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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
のたうつ偏食家
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外からの異変

 あのカボチャ売りの紳士と出くわし、爆発事件を目の当たりにしてから二週間が経った。その間に起きたグール発生は驚異の八件。うち四件が爆破込みである。

 おまけに基本グールたちアンデッドは夜間行動が原則だというのに、爆破事件のうち二件は昼日中に起こっているという無体っぷり。昼なんだから寝ろよ。

 おかげで事件が起きるたびに駆けつける猟兵と衛兵も完全に後手に回り、出現パターンもなくあっちこっちで出没するアンデッドの対策に疲労の色も隠せない。幸いなことに犠牲者の数は三十人程度に抑えられているものの、大元を特定できていない現状では気休めにもなっていないのであった。


「――というかあれだな。ひでえ感じに翻弄されてるってのがよくわかる状況だ」

「だいたいこれ、私達の専門じゃないのよ。去年の暗殺者の件のときもそうだったけど」


 猟兵の拠点となった宿屋の食堂に簡易的な会議場を作り、待機中の部下たちと駄弁りながら今後の見通しについて論議する。持ち込んだ黒板に簡単な都市の見取り図を描き、グールの発生した地点と時間を書き込んで参考にしてはいるものの、あまり役に立っている気がしない。

 早くも投げやりな態度になったエルモが食卓に突っ伏し、お茶請けで持ってきた炒ったカボチャの種をバリボリと齧った。


「奴らが出てくる時間帯も場所も、規則性もほぼ不明。意味不明な爆発事件も起きたり起きなかったり。今のところグールばっかり爆発してるけど、何が目的なのかもわからない。……ほんと、これじゃ近いうちにひどいことになるわよ」

「水際で堰き止められているのか、それとも敵さんに遊ばれてるのか、だな。七三で遊ばれてる方に一票といったところだが」


 そもそも、主犯と考えられている吸血鬼の最大の特徴はその高い隠密性にある。昼間には大幅に弱体化するとはいえ、それでも一見するだけでは魔物と判別するなどほぼ不可能。先代が残した冊子にも何故か吸血鬼に関する記述があり、長じた彼らは鑑定を欺くスキルを有し、一度人混みに隠れられれば探し出すのは困難であるという。

 そうでありながら、この芸術都市で吸血鬼は頻繁に人間を襲いグールを発生させている。そして暴れ出して駆けつけた兵たちに退治されるのはグールのみだ。感染源たる吸血鬼は影も形も見当たらない。


「嫌な感じに引っ張り回されてるわね。思惑に乗せられてる臭いがプンプンするわ」

「狙いはやっぱりこちらの消耗か」

「まず間違いないわね。そうでないとわざわざ昼間にグールを出してくる理由がわからないもの。夜でないならあんなの、あーうー唸るだけの走れないゾンビなんだから。

 実際精神的に来てるみたいね。適度に息抜きは入れてるけど、巡回の度に隊員たちにストレスが溜まってきてるわ。すれ違う通行人にも警戒しなきゃいけないんじゃ張りつめっぱなしにならざるを得ないんでしょうけど。おまけに敵は得体のしれない爆弾持って自爆テロかましてくるわけだし」


 まずい状況が続いている。全員に光魔法を習得させ、鏃に銀のメッキを施したボルトとクロスボウを持たせているものの、本来猟兵はアンデッドとの戦闘に慣れていない。経験の浅い敵に警戒しなければならない分、肉体的以上に疲労がたまってきているのだろう。

 とはいえこの状況では警戒を緩めるわけにもいかない。一度感染を許せばあとはパンデミックのように広まっていくのがあれの特徴だ。


 ――おまけに、


「――あの爆発、なにかわかったことはあったか?」

「ないわね。今までの四回ともすぐさま現場に急行したけど、誰がの仕業なのか、何が爆発したのかもわからないわ。……火薬を使ってないのはあんたも知ってるわね」

「硫黄の匂いが全然しなかったからな。――そういえば、くだんの錬金術師に協力を頼めないか? 爆発が大好きなんだろう?」

「駄目ね。一度頼んではみたけど、あの腰抜け、一回現場を覗いたっきりやる気なくしたみたいよ」


 嘲るような口調でエルモが言った。


「なんでも薬品を使わない、スキルによる爆発なんですって。錬金術に関係ないことで呼びつけるなって文句つけてきたわ。――ハン。要するに、自分の理解が及ばない仕組みだから手出ししたくないのよ」

