異様な感触に思わす一足飛びに後ずさり、黒槍を上段に構えて怪人と相対する。怪人南瓜男は不気味に立ち尽くしこちらを見据えている。構えすら見せないのは余裕の表れか。
遊園地の着ぐるみに馬鹿にされた気分になった俺は多少苛ついた口調で南瓜頭に問いかけた。
「――答えろ、お前の目的と所属は?」
「――pump。Pumpkin-Kid」
人語喋れや。
人がせっかく穏便に済ませようと誰何してるのに、何やら決めポーズっぽいカメラ目線で意味不明な言語を垂れ流す怪人。南瓜の空洞のせいで声がくぐもり、男女の区別も付けられなかった。
それにしても……そうかそうか、パンプキンなのか。キッドなのか。なるほどなるほど――――ぶち殺すぞてめえ。
どうあっても真面目に答える気のないらしいパンプキンキッドに、これはもう行きつくところまで行くしかないと覚悟する。こちとら他にも回らなきゃならんところが山ほどあるのだ、こんな不審者にかか患ってる場合ではない。
インベントリを展開し黒槍を放り込む。……あの固い南瓜頭に槍の穂先は通らない。南瓜の方が本体のような感じがするし、胴体の方を刺しても効果があるかも怪しい。失血の付呪は機能しているのかもしれないが、傷口から血液代わりに垂れ流すのが青汁のような体液とあっては無意味な印象すら受ける。
同様な理由で牙刀も使えない。捨て身で真っ直ぐ行って突き込めばあのカボチャの皮も貫通できるだろうが、脳味噌が詰まってもいない頭を必死こいて貫いたところで反撃が来たらそこで終わりだ。
重い武器がいい。あのカボチャを一撃で易々破壊できる、重量のある武器が。
ならば――
「…………その頭、中身はどうなっているんだ?」
取り出した得物は、真鍮色の頭をした身の丈ほどの戦鎚だった。
以前使っていた鋼鉄の戦鎚とはまた別物。ドワーフの地下王国謹製の合金製戦鎚だ。これといった付呪は施していないが、それを補って余りあるほどの頑強さと重量感を誇る。いかな盾を持って防ごうと、これを受ければ盾を支える両手足、そのいずれか一本が必ず折れる。その確信を持てる一品だった。
「――ド頭砕いて中身を見てやる。痛い目みたくなければそこを動くな……ッ!」
「Pumpkin!?」
また得体のしれない鳴き声を上げた南瓜男があたふたと両手を振り回して後ずさった。やたら人間臭い仕草で首を振り、ピョンピョンと跳ねるような動きを見せ――
「――――ォ……!」
聞く耳など持たん。
渾身を籠めて地面を踏み抜いた。亀裂の入った石畳もそのままに爆ぜるように前に出る。瞬く間に怪人の眼前に肉薄し、脇構えに引き付けた戦鎚を横薙ぎに打ち払った。
「Pum……!」
「ちィ……っ!」
躱された。バッタじみた跳躍力を披露した怪人は目測二十メートル以上上空にまで跳び上がっていた。見上げれば空中で体勢を立て直した怪人と視線がぶつかる。
「舐めるなよ……!」
逃がす気は無い。このまま高跳びなどさせてたまるか。
たかだか二十メートル、人間に飛べない高さとでも思ったか――――!
破裂しそうな痛みが腿に走った。ありったけの魔力を脚に叩き込んでの大跳躍、ブチブチと筋繊維が盛大に千切れそうな勢いで、ロケットのように跳んでいく。
もはや落下に入り始めた南瓜男は既に目前。俺は手に握った戦鎚を今度こそぶちかまそうと大きく振りかぶって、
〔Charge over,Pumpkin Head Trance form――――HEN-SHIN!!〕
「はい?」
なんですかそのダンディボイス。あとなんでそのベルトが喋ってるの。
あまりのことに頭の中が真っ白になる。そしてその隙が致命的だった。
「PUMPKIN……!」
それは、まさしく変身だった。
南瓜の蔓が寄り集まってできた手足が肉感を帯びていく。骨格が生まれ筋が通り脂肪が膨らみ皮膚が張る。蔓の皮が編み合わさって薄い質感となり、まるで濃緑の布地に黒いラインの入ったライダースーツのようだ。首にはためく黄色いマフラーはカボチャの花がモチーフか。
ガションガションと頭部が音を立てて変形していく。ごつごつとした見た目はそのままに、頭部前方に切れ込みが入り各パーツが折り畳まれ、まるでバイクのヘルメットのような形状に変化した。吊り上がった三角目付きがバイザーのように上にスライドする。空洞だったはずの中身はいつの間にか『中の人』が現れ、某四号ライダーのように肌色の口元だけを露出していた。
変身だった。それは紛うことなく変身だった。あるいはパンプキンパワーメイクアップ。南瓜に代わってお仕置きよ。
「な……なん……!?」
いや、いやいやいやいやいやいやいやいや!? 待て待て待て待て待って待ってタンマタンマ!
おかしいだろそれ明らかに! だっておかしいし! おかしいもんそれ!?
あまりのことに軽く言語障害を起こしそうになる。しかし絶賛混乱中の俺のことなどこの南瓜ライダーが斟酌してくれるはずもない。
「――アタイの前に……」
「え、ちょ、ま、ばっ――」
滞空中の俺とライダー。振り上がる拳。見ればそいつの右拳がぼこぼこと膨れ上がり、みるみる間に小さな南瓜を象っていくではありませんか。あとあなた女性だったんですね。
〔Charge up,PUMPKIN-PUNCH!!!〕
「立つんじゃねェえええええええ――――ッ!」
「なんですとぉおおぉぉぉぉぉおおおおぉぉおお!?」
唸る鉄拳弾ける爆音。両腕で辛うじて防御はできても、打ち落としまでは防げない。
なんという理不尽だろう。俺はただ治安維持のために尽力していただけなのに。
あまりにもあんまりな扱いに悲鳴を上げつつ、ドップラー効果を引き起こしながら俺は夜の芸術都市に墜落していくのであった、グヘハァッ!?