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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
のたうつ偏食家
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闇商人現る

「胡散臭いわね、あれ」

「やっぱりそう思うか」


 ガバッツァ執政のもとから退室し一時的に猟兵へ貸し与えられた兵舎へ向かう道の途中、執政に関しての所感をエルモと話し合う。彼女は日常のアレさを抜けば有能で、時たま鋭い意見が飛び出ることがある。話してみれば案の定、このエルフもあの中年に不信感を持っていたらしい。


「大体、あの歓迎っぷりからして有り得ないわよ。最初に援軍要請出してたのって王都に向けてでしょ? それが拒否られた挙句話が回ってきた辺境伯からもたらい回しにされて、結局やってきたのが半島でも新参の元傭兵よ? いくら有能で名が売れてたって、お貴族様が気に入るわけないじゃない」

「確かに、かなり不自然な喜びようだったな。むしろ本心の裏返しと言われた方が納得もする」

「グウ?」


 傍らを歩いている白狼がじゃれつくように首元を擦り付けてきた。馬並の体躯にまで成長したというのに、こういうところはまだまだ子供だ。

 狼の首元に片腕を巻き付けて抱き着くように撫でまわしつつ、今置かれている状況について考えた。


 猟兵はなかなか微妙な立ち位置に置かれている。要塞防衛戦、グリフォン討伐、先のワイバーン討伐と、着実に戦績と実力を重ね、名乗れば知るものは知る程度の知名度も得た。

 しかし、だからこそ心しなければならない。所詮は成り上がり者が率いる愚連隊。武力など年老いれば失われる活力に過ぎない。由緒と伝統を誇る人間からすれば侮られるのが当然の集団なのだから。

 その前提で考えると、あの中年執政の俺たちへの歓迎っぷりはいささか過剰にすぎるといえる。


 ではあの執政が本心を取り繕う理由とは何だ。本命の王国兵、対抗の竜騎士をこそ歓迎する理由は?

 王国兵は正々堂々。警戒するべき西街道に向けて戦列を作り、意気軒昂に挑むだろう。

 竜騎士は強力無比。自尊心から雑事は嫌うが、外敵を焼き払うというわかりやすい戦功を見逃すほど愚鈍ではあるまい。

 ……なるほど、考えてみれば存外簡単に思いつく。きな臭いものを感じて猟兵が外に出ないよう取り計らったのは悪手ではないようだ。


「――麻薬の密売か、あるいは砂漠辺りと武器のやり取りでもしているか。やっこさん、街の中に目を向けられたくないらしい」

「案外反乱の下準備でもしてるんじゃない?」

「さあな。しかし、ますます猟兵は外に出せなくなった。味方に騙されてグールの群れの中に釣り出されるだなんてぞっとする」

「ねんがんの包囲殲滅陣ね。一度はやってみたいものだけど」


 茶々を入れるようにエルモが毒を吐いた。ふざけた口調と裏腹にその瞳は醒めきっている。……しかしそんなことは言うがね、やられる側からすればたまったもんじゃないのよ、それ。見渡す限りの機械化歩兵(ASIM)自律駆動兵器(AIB)に包囲されて砲口を向けられる光景なんて軽くトラウマである。


「――とにかく、しばらくは巡察兼様子見だな。この街の造りも詳しく把握しておきたいし、住民がパニックにならないように――む」


 今後の展開について話を詰めようとすると、奇妙なものが視界をよぎった。俺たちの目の前を颯爽と走り去り、あとから数人の子供たちが続いていく。


「パンプキーン!」

「まてー!」

「まって! ねえまって! それナナの、次はナナがかぶるのー!」

「今日のばんごはん、カボチャのスープなんだ! 残った皮でおとうさんが新しくそれ作ってくれるんだよ!」


 オレンジ色の頭部はごつごつしている。表面に浮かぶ模様をくりぬいて中身の可食部を掘り出せば、世にもおぞましい人面ヘルムの出来上がり。ご家庭で用済みになったボロボロのシーツをマント代わりに身に纏い、月光〇面のごとく街中を走り抜けていく。


「…………なによ、あれ?」

「パンプキンだろ……」


 なるほど、最近のトレンドはカボチャ頭なのか。

 気持ちはよくわかる。あんなハロウィンに出てくるようなカボチャが本当にあったら俺だって中身をくりぬいて被りたい。でもできないのはいい歳こいた大人としての意地か――いや違う、だってなんか呪われそうで怖いんだもん。


「……帰ったらアレが流行ってるかもしれないのか……」

「わ、私のせいじゃないわよ!?」


 隣の馬鹿が狼狽えて何事か喚いているが、そんなことは関係ない。あんなもんまとめ買いして持ち帰りやがって。処分を頼んだノーミエックが頭を抱えていたんだぞ。所帯もってる団員には漏れなくお持ち帰りさせたし、ここ数日は馴染みの酒場の主人が作る食事には三食どれかに必ずカボチャ料理が混じってる。それでも減らない。

 いくら栄養価が高くともあれは駄目だ。食傷なんてレベルじゃない。食べ残したカボチャが恨めしげに睨んでくるとか言う都市伝説が出来上がってる時点でお察しである。貴様は選択を間違えた。


「ああ駄目だ、考えてたら苛ついてきた。――エルモ、お前帰ったらあの南瓜がハケるまであれ被って生活な」

「なんでよ!? 栄養価は高いんだから別にいいでしょ!」

「よくない。何故かは知らんが最近カボチャって聞いただけで頭が痛くなってくるようになった。こんなの豆腐の喰い過ぎで窒息しかけた時以来だ、間違いなくお前のせいで心に傷を負ったと見たね」

「あんたの豆腐事情なんか知らないわよ! 」


 隣のエルフとぎゃあぎゃあやり合いながら道を行く。街路に敷き詰められた煉瓦は人に踏み続けられて丸く削れ、何ともいえない歴史を感じさせる。所々で補修の跡があり、真新しい路面を歩けばカツカツと硬質な音が響いた。

 行く先にある仮初の兵舎は、元は古びた宿屋で一週間ほど前に主人が怪我で動けなくなったために休業せざるを得ず、それを格安で貸し切った代物だ。本隊が泊まり込むには心許ないが、猟兵二個小隊――四十数名を泊める程度ならなんとか行ける。事態が動いて団長たちが出張ることにならない限り、猟兵はここを拠点にして活動することになる。

 ただし、歴史ある建物の宿命というかなんというか、あの宿屋は全体的にぼろい。あまりの埃っぽさは本当に宿泊施設としてやっていく気があるのか疑問に思うほどで、到着するや耐えかねて大掃除と修繕を部下たちに命じておいた。今頃いくらかは済んでいればいいのだが。


 ……あぁ、噂をすればなんとやら。束の間の我が家が見えてきた。

 大掃除の方はおおかた終わっているらしい。出かけるときに宿屋の外に放り出されていた家具の山が片付いている。箒を持った隊員が入口を掃き清めていて、帰還してくる俺たちの姿に気づいて慌てて敬礼を寄越してきた。

 答礼をしようとこちらも右腕を上げた、その時のことだ。


「むむむ。そこにいるのはエルモ殿であるな! 買い上げていったカボチャの味はどうだったであるか?」


 とても――――とてもとても胡散臭い男性に、俺たちは呼び止められた。

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