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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
のたうつ偏食家
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淫婦の策動

 パチン、とザムザールが指を鳴らすと、それまでバアルを抑え込んでいた闇色の球体が跡形もなく消え失せた。同時に身体中を襲っていた激痛も引いていく。

 身を起こしたバアルを尻目に、ザムザールは片腕を上げておどけてみせた。


「いけませんね、カーラ。我々は同志なのです。いがみ合うのはよろしくない」

「同志? 同志ですって!? ――――ぶっ、ふふっ! ああおかしい!」


 その言葉が琴線に触れたのか、女は小馬鹿にしきった顔つきで嘲笑った。


「地上に降りてから百年近くも経ってボケたのかしら、ザムザール! あなたとアタシが手を組んだことも、そもそもアタシがあなたを認めたことも、一度だってありはしないわ! 多少力量があるからってあなたがアタシを従えられるわけがないじゃない!」

「ええ、ええ。その通りですよ、カーラ。私も貴方を従えようなどとは思っていない。しかし目的は同じはずです。ならば協力関係を築くことは難しくないはずですが」

「協力関係ぃ?」


 あくまで余裕を崩さないザムザールの言葉にカーラは目を丸くした。そしてそれはバアルにとっても同じことだった。


 ……この野郎がここまで下手に出るだと?

 いかなる時も慇懃無礼を地で行き、己こそが魔王をこの地に呼び出すのだという強烈な自負を抱えた策謀の魔族。片腕を失っても未だ付け入る隙が見つからず、バアルですら挑戦を見送ってきた男だ。

 その男がここまでへりくだるものが、この女にあるというのか。


「――――へぇ……」


 面白いものを見た、と言いたげにカーラが唇を歪めた。値踏みするような視線が黒肌の魔族に突き刺さる。


「ねえ、ザムザ。アタシ、ちょっと気になることがあるの。あなたに訊いてもいいかしら?」

「構いませんよ」


 鷹揚に応えたザムザールに、女魔族が言った。


「あなたは、この大陸でなにがしたいの?」

「魔王陛下の召喚です。あの方の絶対な暴力による蹂躙、それをこの大陸にもたらし、ありとあらゆる人類種を滅ぼすことを望んでいます」

「本当にぃ?」


 カーラの笑みがますます深まった。


「……偽りを述べたつもりはありませんが」

「いいえぇ、あなたは嘘をついてるわ。だってあの脳筋魔族(・・・・)のザムザちゃんよ? 散々暴れ回って人間を殺した結果大きな門が開いてしまうならまだしも、初めからあの方の召喚が目的だなんて信じられない! いざというときの魔王様頼りだなんて、それこそあなたらしくないわ!」

「脳筋……?」


 初めて聞く単語に思わずバアルが声を漏らした。……この男が脳筋だと? 今まで頑ななほどに姿を見せず裏方に徹してきた男が?

 バアルの困惑をよそに女は囃し立てるように問いかける。


「ねえねえ! 答えてよザムザちゃん! 大陸の人間ごときあなた一人で皆殺しにできるんでしょう! 思いとどまった理由はなに? 欠片もない魔王様への忠誠心? そんな退屈な寝言なんかより、アタシはあなたの本心が聞きたいわ!」

「…………」


 ザムザールは無言だった。口元に浮かべた穏やかな笑みは微動だにせず、カーラの言い分を大人しく聞いているようにも見える。

 ――しかし、その眼は。

 縦に裂けた紅い瞳孔は、射殺せんばかりの殺気を伴って虚空の何かを見つめていた。


「――――――復讐を」


 外套の魔族が言う。穏やかな口調で、何でもないことのように。


「……あぁ、その通り。あなたの言う通りですよ、カーラ。今の私に、魔族としての崇高な使命などありはしない。人間ごときも、そして陛下すら、我が眼中にありません。あるのはただの私心、妄執以外持ち合わせていないとすら言い切れます。

 なぜなら――――そう、当たり前のこと。私が降り立ったあの事件ですら、魔族の策謀によるものではなかった。まったくの偶然、人間どもの愚かさゆえに発生した屍から門が開いたのです。

 人間は自滅の道をいく。わざわざそのために本腰を入れるまでもない。ゆえに陛下をお呼びするのは魔族としての使命でなく、我が目的を達するのに最も効果的と判断したためです。

 全ては我が復讐のため。あの忌々しい蛮剣と、その後継者への意趣返しのため。

 ――百年前に私を阻み、今もなお立ち塞がろうとするあの紅銀への復讐こそが、私の望みです」


 ……穏やかな、だと?

 何を馬鹿な。これは憎悪の果てに凝り固まって動かなくなった石仮面だ。

 自らの持つ全てを擲って他者を撃ち殺そうとする、狂人の微笑だ。


 まるで、鉄を溶かして煮えたぎらせたような。

 今まで他人に見せたことのない激甚な感情を曝け出し、ザムザールはその本心を吐露した。


「――――くふ」


 それを聞いてこの女は――――何を思ったのか、盛大に笑い出した。


「くふふふうふうふははははははっ! アハハハハハハハァ! ――ああ! 可笑しい! 可笑しいわよザムザ!」

「……さて、どの辺りがでしょうか」


 女魔族の哄笑を受けても、ザムザールの微笑は揺るぎもしなかった。泰然と岩のように佇み、カーラの狂乱を見届けている。


「どの辺りって、どの辺りもよ(・・・・・・)! 話したときから思ってたけど、それを聞いてようやくわかったわ! ――――あなた、一度死んでる(・・・・・・)わね?」

「――――――」

「あぁ?」


 ……今、この女は何と言った?


 意味の理解できない発言に戸惑うばかりのバアルを置き去りに、カーラは喜色を満面に浮かべて笑い転げた。


「やっぱり! ああやっぱりぃ! おかしいと思ったもの! だってあなた、何も覚えてない(・・・・・・・)じゃない! こんなバグが本当にあるだなんて! 六百年続いたシステムがここにきて綻ぶだなんて! ……魔族が何なのか、魔王が何なのか! 人間と敵対する理由だって忘れて、それでも復讐心だけで生き永らえてる! 素敵よ! とても滑稽で素敵だわあ!」

「興味がありませんね、そのようなこと。――それで、カーラ?」

「ええ! 気に入ったわ。アタシはあなた、魔族ザムザールの末路に興味があります。それを間近で見るために協力は厭わないわ」


 目の端から涙を浮かべつつ狂笑の余韻から立ち直ったカーラは、つんと澄ました顔で一礼してみせた。貴族の令嬢か何かを思い起こさせるほど堂に入った礼に、ザムザールが隻腕を胸に当てて答礼する。

 その光景に、バアルは言いようもない不快感が込み上げてくるのを感じていた。


「じゃあ、手始めになにから手をつけましょうか! せっかくアタシの力を見せつける機会ですもの、ここは一発大きな花火を打ち上げたいわねぇ!」


 ――――たとえば、そう。

 序幕に景気よく、国を一つ滅ぼしてみましょうか

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