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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
のたうつ偏食家
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死都の軍勢

 夜も更けてきた。城門や城壁の各所に焚かれた篝火がパチパチと音を立て、行き交う兵士たちの顔に不気味な陰影を映し出している。

 今回ばかりは吝嗇も言っていられないのか、城門から西の方角、西街道の各所にも周囲に放火せんばかりの篝火を置いて辺りを照らし上げ、先からやってくる軍勢を一体たりとも見落とすまいと待ち構えていた。


「――エルモ殿。今回の事件の首謀者とされる吸血鬼(ヴァンパイア)、その最大の脅威とは何だと思う?」


 芸術都市の守備を任せられている指揮官は名をロドルフォといい、ガバッツァ執政と対照的に謹厳実直な軍人を体現したような人物だった。

 城壁上の一角に張られた陣幕の中、防備のために外壁の見取り図を広げ、部隊に見立てた兵棋の駒を散らばらせるように配置している。床几に腰掛けながら思慮深げに配置図を眺めるさまは、まさに歴戦の武将といった風情だった。年齢は四十路に差し掛かった頃だと言い、まさに脂ののりきった年頃といえよう。


 単独行動をとった猟師と別れ、ロドルフォ将軍の指揮下に入るため挨拶に訪れたエルモに、彼は唐突にそんな問いを発してみせた。

 藪から棒に水を向けられたことに戸惑いつつ、エルモは言葉の真意を考えながら渋々答えた。


「私は吸血鬼と戦ったことがないので詳しくは解かりかねますが……敢えて言うなら、その不死性でしょうか」

「なるほど、それもまた一つの真実といえる。回復魔法要らずの再生力、腕を斬り飛ばしても切断面を合わせるだけで繋がってしまう常軌を逸した復元性、聖性の無い一般の鋼鉄武器での攻撃に耐性を持ち、数値的にいえば威力を半減させてしまう体質。――卿の言う通り、攻撃が通じないという事実は兵卒の精神に甚大な負荷をかけるだろう。

 しかし、その特徴はアンデッド全般に共通する事項だ。吸血鬼に限定するなら、最大の厄介事とは彼らの増殖性に他ならない」


 吸血鬼が人間の血を啜り失血死に至らしめたとき、その死骸はグールとなって復活する。――その特性を、ロドルフォ将軍は最大の脅威とみなしていた。


「――スケルトン、ゾンビ、グール、そしてヴァンパイア」

「それは……?」

「魔物として通常の進化をした場合の、彼らが辿る種族名だ。もっとも、途中で竜牙兵やリッチーに枝分かれするが、おおむねこの順番を踏むと言っていい。

 これを聞いてわかるかね、ヴァンパイアの脅威が。彼らは本来二度の進化を経なければたどり着けない比較的高位の魔物を、ただ血を啜るという行為のみで量産することができるのだ」


 一足飛びで進化した魔物を量産し、あまつさえ支配下に置かれることができる。短期間で強力な群れを形成しうる、一見人間との区別が難しい魔物。――それが吸血鬼の脅威なのだとロドルフォ将軍は語った。


「――報告では群れの数を五百としていたが、私はその報告を信用していない。道中で行き合った旅人、途中にあった村落の住民、それらを襲っていたのなら下手をすれば二倍にまで数を膨らませているだろう」

「それは……」

「ゆえに我々が積極的な攻勢に出ることはない。敵戦力の全貌が不明である以上、思い切った出撃はできないのだ。専守防衛に徹し、相手を撃退したうえで引き揚げたところを追撃する。

 夜明けだ、エルモ殿。日が昇るまでこの都市を守り抜くのだ」

「私達の常識では、ああいうアンデッドは日光に当てられると灰になって死ぬというのがお約束でしたけど?」

「卿たちの……あぁ、『客人』の間ではそうなっているのか。……しかし、このディール大陸では勝手が違うぞ」


 軽く笑い、顎に手を当てて髭をなぞりながら将軍は目を細める。


「昼日中、日光に照らされている間、彼らはそのステータスに著しい制限を受ける。グールは怪力を発揮できず、吸血鬼は霧や蝙蝠に転じることができない。そして何より、彼らの代名詞ともいえる高いHP自動回復がまったくの不全に陥るのだ。こうなればグールなど、もはや多少頑丈な人足と変わらんな。

 この間ならば銀を用いない通常の武器でも彼らに有効な打撃を与えられる。一転攻勢が可能となる」


 言って、将軍は新たな駒を取り出し、地図上の芸術都市の南方に配置した。


「援軍の要請に早馬を飛ばした。腰の重い王国軍も、敵が明確に姿を現して襲いくるというのならまとまった数をよこすだろう。王都と芸術都市を繋ぐ南の大街道を通れば、明日の夕暮れには到着する目算だ。この地の守りは万全となる。そこまで耐えきれば我らの勝ちだ」


 勝算は立った。道程は見えている。あとは各員が最善を尽くすだけだと将軍は言った。


「――エルモ殿、卿たち猟兵には城門北側の尖塔をお任せしたい。西城門を一望できる配置だ。本来ここは八十人以上の弓兵を籠めておきたいところだが――」

「ええ、問題ありませんわ、将軍閣下」


 猟兵の人数は四十八人、およそ必要数の半数ほどである。おまけに隊長の猟師は街中を警戒して不在だった。

 申し訳なさそうな将軍を遮り、傲然と胸を張ってエルフは応えた。……多少の人数不足が何だというのだ。この程度の任務、鼻歌まじりにこなせずして何が猟兵か。


「わざわざ人不足になる配置にする以上、それ以上に優先するべき守りがあるのでしょう? 大丈夫です、ちょっとくらい不利なくらいが張り合いがあるというもの。

 ――今の聞いた? 先に行って配置と装填ローテーションを決めといて。上が第一下が第二、狭間がクロスボウに対応してるか確認すること。試射は三発まで撃ってよし。補給スペースの確保は忘れないで」


 エルモの指示に陣幕の外に控えていた小隊長二人が駆け出していく。彼らを見送った猟兵副官は心なしか得意げに将軍へ振り返り、片目を瞑ってみせた。


「我らハスカールの弓法、その一端をご覧にいれますわ、将軍閣下」

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