I will drink with your ...
「――――――」
インベントリを展開し、短刀を引き抜く。鞘はない。形が歪で納めようがないのだから。
暴大猪の牙刀 品質:E 耐久:E+
攻撃値:9
大猪の犬歯を刃物として加工したもの。
素材となった大猪も下位の魔物の一種であり、その牙の強度は鋼を上回る。
通常なら刃渡りは十㎝に満たない程度でしかないが、その巨大さゆえにこの短刀は刃渡り二十㎝を超える。
刺突、特に突進時の攻撃に補正を得る。
柄は常生歯の根元を加工したものであり、所有者の魔力を吸収することで僅かずつ伸長しようとする特性がある。
その特性上常に研ぎによる形状の調整が必要であり、怠ると使用に堪えない形状へと変化する。
……正直、元が牙だから仕方ないとはいえ、湾曲しすぎていて使いづらい。おまけに芯も横に歪んでいて振っていると腕に変な癖が尽きそうだ。だから適当な鞘を自作して押し込めて加圧し、矯正しながら形を整えていくつもりだった。
……まあ、今はこれしかないのだから、仕方がないか。
体が跳ねる。身体強化によって増強した筋力に任せて、後方の男の懐に跳びこんだ。
「てめえ……!?」
「っらぁっ!」
逆手に持った短刀は湾曲した切っ先を上に。すくい上げるように、猪が牙をしゃくりあげるように兄貴の鳩尾に叩き込んだ。男の胸は防具代わりに毛皮で覆われていたが、そんなもの大した妨げにもならない。
鉈を持った手が力なく振り下ろされ、男の腕が肩を叩いた。もはや致命傷。正常な判断が出来ているのだろうか。
小枝がへし折れるような音。肋骨を砕いたらしい。構わずもう片手を柄頭に添えてさらに押し込んだ。
「ご、お……」
ぶちりと何かを切る感触がして、男の瞳から光が消えた。まずは一人。短刀は体に食い込んでいて、引き抜くのは少々手間になりそうだ。
「あ、あああああ兄貴ィ!?」
「お、おぉおおおおおおおっ!?」
背後から上がる悲鳴と雄叫び。片割れは骨があったらしい。立ちション野郎は手斧を振りかざし突進してくる。
振り返ると兄貴の死体が覆いかぶさってきた。右手には死んでもなお固く握りしめた鉈。有り難く使わせてもらおう。死体の手首を掴んで手元に引き込んだ。
―――ぐしゃり、腕が折れる音が響いた。
「ひぃっ!?」
盾代わりにした兄貴の逞しい腕は、手斧の一撃であっけなく折れた。仲間の死体を刻む悍ましさに、山賊の瞳が揺れる。阿呆め。
妙にぐにゃぐにゃする感触の腕を操り、鉈を薙ぐ。命中。拍子に兄貴の手からすっぽ抜けたが、鉈は山賊の首に埋め込まれた。
「あ、ああ、あああああっ」
恐慌に陥った山賊が鉈に手をかけ―――引き抜こうとしたのだろうが、叶わなかった。寸前で鉈の隙間から血が噴き上がり、声もなく倒れる。
「こ、の……この野郎……ッ!」
三人目、最後の山賊は己を奮い立たせるためか吼えたてた。左手の盾で胴体を守り、右手の斧で威嚇している。
兄貴の身体を放り捨てる。インベントリからもう一つのクロスボウを取り出し、照準する。
―――装填は既に済んでいる。
大猪の複合軽弩弓 品質:D- 耐久:E
攻撃値:13
弓に猪の腱を組み込んで張力を増した軽弩弓。
弓そのものも腱の長さに合わせてやや大型化された。
あくまで狩猟を主眼に置き、軽さと取り回しやすさを優先しているため、威力は軽弩弓の括りをやや上回る程度。
引く際に要する力が増大したため、補助具として先端にペダルが装着されている。
―――発射、命中。ボルトは盾を粉砕し、男の左腕をその胸に縫い付けた。
「ぐおぉっ!? この……!」
怒りのなせるわざか。片手を失っても男は戦意を失わなかった。右手の斧で敵を仕留めんと大股で歩み寄る。短刀は手放し、クロスボウは撃った直後。やるなら今しかないと考えるのもわかるんだが……
……猪の犬歯って、何本あるか知らないのか?
