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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
寒村に潜む狩人
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山賊は筋骨隆々という無根拠な風潮

≪経験の蓄積により、『隠密』レベルが上昇しました≫

≪スキルレベルの上昇により、敏捷値が上昇しました≫


 皆さんこんにちは。突然ですがアンケートです。

 皆さんの思う中で、山賊とはどのような位置づけにありますか?


 思いつく限り列挙してみよう。序盤の雑魚。高攻撃紙防御。ならず者の集まり。樵と猟師の合いの子。簡単に仲間割れを起こして自滅する。アル中あるいは薬中。中ボスあたりに使いつぶされる便利屋。たまに洗脳されてたりもする。婆さんの財布みたいに腹をビリビリに―――ゲフンゲフン。

 山賊という響きからしていかにもワキガくさい雰囲気がする。数あるファンタジー作品でも山賊が出てくるものはそれなりにあるが、彼らが義賊的立ち位置にいるのはごく稀だ。多くの場合鎮圧側の力量を示す噛ませ犬となるか、目先の金目当てに悪の魔法使いの手先になっていることが多い。泡沫のように消えていくヒャッハー人生である。


 ―――さて、前置きが長くなったが本題に入ろう。

 今現在、俺の前には一人の男が背を向けて立っている。足を肩幅に広げてごそごそと腰をまさぐり―――おもむろにズボンをずり下げた。

 いわゆる立ちションの光景。昼間から酒を飲んで上機嫌なのか、鼻歌なんぞ口ずさんでいる。

 腰のベルトには手斧を挟み、キルトの服は各所に毛皮を縫い付けて強度を増している。ただなめしが十分でないため腐敗臭がそこらに漂っていた。こういった野趣溢れる装備はなかなか好みなのに、もったいない。


 男から十メートルばかり離れた茂みに潜み、剥き出しの尻を眺めながら逡巡する。……この男、本当に山賊か?



 俺が彼らを見つけたのは昼下がりの頃だ。最近は猟もすこぶる好調で蓄えもそこそこ出来ている。そろそろ新たな狩場を開拓するかと下見に北方へ足を延ばしたのだ。すると街道をやや外れたところに、奇妙な野営地を見つけた。何が奇妙かってそれは……


 まず第一に、そもそもこんなところで野営するのがおかしい。街道沿いの開けたところには野営向きの場所がいくつもあるし、実際近くには、何度も使用されているのか竈や柵などが配備され、共用地のようになっているところもある。わざわざこんな奥まったところに寝泊まりしたところで、野生動物に襲われる可能性が高まるだけだ。大体、もう昼過ぎで天気もいいのだから、旅人ならさっさと道を急げというのに。


 第二に、やたらと置いてある荷物が多い。焚火やテントの規模から見て取るに、数人程度が寝泊まりしていると知れるのだが、それに比べて脇に敷いた布にぞんざいに積まれている荷物は、明らかに十人分を超えている。荷物の様相は多種多様で、同一人物が纏めたものにも思えない。


 そして第三に、テントの横に立てかけられた木製の盾。木板を並べて釘で打ち付けた程度の一文にもならなさそうな代物だが、その各部分に血痕がこびりついている。

 猟師は盾を使わない。商人もまたしかり。傭兵が稼ぐなら魔物の多いさらに北の火山付近を目指す。賞金稼ぎが山賊の噂を聞いてきたなら、もっとましな装備で来るか規模を増やす。


 ……これはひょっとすると、ひょっとするか……?


 嫌だなーと首を振る。鍛冶屋から山賊の話を振られてからまだ三日と経っていない。いくら俺の運勢が最悪だとしてもここまで易々と出くわすなんてことは……


 そうやって悶々としているうちに、野営地の主が姿を現した。人数は二人。あらかじめ身を隠していたので見つかることはなかった。一人は焚火に火をおこし始め、もう一人は用足しを告げてその場を離れた。

 襲うとしたら外れたところで踏ん張っている方だろう、と判断して後者を追ったのだが、失敗したかもしれない。

 いや、状況証拠は充分なのだが、こいつらが本当に件の山賊であるという確証が得られないままだ。万が一億が一襲ってみたはいいものの、相手が実は善良なハイカーであの蛮人ファッションは王都で人気のナウいトレンドだったりしたら目も当てられない。

