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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
闇に踊る護り手
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激流を制するものは

 ここで、皆様に悲しいお知らせがあります。

 先ほど私は暗殺者の首魁っぽい彼に対し、「奥義で葬る」などと宣言しました。我ながらノリノリで何を言ってるのかなぁと赤面の至りなのですが、残念ながら悲しいお知らせとはまさにそのことなのです。


 ――奥義なんてねえよ。


 大体の話だ、うちの師匠連中は使う武器に統一感が欠片もない上にアクが強すぎて参考にならない変態ばかりなのが悪い。親父はどこからか盗んできた十字槍だしお袋は肉切り包丁みたいな用途の知れない刃物使うし、上司に至っては弟子に対しては武器を選ぶなとのたまいながら最終的には斧を片手にヒャッハーする始末。どいつもこいつもフリーダムに生きやがって、後進を育てようという気があるのか。


 そんなこんなで奴らが各々の好みに従ったやり方で訓練を課すものだから、ぶっちゃけた話俺自身の習熟度はどっちつかずの中途半端に留まっている。これでは奥義会得など夢のまた夢、その上家業の方も継いでいかないとと考えると暗澹たる気分になる。

 ある日思わずそれを愚痴ったところ、お袋から超高速の拳打を頂いて胃袋の中身をひっくり返す羽目になった。曰く、どれもこれもさわり程度しか教えてないのにもう弱音を吐くとは何事か、とのこと。……これがあるからあなたの鍛錬が一番つらかったのですよ畜生。


 さて、前置きが長くなったが本題に入ろう。

 つい先ほど述べたように、俺の戦闘技術の基盤は三通りほど存在する。どれもこれも方向性の異なる技術で、構えに振り方に力の入れ具合と微妙に異なるせいで、天才でもない俺自身の腕は半人前もいいところである。

 では逆に、これまでの人生で真っ当に積み重ねられたと胸を張れるものとは何だろうか。

 三通りの基礎鍛錬、長物刃物あるいは鈍器、それらに共通して存在する根幹とは?


 ――正解は歩法。足捌きに他ならない。


 動きの起点はいつだって足から生ずる。大地を踏みしめ反発を十全に末端まで伝え、自らの持つ物理エネルギーを瞬間的に一点に向け撃ち込む。あるいは複雑かつ不規則に崩しを加え、読ませぬ動きをもって相手の呼吸を乱し幻惑する。

 そう――――俺が唯一自信をもって張り合える技術とは、つまりはなんてことのない歩き方だったのだ。


 ――――では皆々様、とくと御覧に入れましょう。たかが足運びと侮るなかれ。

 これぞ鬼一法眼が開祖せし京八流が傍一派、反閇技法が極地の運足。

 雪が舞い柳がしなり、あとに残るは吹雪がごとき血桜の霧。

 死線に墜ちる首一つ。今ここに、縮地の果てを知るがいい――――!



   ●



「シ――――ッ!」

「こ、の……ッ!」


 蛇が這うように距離を詰める。四間の距離を一息で潰し、彼の脇をすり抜け死角にて急制動。鋭角に切り返した切っ先を背中に撃ち込んだ。――――外される。

 背中に目でもついてるのかと思える挙動。弧を描いた曲刀が牙刀を弾いた。

 しかしそこで終わらない。振り向きざまの無理な態勢で剣勢は崩れている。加えてこの密着した間合いはこちらに優位。二刀に握った短刀による連撃を一気呵成に畳みかけた。


「――――ッ!」

「く……!」


 ひと息に都合七合。それだけの数打ち合った。がりがりと削り合う鋼鉄と牙、両者の狭間で火花が散る。鉄粉か、あるいは牙の粉か。どちらが削れて燃えているのか判断はつかない。


