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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
のたうつ偏食家
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とある副団長の場合

 最終的に無傷で帰ってきたとはいえ、団長の突出癖にはほとほと呆れ返る。子供も生まれ、もう自分一人の身体ではないのだということを理解してほしい。


 ハスカールのとある一角、住宅の立ち並ぶ通りで帰路につきながら、『鋼角の鹿』副団長ウェンターは疲れの滲む溜息を洩らした。すでに夕暮れ、傾いて赤くなった日差しに照らされた町並みから料理の匂いが漂っている。

 腰に短剣だけを提げた、鎧も纏わない平服である。手にはちょっとした荷物をぶら下げ、残りの装備は丸ごとインベントリに放り込んである。流石に街中を物々しい格好でうろつくほど常識知らずではなかった。


 憂鬱な顔つきで考え込むのはいつもの癖だ。周囲の人間からは寡黙だとか苦労性だとか狂戦士だとか散々な言われようをしているが、ウェンターの本質はどこまでも生真面目な一般人に過ぎない。

 ……いや、少し訂正。このゲームを始めてから気づいたことだが、剣が絡むと少しだけ箍が外れる。相手を斬るときに躊躇が生まれないというのは、少々人間としてどうかと思う。きっと血沸き肉躍るというか、闘争を楽しむ心がどこかにあるのだろう。

 ――それにしても。


「グリフォン……グリフォン、か……」


 強力な兵科であることに間違いはないのだろう。ワイバーンを上回る速度で飛び回り騎乗する人間が弓なり魔法なりで遠隔から攻撃を撃ち込めば、あっという間に戦闘機紛いの出来上がりだ。これで落とせない飛行系の魔物など、それこそドラゴンくらいだろう。

 おまけに希少な兵科でもある。なにしろこの世界で飛行を可能とする兵科といえばそれこそ竜騎士やペガサスナイトくらいしか思い当らない。竜騎士は言うまでもなく運用が大がかりで、ペガサスに至っては存在は知っているものの騎士はおろか白馬すらウェンターは見たことがない。記録によればペガサスを乗騎にしている騎士は第六紀以降現れていないのだとか。


 すなわち、グリフォンナイトなる新たな兵科は、竜騎士に匹敵する特異かつ強力な戦力として団長の指揮下に収まることになった。

 ……泣き所は扱いが難しすぎる点か。騎乗スキルの優れた団員を選んで片っ端から乗せてみたものの、まともに使いものになったのは団長と元騎士団プレイヤーのタグロくらいである。あの二人が嬉々としてグリフォンを乗り回していたのに比べ、他の人間の尻込みっぷりは逆に背後から尻を蹴飛ばしてやりたくなるほどだった。


 ……ちなみに、タグロと同じファリオン騎士団に所属していたネアトはそれなりに高い騎乗スキルを持っていたが、高所恐怖症であっけなくリタイア。古参の一人グウェンはグリフォンと相性が悪く、猟兵副官のエルモは馬にも乗れない。猟師は狼に跨っているところをよく見るので提案してみたところ、白狼が拗ねるから無理だと断られた。

 そしてウェンターは独立歩兵大隊を指揮する関係上地上を離れられず、興味はあったものの泣く泣く辞退することになった。


 グリフォンはいて、人に馴れるよう訓練も積んでいる。しかし乗れる人間があまりに少ない。それが現状の難点だった。今は候補者に一頭ずつグリフォンをあてがって信頼関係を結ぶことを優先して鍛錬を積んでいる。

 恐らく、まともに部隊として運用が可能になるのは一年以上先のことになるだろう。団長は論外として、現状唯一グリフォンに騎乗できているタグロは高速の伝令役として運用する。それがドナート執政と相談して決定したしばらくの方針である。



