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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
のたうつ偏食家
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お買い得セットによくあるお得じゃない感

 ……なんというか、酷い夢を見た。

 最後の方のインパクトが強すぎて全体などほとんど覚えてないが、とにかく酷い夢を見たというげっそりとした感覚だけは覚えている。

 ……というかあれは本当にどうにかしてほしい。あの豆腐狂いは隙あらば店のメニューに豆乳をぶち込んで新メニューとして売り込もうとし、機会あらば冷蔵庫の牛乳を豆乳にすり替えようと画策しているのだ。見つけるたびに元に戻す人間の身にもなって貰いたいものである。

 あの悪癖さえなければ大会出場経験もあるほどの真っ当なバリスタだというのに、あれのせいでうちには物好きな客しか寄り付かない。納豆巾着の煮物に合うコーヒーを大真面目に研究してる所を見たときは本気で見捨てようかと思ったほどである。

 大体あのクソ上司は――――いや、やめよう。今は仕事の時間だ。


 軽く頭を振って雑念を追い払う。……どうにもあれから注意力が散漫でよろしくない。


「――さて、配置は完了したか?」

「ええ、全員クロスボウも装填済み。いつでも行けるわよ」


 念のための確認に副官のエルモが答えた。このところ冷え込みもきつくなり、綿の詰まった上着が首元まで覆っている。これがモリゾーになるまであとひと月半である。

 目の前の開けた平原には猟兵が横陣を組んで控えていた。彼らが携えるクロスボウは手入れが行き届き、真鍮色の滑車が陽光を照り返していた。

 傍らには例によって例のごとく白狼が蹲っている。周囲の喧騒など我関せずと丸くなり、雪のような体毛は微かに光を放っていた。


 ――ここは芸術都市の南東、内海沿いの大街道。グリフォンが駆逐され開拓可能になり、数年前から興った村の近く。

 俺たち猟兵は芸術都市の執政からの依頼を受けて、魔物退治の遠征を行いにやってきた。


「……とはいえ、今回は別に走ったり隠れたりする必要が無いのよね。開けた場所で待ち構えるだけって、結構暇なんだけど?」

「気持ちはわかる。けどまあ、楽に終わるに越したことはないだろう?」

「これが山や森なら別にいいんだけどね。すぐ目と鼻の先にゲーセンだのショッピングモールだのがそびえてる所でお預け喰らうようなものでしょ? かなりの苦行だわ」


 そう言って我が副官殿は北東に見える芸術都市を眺めやった。そういえばこいつは休日に領都まで足を延ばすことはあっても、芸術都市まで遠出することはあまりないのだと言っていた。それを考えればこれはある意味旅行のようなものといえなくもないのか。

 作戦前にあの都市で一泊した時も、自由時間になった途端に繁華街に繰り出していったっけ。


 ……いや、ちょっと待て。


「……今度は、変なもん買ってないだろうな?」

「はあ? あんたこそ何言ってるのよ?」


 不吉な予感を抑えきれずに問いかけると、エルフは鼻で笑って手をぱたぱたと振ってみせた。


「毎回毎回騙されて変な物買わされてる私だけどね、そう何度もやられっぱなしってわけじゃないの。衝動買いじゃない堅実な資産運用って奴だってできるんだから」

「資産、運用……?」


 あれ、おかしいな? 何だか話がきな臭くなってきたぞ?


 俺の戸惑いを知ってか知らずか、副官のエルフはインベントリからとあるものを取り出し、鼻も高々に胸を張ってみせた。


「―――ほら見てこのカボチャ! 表面の柄が顔に見えて不気味だけどずっしりしてておいしそうでしょ? 冬が旬だっていうから買い占めちゃった。これを半島で売れば丸儲け間違いな――」

「この現代っ子め! 南瓜は夏野菜だ、氷点下以下の半島の氷室で保存なんてできるか!」

「ばっ……!?」


 南瓜の保管に適しているのは風通しのいい十度前後の暗室である。ひと月もすれば降雪のシーズンである半島にそんなものを保管できる場所はない。早朝になれば霜が降りて台無しになることは想像に難くなかった。

 田舎の人間からすれば割と常識な知識もこいつにとってはまったくの想定外であったらしく、馬鹿エルフは愕然と口を開いてうわずった声で悲鳴を上げた。


「ど……どうしよう!? コンテナ入りで大量に買ってインベントリがいっぱいなのに!?」

「知るかっ! てめえで食って片付けろ! あと次の仕事までにインベントリ空けておかなかったら減俸だからな!」

「セット価格で二割引って言われたら大人買い一択でしょうがっ! ――ねえコーラル、身内価格でいいから二十個くらい買ってくれない!?」

「金取る気かよ……」

「はした金でも売らないと冬が越せないのよ! 今回の仕事の前金はカボチャのせいですっからかんだし、成功報酬は薪やら防寒具やらで使い道が決まってるんだから!」


 お、おう……。


 思わずドン引きするほど必死な形相で懇願するエルモ。というか冬越しの準備がまだできてないのかこいつは。普通秋の半ばにもなったらいろいろ買い揃えておくものなんだが。

 これもまた生きる知恵に疎い現代人の弊害か。あるいは宵越しの金を持たぬ江戸っ子気質の為せる業か……あぁ駄目だ、良い話っぽく纏めようとしたけどまるでお話になりゃしねえ。


「……とにかく、今は仕事だ。くだんの獲物が話通りなら、仕留めようによれば追加報酬もありえなくない。精々MVPが取れるよう――――む」

「オン!」


 威勢のいい吼え声が俺の言葉を遮った。見れば足元に寝そべっていた白狼がのっそりと立ち上がり、物言いたげな視線でじっとこちらを見つめてきた。

 何があったのかと不審に思い――数拍おいて俺もそれに気づいた。


「……なるほど、近いのか。確かに匂ってくる」

「……あんたのそれ、やっぱりおかしくない? 匂いで獲物見つけるとかますます人外じみてきたんだけど?」

「別に俺が鼻を鍛えてるわけじゃない。単にこの鎧の効果だって言ってるだろう」

「そのうち変身機能まで付いたりしないわよね……?」


 副官の野暮な突っ込みなど無視です無視。大体この鎧の効果だっていいことばかりではないのだ。単純に嗅覚を強化する分、悪臭にはとても弱くなった。野郎の体臭が籠った場所では頭痛がするし、腐れトマトに触った時は卒倒しかけた。この格好であれの群生地には近寄れないと確信している。

 ……とはいえ、これを外したら毒が回って動きが鈍る。痛し痒しとはこのことか。


 ――そんなことをやり合っていると、近くにいた小隊長が声を上げた。


「……隊長」

「ああ。噂をすれば、か」


 南の森がわずかにざわめく。ばたばたと音を立てて小鳥の群れが一斉に飛び立った。

 聞けばわかる。見れば判ぜられる。――勢子は上手い具合に仕事をしたらしい。


 猟兵が待ち構える内海沿岸の平原に向け、ついにそれは姿を現した。

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