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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
のたうつ偏食家
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差し出される高枝バサミ

「やあジェニファー、今日は一体どうしたんだい? いつも元気溌剌な君らしくない、なんだかしょげてるじゃないか」


「ハイ、トム。実は仕事を首になっちゃって……」


「なんだって! 宿の給仕をクビになっちゃったのか! なんてこった、君がスープをよそいでくれないあんな安宿、泊まる価値なんてないよ!」


「ありがとう、トム」


「こうしちゃいられない。今からあの宿の親父に抗議してくるよ!」


「いいえ、トム。そんなの悪いわ。それもこれも、私があの宿でお客様に『特別なサービス』をシたのを見咎められたせいなんだから」


「そんな! あの宿じゃ『特別なサービス』は禁じられてたのかい? なんて器の狭い主人なんだ!」


「いいえ、悪いのは私なのよ、トム。だからあの人を責めないであげて。それに私、これからは心機一転して新しい仕事を探すつもりなの」


「そうかい。つまりこれは君の新しい門出なんだね。祝福するよジェニファー! 君の新たな生活に幸福があらんことを!」


「ありがとう、嬉しいわ、トム! ――でも私、これまで宿の看板娘の仕事しかしたことがないの。他にどんな仕事が向いてるかなんてわからないわ……」


「HAHAHAHAHA! そんなの心配ご無用さ! そう、このアイテム――――『資質判定メーター』があればね!」


「ワァオ! こんなの見たことがないわ! 一体どんな品物なのかしら!」


「いい質問だよ! これは使った人間がなにに向いてるのか、どんなことをしがちでどういう結果になりがちなのか、判定してこの画面に表示してくれる優れモノなんだ! これを使えば君に向いてる仕事なんて一発だよ!」


「すごいわトム! これさえあれば私の天職が見つかるのね! 使い方はどうすればいいのかしら?」


「簡単さ! この使い捨ての針で指先をつついて血を垂らし、このメーターの受け皿に落とすだけ。それで君の資質はマルハダカってわけさ!」


「もう、トムったら! ……じゃあちょっとやってみるわよ。ちょっと怖いけど……えいっ!」


「むむむ……『自由』と『解放』か。ジェニファーは奔放な資質をしてるんだね」


「わからないわ、トム。これって珍しいのかしら?」


「『自由』はそうでもないけど『解放』はとてもレアだよ! これが意味してるのはね、君は自分が思うままに生きた結果、他の誰かの抑圧されたモノを解放する資質があるってことさ!」


「まあ、すごいわ! まるで自由の女神様みたい!」


「僕もこの資質、君にぴったりだと思うよ!」


「ありがとう! わかったわ。私、これを参考に新しい職業に挑戦してみようと思うの!」


「ワオ! これだけだもうどんな仕事がいいか思いついたのかい? 僕にも教えてくれよ」


「抑圧されたモノを解放っていったら一つしかないでしょ? ……今夜、一緒にどうかしら?」



   ●



「ええい、公衆の面前で何やってやがる!」

「ひべぁっ!?」


 女の方が卑猥な手つきで腰をくねらせた辺りが限界だった。

 腰掛けていた椅子の足を手に取り渾身の投擲。目にも留まらぬ勢いですっ飛んだ椅子は狙い違わず女の額に直撃した。厚めの化粧を施した若いとは言い切れない女は、額から盛大に血を吹き出して昏倒する。


「ああっ! ジェニファー! ジェニファー……! なんてことだ、息をしてない……!

