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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
のたうつ偏食家
272/494

飛び交う猛禽の騎士

 咆哮が響いた。

 南方の森より飛び立った黒い影。木々の狭間から高々と飛び立ち、俺たちのいる内海の方角に飛翔しようと高度を上げていく。

 身の丈は人など優に超え、恐らくは以前対峙した黒鷲獅子の体躯に匹敵する。暗灰色の鱗は陽光を返さず、曇りの日ならば空の光景と同化してしまいそうなほど。

 両腕の膜を広げ、牙を剥いて飛翔する姿はまさに獰猛そのもの。この内海沿岸がかつてグリフォンの支配下にあったことを知らない人間が見れば、あれが大空の覇者として内海沿岸に君臨することを納得するのではないか。


 ――ワイバーン。

 一般に飛竜と呼称される、比較的中位の魔物であるとされている。


「……いやしかし。でかいな、あれ」

「変な方向に進化したみたいね。ドラゴン一歩手前って言ってたからどんなものかと思ってたけど、でもあれならあくまでワイバーンの域なんじゃない?」

「サイズ的にはハイジのスヴァークに近いぞ。一体どんなもん食ったらあんなデカさになるのやら」

「食べられるものが無くなったからここまではみ出てきたんでしょ。……穴籠りし損ねたヒグマみたいね」


 思わず口をついて出た独り言にエルモが続く。ついつい冗談交じりに感想を言い合う程度に、あのワイバーンは巨大だった。

 通常、ワイバーンといえば翼を除けば乗用車程度の大きさだ。やろうと思えば騎竜にして乗り回すことも可能で、丘陵地帯では実際にそれで空を飛ぶ人間もごく少数存在するという。――ただし、この半島では常に本職のドラゴンナイトと比較されてしまうため、飛竜騎士は不人気な職業なのだとか。


 ――今回出現した、群れを成さないワイバーン。いわゆるはぐれ飛竜の討伐が今回の任務である。

 半島の火山から零れ出るように姿を現したあの飛竜は、その巨大な体躯を維持するために内海を交通する船便を襲撃し始めた。同道している護衛が持つ弓や初歩の魔法程度では、あのワイバーン離れした堅牢な鱗を通せず、被害は悪化の一途をたどる。それが今回の事件の概要である。

 内海での船の行き来が途絶えれば半島の経済への悪影響は免れない――そう判断した辺境伯は芸術都市ハインツの執政と合議の末、俺たち猟兵の出動を決定した。


 ……下手をすれば、この内海にあの黒んぼの二の舞が現れる可能性があるわけだ。内海は魚に限るが餌が豊富で、ここに魔物が棲みつけば飢える心配がない。繁殖でもされれば大規模な軍隊を出さなければならなくなる。そうなる前に、というやつだろう。


 ――――ギェェェエエエエアアァァ……!


「……うるさいな。なんというか、知性の欠片も窺えない鳴き声だ。ワイバーンは進化したらドラゴンになるって話らしいんだが」

「所詮はデカい蜥蜴ってことでしょ。半島から出てきたのも、餌を求めてっていうより他のドラゴンにはぶられそうになったからじゃない?」


 もっともそうなことを副官と語り合う。半島で大人しくすることができず、かといって今こうやって群れも作れずにいるところを見ると……なるほど、あれは正真正銘のはぐれ(・・・)であるようだ。

 であるならば後顧の憂いはないも同然。予定の通り狩り殺すとしよう。


「――猟兵、構えろ」


 部下たち三十人に命じて携行するクロスボウを掲げさせる。照準はもとより飛来するワイバーンだ。真鍮色の部品が陽光を跳ね返し、凶悪な輝きを放った。

 ただし、このままでは距離が遠い。クロスボウは強力だが射程は長弓に劣る。上空を行くあの飛竜に当てるには、彼我の高度差があり過ぎた。

 そのことを飛竜も理解しているのか、はたまたこちらのことなど歯牙にもかけていないのか。ワイバーンは悠然と空高く滑空し、こちらの射程外直上を通過するルートを取った。

 猟兵にこれを阻む術はない。エルモの魔弓ならばやりようもあろうが、組織としてのこの隊にあれだけ離れた敵を射る手段はなかった。


 よって、敵を下に引きずり落とす駒をここで投入する。


 ――――ケェエエエエエエエ……!


「来たか……」


 ワイバーンが現れた森のさらに南方から、甲高い鳴き声がこちらまで届いてきた。ワイバーンのものとは異なる、鼓膜をつんざくような猛々しい嘶き。

 放たれた矢のように飛翔する。力強い羽撃の音を打ち立てて、飛竜に向けて猛然と加速する二つの影は、獅子の身体に猛禽の頭部を備えていた。


 ――グリフォン。ワイバーンと並び称される天空の覇者。騎手を乗せて訓練を重ね、今年に先行して実戦配備された二体だ。他に二十頭いる鷲獅子たちは残念ながら乗り手が未熟で訓練中である。

 二頭の鷲獅子たちは編隊を組んで飛行し、前を行く飛竜に追い縋らんとさらに速度を増していった。ワイバーンもそれに気づき、引き離せないと見たのか迎え撃つために方向転換にかかろうとする。