   ●



「…………あ、着いた」


 よほど考えに集中していたのか、いつの間にか目的の住宅の玄関前にまで辿り着いていた。上の空でも道を間違えないほど通い詰めている事実に思わず苦笑する。


「えー、こほん」


 特に理由もなく咳払いする。もったいぶって一拍置かないと緊張で動けなくなりそうだった。怖々とした手つきで玄関のノッカーを掴み、出来るだけ乱暴に聞こえないように打ち鳴らした。


「はいはいはーい! 今開けまーす!」


 ぱたぱたと軽快な足音と威勢のいい男の子の声が近付いてきた。がこん、と音を立てて閂が外れ扉が開く。扉の隙間から顔をのぞかせた男の子はウェンターを認めるとぱっと顔を輝かせた。


「なんだ、ウェンターじゃん! どうしたんだよ、日が暮れる前に来るだなんて珍しいぞ?」

「今日はちょっと早めに切り上げてきた。言うこと聞かない上司にはお仕置きが必要だからさ」


 上空でタグロを指揮するだけという話だったはずのイアンは今頃新城で書類に埋もれている。あと追加でグリフォン運用についての戦術レポートを提出するように命じられている。奥さんと一歳にもならない子供のことなんか知るか。


 ウェンターが何を言っているのか理解できず首をひねる少年に苦笑しつつ、副団長は扉の隙間から家の奥を覗きやる。と――


「……あら、ウェンターさん」

「――――っ、エリス……さん」


 ゆったりとした物腰で廊下の奥から姿を現す女性が一人。思わず自分の声が緊張でうわずるのをウェンターは自覚した。


「今日はお早いお越しですね。そうと知っていれば、夕餉の時間をもう少し早めたのに……」

「い、いえ、お構いなく。ただでさえ俺のために時間をずらして貰っているのに、申し訳ないです。――あぁそれと、今日早めに来たのはこれを――」


 そういって、手元にぶら下げた網に包んだ物体を掲げてみせる。オレンジ色の丸いそれは、中身をくりぬけば人間の頭がすっぽりと収まりそうなほど大きい。


「――うちの部下が大量の南瓜を騙し売りされまして。団のみんなで何個か買い取ったのでお裾わけに、と」

「うわでけえ! なんだこれホントにカボチャ!? なんか模様が人間の顔みたいじゃん!」

「持ってみる? 結構重いから気をつけて」


 今まで見たこともないほど大振りな食材を見て少年が歓声を上げる。実際に手に取ってみて重てえ重てえと笑う姿に、ウェンターも釣られるように笑った。


「……食事の用意が途中なら、俺が一品追加しますよ。醤油はないけど煮物くらいは作れます」

「よろしいのですか?」

「いつもご馳走になるばかりでは悪いですし。たまには悪くないでしょう?」


 あらあらと頬に手を当てて微笑むエリスに促され、ウェンターは彼女の家に上がり込む。当然のように彼女の手が肩に回され、慣れた手つきで外套を取り外していった。ほのかに肩に残る感触を残念に思いつつ、ウェンターは厨房に向けて歩き出した。


「なあウェンター、今日は早めに来たんだからさ、飯食ったあと剣の稽古手伝ってくれよ!」

「ルッツ。彼は仕事帰りで疲れているのですよ。それに目上の方になんて言葉遣いですか」

「いえ、構いませんよ。――稽古に付き合うのはいいけど、食事はちゃんと味わって食べるんだぞ。早食いは大きくなれない」

「わかってるって! でさ、ウェンターの……マグラ流? だっけ?」

「真柄中条流。歴史はあるけど廃れきった剣術だよ。日本でも習ってるのは俺ともう一人くらいしかいない」

「そう、それな! マガーラ流。それの続き教えてくれるんだろ!」

「ルッツ。いい加減言葉遣いを改めなさい。大体あなたは――」


 日が暮れていく。わいわいがやがやと廊下を進む。

 この二人と騒がしくも穏やかに過ごせる日常が、ウェンターはこの上なく気に入っていた。

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