北九州の通り魔
「Pumpkin」
金髪の吸血鬼を始末した化け物は次の行動に移った。
纏う外套を手繰り上げ、返り血を浴びて真っ赤になった顔を丹念に拭き取っていく。奥が空洞になった目や口の中にも平然と布を突っ込むあたり、痛覚はないのだろうか。
次にどこからともなく取り出した籐の籠を傍らに置き、筵の上に並べていた商品らしきカボチャをせっせと中に収めていく。残った筵も綺麗に丸めて籐籠の隙間に差し込んだ。一通り片づけて満足したのか、化け物は一人納得したように頷くと籐籠を背負う。
「Pumpkin……」
日の暮れた人気のない芸術都市を、南瓜頭の化け物が徘徊する。
歩き出す先に迷いはない。元から目的地を定めていたのか化け物は黙々と歩を進め、辿り着いた先はひとつの民家だった。
勝手知ったるなんとやら。化け物は帰宅したサラリーマンのように手馴れた仕草で扉の取っ手に手をかけ――――がちゃり、と硬くかけられた鍵に阻まれた。
「Pump……!?」
がちゃ、がちゃ、ガチャガチャガチャ。焦ったように取っ手を弄るものの扉の施錠は揺るがない。いたずらに閉ざされた扉と格闘する羽目になった化け物は、とうとう業を煮やして力任せに扉を蹴り破ってしまった。
「Pumpkin!」
ふんす、と鼻を鳴らす仕草を見せる化け物。次いで恐る恐る周囲を見回して人の目がないか確認し、そそくさと民家の中に押し入っていった。
何の変哲もない小さな民家だ。恐らくは平民階級の、それなりに裕福な家族が生活を営んでいたのだろう。小ぢんまりとした家具や調度品が棚に並び、贅沢すぎない程度に高価な装飾品が飾られている。食品棚の上には小さな人面南瓜が飾られていた。
――所々に血痕が飛び散り、何かが暴れて屋内を掻き乱した跡がなければ、どこにでもある一般的な居間の光景だった。
「…………」
破壊された民家の居間を、南瓜の化け物はこれといった動揺もなく至極当然といった風に通り過ぎていく。足元で腐っていた野菜を蹴り払い、辿り着いたのは一般よりやや大きめな台所。片隅には食糧庫に繋がっているはね扉が備え付けてあった。
南瓜は背負っていた籐籠を床に卸すとしゃがみこみ、はね扉を閉ざしていた南京錠をひと息に引き千切った。取っ手代わりの丈夫な麻紐を掴み、おもむろにはね扉を引き上げる、と――
「ぅぅぅううう……」
「あー、みぅ……」
「ぇぅ、ぁ……」
「――――――」
そっと閉じた。ふと思いついて一年間使ってなかった炊飯器の蓋を何気なく開いたら、黒い悪魔がダース単位でうじゃうじゃしていた……そんな光景を見たような手つきだった。
「Pumpkin」
意を決した様子で再びはね扉を開ける化け物。元は食糧庫だった地下倉庫の中には、名も知れないグールたちがうようよと蠢いていた。涎を垂らし意味のない呻き声を漏らす姿に理性など欠片も見えず、本能的なものなのか開け放たれたはね扉の方向へ緩慢な動きで向かおうとする。
「Pump!」
南瓜頭はすかさずグールを迎え撃った。籐籠から取り出したボーリング球大のカボチャを取り出し、食糧庫の中に勢いよく投擲。がごっ、と何かが陥没したような音を立てて一体のグールの頭部に直撃し、グールと血まみれのカボチャは冷たい床にうち転がった。
「Pump……」
化け物の暴挙はそれだけに留まらない。籐籠から次々と人面カボチャを取り出してはひょいひょいと食糧庫に投げ込んでいく。投げたカボチャは狙い違わず顔面セーフ、五つに六つあと七つ、ちょっと悩んでもう一つ。
気が済むまで食糧庫にカボチャを投げ込むと、化け物は満足げに一息ついた。どっこらしょと跳ね扉をおろし、扉の上に人間大の特大カボチャを鎮座させ内側から開けられないよう重りにする。特に汗はかいていないが、額を拭った手の先に青白い光の残滓が微かに舞った。
「…………」
一仕事を終えた化け物は悠々とその場を後にした。蔦の寄り集まってできた手足をのたうたせ、骨や関節の無い人形のような動きでグネグネ歩き、用の済んだ民家を出ようとする。鍵の壊れた玄関を潜り抜け律儀に扉を締め直したのは生来の気質ゆえか。
民家を背にいくらか歩き充分に離れたと判断した南瓜頭の化け物は、悠々とした仕草で立ち止まり、おもむろに懐から細長い木の枝を取り出す。これといった特徴のない、何の変哲もないただの木の枝だ。
化け物は木の枝を自らの頭部に切り描かれた口――らしき部位に挟み込み、煙草のように加えると、
「――――PUMPKIN」
――刹那、背後の民家が轟音を立てて爆散した。
紅蓮の爆炎、飛び散る瓦礫、耳をつんざく爆轟音。巻き添えを食らって倒壊する無辜の隣家。周囲の避難が済んでいたのは幸運だった。
とりあえずクライマックスは爆破しとけばいいやという安直なハリウッド脳もかくやな所業。爆炎に背中を舐められながら進み出て、倒壊する家屋を背後にハードボイルな佇まいを見せる南瓜頭。見れば咥えた木の枝の先端に火が灯っている。これがやりたいから枝を用意したのか。証拠に化け物は火がついたのを確認するや咥えた枝を吐き捨てた。
「…………Pumpkin」
ふう、と息をついて化け物は晴々とした仕草で肩を回した。関節もないのに何をほぐそうというのか。きっと気分の問題なのだろう。
いまだメラメラと燃え上がる民家を尻目に、カボチャ頭はこれから何をするべきかと考え込んで、
「Pumpkin――――!?」
「っ――――!」
弾かれるようにその場を飛び退った。半瞬後、風を切り裂き化け物のいた空間に突き立ったのは一本のボルト。真鍮色の鏃が街路の敷石を無残に砕き、耳障りな破砕音を奏でる。
存分に殺意の乗った一撃だった。化け物は警戒心も露わに身構え、ボルトの飛来してきた方向を睨みつける。そこには、
「Pumpkin……!」
「お前が――」
化け物の背後、無傷な民家の屋根の上に、それはいた。
月夜に煌めく白銀の銀装。
風にたなびく紅い外套と、銀の額当てに護られた同色の髪。
篭手と両足、その銀装からは陽炎のように紅銀の粒子が立ち昇った。
胴に纏う毛皮鎧は持ち主の感情に吊られたか熱を孕む。
酷薄に細めた瞳は、苛烈な視線で化け物を睨み、
「お前がそれをやったのか、爆弾魔――――!」
ハスカールの最高戦力、紅い狼が牙を剥いた。
大変申し訳ありませんが、体調不良のため明日の更新はお休みさせていただきます。
21時を過ぎると目も開けていられないくらいの眠気に襲われる毎日で、平日の執筆が困難になっています。
なんでこんなんになったんや……orz