 見てみるといい、あの汚いケツを。―――いややっぱり見なくていい。……とにかく、いつ何者かに襲われるかわからない無法者が、あんな無防備なさまで汚物を撒き散らすものだろうか。ずり下ろしたズボンは見事に足枷の役割を務め、猛獣が現れたら汚い餌になること必至である。


 もう引き返して村の連中に警告だけするか? いやしかし不確かな情報で混乱をもたらしても、狼少年の誹りを受けてはたまったものではない。ただでさえ新参者は肩身が狭いというのに、怪しい二人組を見たというだけで道一つを通行止めにする権限など俺にはない。


 ……結局、人心地付いた男が野営地に戻るまで、俺は手元のクロスボウを構えることも出来なかった。

 結論を先延ばしにするのは現代日本人の悪癖である。


「―――おう、戻ったぞ」

「随分長かったじゃねえか。どこでマスかいてやがった?」

「やってねえよ馬鹿野郎。酒のせいでキレが悪くなってただけだ。お前の方こそナニしてやがった。生臭えぞ」

「干し肉を炙ってたのさ。お前にはやらねえからな」

「いらねえよクソが。代わりにエールは貰っておくがよ」

「何杯飲んだくれてやがる! 次の仕入れはいつになるかわからねえんだぞ!」


 二人仲良く焚火ごしに相対しての会話。……ええと、恋人同士の痴話喧嘩ですかね? イカ臭い男同士の痴態なんぞ見たくもないんだが。

 茂みに隠れて聞き耳を立てる。そろそろ日も傾き薄暗くなってきたところだ。そうそう見つかることもあるまい。


「知るかよってんだ! こんな見張り、飲まなきゃやってられるか。今頃ボスたちはアジトで攫ってきた女どもとよろしくやってるっていうのに、俺たちはこんなところでクソ寒い思いして! かかった獲物なんてえっちらおっちら一人で歩いてきた間抜けばかりだ。ろくな稼ぎになりゃしねえ! どうせ明日交代なんだ、好きに飲ませろや!」


 そうかねえ? 単身の旅人を襲ってその成果なら、かなり儲かっている方だと思うんだが。


 爆発した男と、それに反応してテンションの上がっていく相方。今夜は賑やかになりそうだ。


 ……ともあれ言質は取れた。この二人は賊で間違いなし。見張り、ボス、アジト―――これだけ聞けば山賊のとる手口も大体推測できるというもの。

 恐らくこの二人、この野営地はむこうにある街道を見張るためのもの。そこを通った民間人を襲うのだろう。

 通行人が単身ならこの二人で充分。身ぐるみ剥いで煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。複数であったり馬車に乗っていたりするなら、一人が尾行してどこで野営するか突き止め、もう一人がアジトから仲間を連れてくる。夜中眠り込んだところをヒャッハーすればいい。実に基本的なやり口だ。

 現時点でそれなりの規模を襲って成功しているのだろう。隊商か、家族連れの行商かはわからないが。……世はまさに世紀末。攫われた女が辿る末路など知れたものだ。


 ―――さて、さっさとここを離れるとしようか。

 じりじりと後ずさる。あの二人が斥候と判明した時点で、襲撃の選択肢はほぼ消えていた。

 華のなく地味な見張り役に二人を当てて、その上交代役もいる。最悪山賊の規模は十人を超えるだろう。さすがにこの数は手に余る。変に刺激せずに消えるのがベストだ。

 俺にできる最善はこのまま村に引き返し危険を呼びかけ、長老あたりに北の街道を使わないよう掛け合って貰うくらいである。


 ……あのジジイと話すのか、嫌だなあと溜息をつく。何だか最近、あの老人が変な目つきで俺を睨んでいる気がする。見返すとにこやかな好々爺と化すのだが、どうにも苦手だ。


 ……正直その時、俺は油断していた。見張りからは大分離れていたし、日も暮れようとしていたからだ。

 だから後ろから迫る気配に直前まで気付かなかった。


「―――おい、お前」


 首筋に冷たい感触。

 後ろからぬっと現れた切っ先が、俺の横顔を反射している。

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