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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
闇に踊る護り手
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赤き賢人

『――まずは(なれ)を称えよう、定命のものよ。よくぞ彼の童を護り通した』

「――――」


 キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!


 ……こんな時、どんな顔をすればいいのでしょうか。

 必死こいて暗殺者と斬った張ったを演じ切り、トドメとばかりに屋上から投げ飛ばしたら横合いからビームがぶっ飛んできて獲物を横取りされたでござる。何あれほんとにブレス? バーニングスパイラル? そういやメルトダウン起こしそうな体色してるわあいつ。

 突然やってきた下手人は悠然とハスカール直上を飛行し、俺の目と鼻の先の大通りに着陸した。物静かにこちらを見る視線に敵意は見受けられない。


 しかし、その外見が大問題だ。

 一戸建ての家屋を軽く上回る巨体、蝙蝠や翼竜を思わせる広大な翼、頭部から突き出た角は鹿のように雄々しく伸びる。屋久杉の幹並に逞しい四肢。硬質な光沢を放つ赤い鱗はさながら紅玉のようだった。


 ――赤竜ラース。半島のドラゴンを統べる古竜。

 コロンビア半島初代辺境伯と契約を交わし、第五紀のルフト王朝の覇業を決定づけた存在。


 ……で、なんでそんなもんがこんな所にいて、あまつさえ人語を語ってるんでしょうかねぇ? あまりにもあんまりなことに頭の中が真っ白になったんですが。


「……夢かな、これは」


 こうなったら現実逃避の一択である。

 考えてみれば当然の話だ。ドラゴンが人間の言葉を喋るわけがない。現にうちの灰色だって喋ったことなぞ見たこともないし、アーデルハイトのサラマンダーだってシューシューちろちろ舌を出す程度である。

 そもそも蜥蜴の口の構造からして言語を発せられるのかも怪しいのだ。話せるとしてもそれこそリザードマンのような独自言語になるのが道理ではあるまいか。


『――ふむ、混乱しているようだな、戦乙女の後継者よ』


 あーあー、聞こえない。あれの口の中から響くくぐもった声なんて聞こえません。つーか人様のことをなんて呼びやがったあの赤蜥蜴は。

 聞き逃せない単語に思わずドラゴンを直視する。縦に裂けた金色の瞳孔と目が合った。


「……戦乙女?」

『いかにも。汝の纏うランドグリーズの銀装。それは我にとって馴染みの深いものゆえに』


 言って、赤竜は野太い声で喉を震わせた。


『戦乙女との邂逅は百年ぶりとなる。目覚めの秋にあらず、微睡みの中での会合ではあったが――あの燃えるような紅い髪は、記憶に焼きつくほど鮮烈であった』


 先代のことだろうか。というか、先代って女だったのか。手紙の語り口からして野郎っぽさが滲み出てたから男だとばかり思っていた。――いやしかし、長老の昔話から窺うに男っぽい感じがしたんだが。


 深まる謎に首を傾げるばかりの俺に、赤竜は続ける。


『胴鎧の修復が不全である。察するに、彼奴の洗礼を受けぬまま銀装を受け継いだのであろう。男の身で身に着けられたのはその損傷による誤作動か。あるいは…………ふむ、≪えべっさん≫――海蛇の祝福によるものか。それとも……』

「海蛇?」

『失言である、流せ』


 真面目に答える気がないらしい。歳食った秘密主義のお偉方はこれだから。

 話題の中心にいるはずなのに置いてきぼりを食らうのは気分がよろしくない。内心の苛立ちを隠しきれなくなってきた。


「――失礼だが、話は以上だろうか。こちらは貴方が契約を交わした子供を護衛中で、俺自身も正直なところ倒れそうなほど疲労している。世間話がしたいなら――っ」


 内臓が掻き混ぜられる感覚。背中から手を突っ込んで肺を絞られるような嘔吐感。

 たまらず血の塊を吐瀉する。力の抜けた脚が膝をつき、肩で息をして酸素を取り込んだ。


 ……身動きができない。半開きにした口からぜいぜいと掠れた呼吸を漏らすだけで、みるみる体力が奪われていくのがわかる。

 足元にぶちまけた血は笑えるほど鮮やかな色をしていて、肺からの出血であることが察せられた。


『毒を受けたか。黒炎狼の加護のみでは辛かろう。――しばし待て』

「ぁ……?」


 何事かを呟いた赤竜が、突然その鼻面をずいと近づけてきた。人間の胴体を三つもまとめたような太さの頭部。ぞろりと並んだ牙は一本一本が小太刀に使えそうなほど。鼻から吹きつける息が生臭い。

 ――と、その時のことだ。

 吹き付けられる息が、不可解な熱を持った。

 喉奥から吐き出される息吹は赤い燐光を帯び、膝立ちに立ち尽くす俺に纏わりつく。そして、


「これは……」


 身体が軽い。幾分か呼吸が楽になった気がする。特に背中の奥をじくじくと刺す痛みが随分と和らいでいた。


『――完全な解毒には至らぬ。我らドラゴンには無用の術であるがゆえに』


 言葉を失った俺に赤竜は言った。言葉を発するごとに吐き出す息が胸元にぶち当たって転げそうになる。


「その……感謝します、赤竜ラース」

『礼には及ばぬ。かの蛮剣には縁故がある。その後継者に便宜を図るなど当然のこと。しかし――』


 ごろごろと雷鳴のような喉音。……これは、笑っているのか。


『戦いのさまを見た。幾分荒いが、汝まで二刀を使うとはな。プレイヤー同士に面識はないはずだが、奇妙な符合よ』

「二刀?」

『然り。野蛮なる双剣、紅髪の二刀剣士。……由来を聞いたときは笑ったものよ。いくら西洋に二刀流の偉人がいないからとはいえ、野蛮人の名を名乗るとは』

「――ラース。あなたは……」

『時機ではない。いまだ語る時機ではないのだ、ランドグリーズの戦乙女よ。時が来れば明かす日も来よう。その時こそ、あの者が仕留めきれなんだ謀略の魔族に引導を渡すとき』


 誰のことだ。何の話だ。

 謎めいた言い回しは癪に障る。いい加減にしてほしい。

 かといって恩人に食って掛かるのは人間として色々とアレ過ぎる。どうすればいいのやら。


 ……そんなこんなを考えていたら、だんだんと辺りが暗くなってきた。

 とっくに夜なのだからこれ以上暗くなるはずもないのだが。――いや、これは……


『力尽きるか。今は体を休めよ。――盾を砕く者よ、虚飾を剥ぐ者よ、覚悟せよ。彼の者の蠢動は留まる事を知らぬ。あれは百年前の亡骸。己のなすことの意味すら見失いかけている。蛮剣の使命を遂げるのは汝の役割である――』


 ……あ、やばい。


 赤竜の台詞など、途中から意識の外だ。

 唐突に襲い掛かってきた眠気に抗えず、俺の意識は急速に闇に落ちていった。

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