「そうかい……」


 期待してはいなかったが、そこまで偏屈だったとは。

 しかしあの爆発が本当にマジカルマジックに類する仕組みの代物だったとは。この大陸もいよいよ混沌の様相を呈してきたものだ。

 奇妙な感慨を胸に抱きつつ、本格的に頭を抱えたくなってきた。


「つまりはあれか。一連の事件を起こしてる吸血鬼は、こっちをいいように攪乱するだけでなく正体不明のスキルまで持ってる、と」

「爆発と吸血鬼をセットにするのは早いんじゃないかしら? だってほら、爆破のあとに残ってるのってグールばっかりで、人間に被害はないんでしょ?」

「奇跡的にな。今までいないからって今後も人間が対象にならないとも限らない。グールが爆破されてるのだって、グールが爆発物を持たされて自爆テロをしてるからって可能性もある」

「今まで四回以上自爆しといて人間一人殺せてないテロ屋? 脳味噌の無いグールならそれもありかもだけど……」

「俺たちの攪乱が目的なら殺しは努力目標に過ぎない。起こす騒ぎは派手な方がいいって理屈だ」

「それは、そうだけど……」


 懐疑的なエルモも今一つ歯切れが悪い。彼女自身も判断しかねているのだろう。

 それもそうだ、何もかも仮定を重ねた推測など信用にも値しない。所詮は井戸端会議の域を出ていなかった。

 いよいよ強まってきた手詰まり感。閉塞した空気はストレスとなって宿舎全体を覆っているようだ。

 おまけに――


「ふむ……」

「……コーラル?」

「あぁいや、なんでもない。目障りなものが見えただけだ」


 訝しげなエルフの問いかけにおざなりな返事を返し、そのまま思考に沈んでいく。考えるのはあのオブジェ――目の前の食器棚の上に鎮座する、人の顔のような柄をした不気味なカボチャのことだ。

 宿屋の主人が購入し、中身はくりぬいてスープとして猟兵に振舞われた。出来上がったスープは滋味が深く、それ自体はたいへんよろしいのだが……残った残骸をジャック・オー・ランタンのように加工して、こんな風にいたるところに飾るのはいかがなものか。

 おまけにこのジャック・オー・ランタン、時折これから視線のような気配を感じる。改めて注視すれば消えてしまう程度の違和感ではあるのだが、どうにも気味が悪い。

 夜中厠に立った隊員から、このカボチャが薄く発光していたなんて証言も出るくらいだ。ひょっとしたら表皮にラジウムでも含まれてるのではあるまいか。


「……なあエルモ、知り合いにキュリー夫人とかいないか?」

「はぁ? なに言い出すのよいきなり」


 ……なるほど、俺も相当疲れがたまっているらしい。



   ●



 あーでもないこーでもないと実にならない議論を交わし、猟兵達で小田原評定を体現していたさなかのことである。


 ――がたん、と騒がしい音を立てて、宿屋の扉が乱暴に開け放たれた。


「た――隊長! 大変です、隊長!」


 息を切らせてもつれるように飛び込んできたのは部下の一人だ。慌ただしく肩で息をし、逆にその顔色は血の気が引いて青白くなっている。

 名前は確か……グンダといったか。


「阿呆、見回りしてる人間がそんな有様でどうする。住民が不安がるだろうが」

「たい……大変なんです、隊長! 吸血鬼が、グールが……!」


 ――その報告を聞いて、グンダを叱責しようという気は俺の中から消え失せた。彼が慌てふためくのも無理はないと納得してしまったがゆえに。



 ――――芸術都市ハインツ、その西街道より接近するグールの群れあり。その数、確認できただけで500以上。

 中には常軌を逸した俊敏な動きをする個体があり、吸血鬼の可能性が高いとされる。

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