 ――そんな時はコレ! 『痴漢冤罪防止シート』! この布を真ん中にある切れ目が要救護者の口の上に来るように顔に乗せれば……ホラ! 人工呼吸のときだって唇を合わせず、後日痴漢で訴えられる心配がないって寸法さ!」

「すごいわトム! でも私、あなたのナマが欲しいの!」

「いい加減にしろっ!」

「ふびっ!?」


 再度の投擲。手ごろな椅子が無かったので適当なマグカップで代用した。焼きが甘かったのか陶器のカップは男の頭にぶち当たると同時に粉々に砕け散る。珍妙な悲鳴を上げたトム氏は崩れるように女の上に倒れ伏した。


「むむむ……お気に召しませんでした? こいつは想定外だゼ」


 前もって仕込んでいたのか、トマトケチャップらしき血糊に沈む二人の男女が担架に乗せられ退場していく。そんな光景をエール片手に眺めつつ、新進気鋭の演劇集団『張り子のドラゴン』座長のブレットーリがへらへらと笑った。


 ――ここはハスカール一角のとある酒場。既に日も沈み飲兵衛どもが騒ぎ出す時間帯である。

 寒村から移ってきた酒場の主人とも顔なじみだ。いつもの通り夕食を頼んでいたところ、備え付けの雛壇にいつの間にか余興の芸人が現れてあの惨状。なんであんなもんに許可を出したのやら。


「おっかしーなー。酒場の余興でしょー、ウケると思ったんだけどなー。――でもいい突っ込みでしたヨおにーさん! 前座のあの二人も内心親指立ててるに違いねーゼ!」

「そんな親指圧し折ってしまえ」


 日暮れとはいえまだ子供だって起きている時間だ。もう少し節度をもって余興を考えて欲しい。こちとらもはや自儘な傭兵でなく取り締まる側の人間なのだ。

 そんな俺の苦情をよそに、座長は気にした様子を欠片も見せずに声を張り上げた。


「――そんなわけで、ウチ売り出しの『トム&ジェニファー』をよろしくネ! 防御値高目に鍛えてるからさっきの椅子程度なら屁でもないですヨ!」

「客に突っ込みさせる気かよ……」

「放置してるとあら大変! 漫談の内容がどんどん卑猥な方向に向かっていくというピンク仕様! こいつぁ大きなお友達も大喜びだゼ!」

「ヒーローショーにそんなもん混ぜんな!」

「性教育にうってつけジャン!」


 駄目だこいつ、一旦しょっ引いた方がいいかもしれん。

 ゲラゲラ笑う座長に言いようのない頭痛を覚えた。見れば座長も相当出来上がっているのか、いつもは不摂生で青白い顔を真っ赤に染めて酒臭い息を吐き散らしている。


「しっかしあのメーター、一体どんな仕組みしとるんじゃろ。血液からログでも覗いとるのか?」


 酒瓶片手にギムリンが言った。てかてかの髭面から赤っ鼻を覗かせ、壇上に置き去りにされたメータを興味深げに眺めている。


「仕組みなんか知らねーけど面白そうじゃねーか! あれって俺でも使えるのか?」

「団長、少しは怪しんでください。――針はこっちで処分させてもらうからな」


 すっかり出来上がっている団長は完全に宴会芸モードだ。後ろで額を押さえている副団長も諦めの境地に達しているのか、制止の声もおざなりである。小さい子供がいる身なんだから帰ったらいいのに。


「お金がかからないならやってみようかしら。ほら、今私って金欠気味だから」

「自業自得だ馬鹿エルフ」


 だらけた姿勢で酒杯(水入り)を傾けるエルモ。……例の南瓜は団員に安く売り捌いたため冬を越えられないということはないはずだが、それでもカツカツなのだという。


 ――――そういえば、こんな風に古株連中が一堂に会するのって久しぶりな気がする。特に団長が結婚してからは、領都とのやり取りで常に誰かいない状態じゃなかったっけ。

 ふとしみじみした感覚に浸ってみる。何気ない日常はかけがえのない宝物なのですね、と。


「のう座長や。あの機械、試しに使ってみたいんじゃが?」

「おーけーおーけー! そのために持ってきたんですし? 人数分の針だって用意済みですヨ!」


 え、これってやらなきゃいけない流れ?

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