 ……さて、ここでちょっとした比較の話をしよう。

 ワイバーンはよくグリフォンと比較されるメジャーな魔物だ。下馬評では鱗による堅牢な装甲と低威力ながら火炎のブレス、更に尻尾に毒爪を有するワイバーンの方が優勢で、物理一辺倒の癖に爪と嘴くらいしか攻撃手段のないグリフォンはやや劣るとのこと。

 単純な火力、物理的な攻撃力において、グリフォンはワイバーンに敵わない。これは覆しようのない事実である。


 ならばグリフォンとはあのワイバーンの単なる下位互換であるのか。――答えは否である。


 グリフォンは飛行能力という一点においてワイバーンを大きく凌いでいる。風を受けての滑空が主となる皮膜と異なり、猛禽の翼は加速に減速急旋回となんでもござれ。柔軟な運動性と加速力が彼らの持ち味である。そもそも強みとするべきものが鷲獅子と飛竜では異なるのだ。いうなれば戦闘機と爆撃機の違いのようなものだろう。

 では、飛行に優れた鷲獅子が飛竜に相対し、足りない火力を補うためにはどうすればいいのか。

 その一つの答えが、今まさに目の前を飛んでいる。


「クェェェッ!」

「し――――ッ!」


 滞空し迎撃のため飛竜が口から放ったブレスを二頭は散開して躱した。片割れの褐色のグリフォンはやや上向きに舵を取り、先頭を飛んでいた黒いグリフォンは降下気味に。

 褐色は飛竜の視界のやや上を塞ぐように翼を広げ、今にも急降下して襲いかかろうと前肢の爪を振り上げた。応戦するように飛竜も大口を開けて牙を剥き――


「ぉぉぉぉおおおおらぁああああああッ!」


 気勢も露わに褐色の鷲獅子の肩越しに投擲された一本の投槍に、肩の付け根を串刺しにされた。


「ゴォァ……!?」


 意表をついて撃ち込まれた一撃にワイバーンが怯んだ。その隙を見逃さず褐色が再度加速して離脱する。視界を掠めて通り過ぎ、見せつけるように背中を晒して逃走する鷲獅子が癪に障ったのか。ワイバーンは再度ブレスを放とうと口内に魔力を充填し――


「イィィィィィィッッヤッホォォォォォオオオオオウ!」


 横合いから突如出現した黒い鷲獅子、その騎手に、手に持った盾で鼻面をぶん殴られた。


「おらおらおらぁっ! たまんねえな空ってのは……!」


 ――『鋼角の鹿』団長、『鉄壁』のイアン。

 三十路の半ばを過ぎてなお有り余る活力で先頭を切り、特に盾の扱いは団内一を誇る。そんな彼のシールドバッシュをまともに受ければ、いかな堅牢な装甲を誇るワイバーンでもただでは済まない。

 顎先を掠めるように撃ち込まれた盾の衝撃は、飛竜の脳を強烈に揺さぶった。たまらず飛竜は失神し、なす術もなく上空から墜落し――――すんでのところで持ち直した。

 空中で羽ばたき態勢を整えた飛竜は苛立たしげに咆哮を上げる。


「――――は」


 ……敵ながら見事。あれだけまともに顎を殴られて完全に気絶せず、まして顎が外れた様子すら見せないとは。俺ならまず間違いなく地面にクレーターを作っていることだろう。

 腐っても特殊個体。半島が窮屈で飛び出してきたというのは伊達ではないということか。


 ――だがしかし。だがしかし、だ。

 既に鷲獅子は目的を達した。彼らの作戦目標は飛竜の打倒ではない(・・・・)

 投槍も盾の縁も、生半可な空の魔物を屠るに充分な代物。――しかし、今回の締めの一撃はこれでは済まない。


 見るがいい、はぐれの飛竜。その節穴にも映っているはずだ。

 何しろ先ほどと比べて随分と高度が下がっている(・・・・・・・・・)。お前に照準を合わせている三十の弩弓が、今か今かと撃発を待っているのだから。


「――射程内だ。猟兵、斉射……ッ!」

「――――――ッ!?」


 悲鳴を上げる暇があったのかどうか。

 一斉に放たれた無数のボルトが、飛竜の身体を次々に串刺しにした。



   ●



 墜落し絶命したワイバーンの状態を確認したとき、奇妙なものを見た。きょうびこの大陸で見る機会の少ないはずの、場違いな代物である。

 ワイバーンの死骸を貫く、一振りの凶器があった。左脇の下の装甲の薄い部分を正確に捉え、内臓を傷つけて身体を突き抜けている。

 緑色の表面、直線的なフォルム、所々にある白い節。棒状の外見で、先端を斜めに切り落として鋭く尖らせ、火で炙って焼き締めて強度を上げている。


 日本人ならば見間違えようのない物体。内ゲバ起こす左翼団体が掲げる角材のごとく馴染みのある凶器。どうしてそこにあるのか理解できない異物。


「…………なぜに、竹槍……?」


 タグロ君、お前何使って飛竜落とそうとしたの。

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