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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
のたうつ偏食家
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見える異変、見えぬ脅威

 芸術都市ハインツの西城門に繋がる街道にて、グールの襲撃があったという。事件現場の調査の結果、同時期に発生した港湾都市でのグール発生との関係が疑われた。

 事態を重く見た芸術都市執政はルフト王国軍への援軍を要請。しかし既に港湾都市へ部隊を派遣している上に王都の警戒を増さなければならない王国側はこれを拒否。ミューゼル辺境伯へ代理を依頼し、辺境伯は独立歩兵大隊『鋼角の鹿』を派遣することを決定した。

 無論、事態が大きく動かないうちから大隊すべてを投入するわけにはいかず、先遣調査隊として猟兵小隊40名と伝令役として鷲獅子の騎兵を一騎派遣することになる。



   ●



「おお! よくぞいらっしゃった!」


 芸術都市ハインツの執政ガバッツァは、俺たちが応接室に入るなり大仰な仕草で歓迎の意を示した。恰幅のいい腹が震え、筆髭と赤ら顔が人のよさそうな笑みを作る。

 ここまで手放しにウェルカムされるとは露にも思わず、俺とエルモは不覚にも思考を停止させて硬直してしまった。


「いかがなさったかな? そんな扉の前で固まってないで、こちらの椅子へどうぞ」

「……いえ、お構いなく。――それよりも、自己紹介がまだでした。

 この度の事件の調査のため派遣された、辺境伯軍独立歩兵大隊『鋼角の鹿』、猟兵小隊隊長のコーラルといいます」

「同じく、猟兵隊副隊長のエルモです」


 気を取り直してそれぞれ名乗りを上げると、執政はしきりに頷いては感嘆の声を上げた。


「素晴らしい! 貴殿らの声望はこのハインツにも鳴り響いておりますぞ! 『紅狼』のコーラルと『雷弓』のエルモ――グリフォンを討伐し内海開発に一役を担った勇者が二人も! これで芸術都市も安泰ですなあ!」

「……恐れ入ります」


 あとそのあだ名で呼ぶのはやめろ。


 喉元まで出かかった言葉を飲み下す。ちらりと横を確認すると、隣のエルフも引き攣った笑みを浮かべていた。

 当の執政殿はそんな俺たちの様子に気づいた節もなく、ご満悦の表情で俺に近寄ると勝手に手を取ってぶんぶんと振り回した。


「グールの襲撃、吸血鬼の関与。……知らされた時はこの世の終わりかと絶望したものですが、これでようやく一安心! 期待しているのでなにとぞよろしくお願いしますぞ!」

「はぁ……」

「それで……その、一つお聞きしたいことがあるのだが……」


 言って、執政は不意にきょろきょろと視線を彷徨わせた。俺たちの背後に何かいるとでも思ったのか、期待に満ちた瞳で何かを見つけようとしている。


「――風の噂では、貴殿らとともに、あの聖騎士ミカエルもこのハインツに来ているとのことだったのだが。それで、彼は……?」

「この街に来ています。今は下町の方を回っているところでしょう。騎士団を抜けた流浪の身で身分ある人間と相対するわけにはいかないと申しておりました」


 あと色々面倒がったのではあるまいか。なんというかこのおっさんの言動がその理由を推して察して余りあるというかなんというか。

 こういった熱狂的なファンじみた人間が現れるから都市部にはあまり近づけないのだと、あの騎士が言っていたのを思い出した。


 ――今回の出動に際し、何を思ったのかあの聖騎士は同行を申し出た。闇の魔物に脅かされ、恐怖にさらされている住民を放っておくことなど出来ないという実に彼らしい動機で、こちらとしてもいざというときの戦力として当てにできる彼の同行を断る理由はない。


 ……で、問題はここからだった。

 それを見たブレットーリ座長も悪乗りにのっかかり、この際芸術都市でゲリラ的出張公演かましちまおうゼ! とあれよあれよと劇団員が身支度を整え、大道具小道具抱えて馬車に積んであっという間に猟兵の出動に間に合わせてきたのである。

 ちなみにあの不摂生な女なら、今頃適当な劇場を見つけて貸切を交渉している頃だろう。脚本は道中で書き上げミカエル氏含める演者たちと読み合わせ済み。振り付けや演出諸々の調整のあと、来週には公演開始だと豪語していた。なにその強行軍。持ちネタテンプレ劇場の吉本だってもう少し練習するだろ。

 演目は聖騎士対邪悪な不死者で、最後は観客による退魔グッズ(事前特典)で悪役を拘束したあと、ミカエル氏の一欠でクライマックス、しめやかに爆発四散する予定なのだとか。


 ……そんなわけで、今回の聖騎士その他大勢は今回完全なる金魚の糞である。都市内の警護も城壁外の警戒も基本的にノータッチ。緊急時や気が向いたときに手伝ってくれることもあろうが、期待するようなものでもなし。聖騎士はともかく脚本家はアテにはしないから孤児院でも救貧院でも好きなところを回っているがいい。


 当たり障りのない言葉で聖騎士の非礼を謝ると、執政はあからさまにがっかりした表情で肩を落とした。


「一目でいいからお会いしたかったのだが……とても残念だ」

「心中お察しします。――ところで、今後の我々の配置についてですが……」


 心にもない慰めの言葉をかけつつ、これからについて話を詰めていくことにしよう。申し訳ないが中年の感傷に付き合っている時間が惜しい。


「基本的に我々は班ごとに分散し、ローテーションを組んで街中を巡回することとなります」

「外を見張ってくれるのではないのですかな? グールは西街道に出たという話でしょう?」

「報告では、港湾都市で起きたグール発生は外敵ではなく、内部に潜伏していた敵の手によるものの可能性が高いとのことです。外に対しては門を閉じて見張りを立てれば事足りるが、中で異変が広がれば致命傷になりかねない」


 外の警戒には街道を巡る衛兵に呼子を持たせ、即応できるようこちらで予備戦力を保っておけばいい。この場合、前に向けて盾を構えているさなかに後背を衝かれることが何より怖かった。


「何か起きたときの住人の避難計画の策定と周知は済んでいますか? 火災時のそれがあるなら流用できるはずですが」

「年に一度避難訓練は実施しているが……」

「結構。広場の掲示板に今回の件について張り紙を。それと、住民を集めて説明を行う機会を設けていただきたいのですが――」


 話し合いを進めていくうちに眩暈がしてきた。……これって戦争屋じゃなくて憲兵の仕事じゃねえか。

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