突進する。手にはもう一振りの牙刀。敵は左手が固定され、その横がどうしてもがら空きになる。狙いどころはそこか―――
「―――るぅうおおおお……!」
雄叫びとともに駆け抜ける。男の左側面。すくい上げるように振るわれた斧が髪の毛を掠めた。すれ違いざまに牙刀を振るい―――
「―――ォぶ―――!?」
―――男の頸動脈を断ち切った。
くずおれる三人目。一緒になって引き裂いた喉笛から空気が漏れて、甲高い音を立てた。
「……っはぁ……っ!」
息をつく。極度の緊張で倒れ込みそうになるのを堪えた。
……この世界で人を殺したのは初めてだ。この生々しい感触やら断末魔が、どうにも胸に不快感をもたらしている。
恐怖はなかった。……この程度で怖気づくなら、あの大猪と相対したところで死んでいるだろう。
ただ不快。それだけだ。
「…………」
息を整え、改めてその場を振り返る。
……なんとも凄惨な現場だ。死体のどれもこれもが真っ当な死に方をしていない。兄貴は胸に刃物が突き立っていて片腕が圧し折れているし、子分は両方とも首の半分を刃物で断たれている。
自分でやっておいてと溜息をつく。あの猪の時といい、もっとスマートに事を進められないのか。
……埋葬はしてやらない。そんな暇はない。裸に剥いて放置してやるから、魔物の餌にでもなるがいい。
先代の冊子によれば、この辺りは大熊が縄張りにしているそうだ。秋も深まり冬籠りも近い。こいつらで腹を満たしたら多少は他の人間を襲うことも減るだろう。
北を眺める。野営地からは小高い山がそびえているのが見えた。鍛冶屋の話では、この山には廃棄された鉱山跡があるらしい。かなり掘り進めたらしく、内部は広々としているのだとか。
おあつらえに拠点向きな跡地だ。山賊どもがこれを使わない理由はない。
「――――――」
兄貴の胸に足を乗せて押さえつけ、牙刀を引き抜いた。血を拭きとって確認すると、やや刃毀れが生じていた。ここで研いでおくことにする。
夜も更けてきた。明日の朝には見張りの交代要員がやってくるだろう。そこでこの場を目にすればどうなるだろうか。
逃げるか、あるいは報復に出るか。……どちらにせよ、今あるアジトは引き払うだろう。次の拠点は何処だ? 適当な洞窟でも見つけてくれるならいいんだが、行き場を失い自棄な行動に出るかもしれない。
すなわち、イナゴのごとく近隣の村を襲いまくってすり潰れるまでヒャッハーするとか。……世紀末連中の思考は読めないところが迷惑だ。
壊れたクロスボウを拾った。……今までありがとう。そしてさようなら。あんたが山小屋になかったら、俺は間違いなく村の穀潰しと化していた。感謝の念は絶えない。帰ったら修理に出そう。もう直るかもわからないが。
ことここに至ってはどうしようもない。やりたくはなかったが遺恨の根は断たねばならない。そうしなければ何が起こるかわからない。
リミットはこの一晩。官憲に通報する暇はない。もはや彼らに刺激を与える結果になったのは明白。
……つくづく、見つからずに帰れればよかったのに。
責任感か、正義感か、よくわからないが、ここで退くという選択肢は浮かばなかった。
―――俺が死ぬか、山賊どもが恐れをなして手を引くか。どちらか二つに一つ。
お前の頭蓋骨で祝杯を挙げてやる。