「お、オォオオオオオッ!」

「――――っ」


 裂帛の気合、上段から振り下ろされる曲刀。牙刀を交差して受け止める。そのまま鍔迫り合いにもつれ込んだ。渾身の力で押し圧し合い、刃同士がぎしぎしと軋みを上げる。


 ……込み上げる嘔吐感を抑え込む。虚脱しそうになる膝に鞭を入れて地を踏みしめた。

 耳鳴りがひどい。一瞬視界が暗くなったのを誤魔化して目を見開くと、思いのほか近くに相手の顔があるのに少し驚いた。


 ――――それを感づいたのだろう。目前で目を怒らせた暗殺者は歯を剥いて怒号を上げる。


「やはりか! 貴様、毒などまるで癒えていまい! その体で俺を葬るだと? 笑わせる、半死人は大人しく斃れていろ……!」

「ふん……」


 聞こえん。耳を貸す義理もない。それよりも鍔迫り合う己の得物のことが気になった。

 牙刀が僅かに刃が毀れている。対して男の曲刀は傷一つない。……大した刀工の作らしい。このまま打ち合うのはやや不利か。


「――視えて(・・・)いるぞ、猟師! 貴様の容体、その死に体! 底をついたHPでどこまで足掻く!? ――あと一太刀あればそれで幕だ!」

「やれるものなら――」


 何を言ったのだろうか。悪いがよく聞こえなかった。とにかく罵倒されていることだけは理解した。理解したので――――意趣返しを一つ。


「――――やってみろ」

「な――――!?」


 牙刀を押し込む。じりじりと亀の歩みのように、しかし着実に前へ押し込んでいく。

 男から驚愕の声が上がった。……そんなに死にかけの人間に押し込まれるのが心外なのだろうか。だとすればまだまだ青いと言わざるを得ない。

 鍔迫り合っている――すなわち曲がりなりにも力は拮抗しているのだ。ならばあとは技巧の差だ。相手の呼吸を読んだ上で力の緩んだ隙に付け入ってやればいい。それに、ここから崩す工夫など――――それこそ散々叩き込まれた真髄だ。


「――――」


 仰け反った男が押し返すのを見計らって力を抜く。意表を衝かれた暗殺者がたたらを踏んだ。すれ違いざまに足を絡め、がら空きの胴体に背中からぶち当たって吹き飛ばした。


「ぐ――」


 手応えは僅かに軽かった。咄嗟に自ら後方に飛んだのだろう。彼我の距離は約四間。追撃に肉薄しようとして――直感に従い横っ飛びに飛びのく。直前まで胸のあった場所を短剣が過ぎ去っていった。

 投擲は続く。一体何本持っているのか次から次と。接近は諦めて横向きに突っ走り回避する。……あ、都合のいいところに手頃な盾を発見。


「よ……っ」


 傍らにあった飲食店の円卓を引き倒して即席の盾にした。逃げ散った一般人が残していた食事が地面に飛び散り、盛大な音を立てて食器が割れる。直後短剣が連続して食卓に突き刺さり、鈍い手応えが腕に響いた。

 間髪入れずに男の方向に円卓を蹴り飛ばし目くらましにする。飛翔する一抱えほどのカフェ用テーブル。その影に隠れて肉薄し、男が円卓を避けた隙を突こうと――


「甘い……ッ!」

「――――――ッ」


 目の前を一直線に過ぎる銀閃。唐竹に割られる円卓。開ける視界。

 曲刀にて円卓を両断した暗殺者は、俺の目前で既に上段に振りかぶっていた。


「疾ッ――!」


 視界が歪む。意識が遠のく。牙刀を握る手が汗でぬめった。

 細い外見に反しあの曲刀(シャムシール)は相当の剛刀らしい。真っ向受けては力負けはおろか頭蓋を割られる。苛烈な眼光がそれを告げている。

 渾身全てを一刀にかけるか。この状況こそが絶好機。投擲も連撃もここに至るまでの余技に過ぎないと言わんばかりに。

 好ましい姿勢だ。一徹な猛撃にて全てを切り拓く意気は、なるほどなまなかな相手など容易く両断してきたのだろう。


 ――――しかし、お前は忘れてはいないか。

 俺はまだ、手の内を全て明かしたわけではないというのに。


「――――――」


 世界が色を失う。静寂に落とされる。

 耳がいかれたか、目が狂ったか。――どうでもいい話だ。

 身体の感覚はいまだ鈍い。重い身体はまるで鉛の海を泳ぐよう。


 なるほど、海。渦を巻き波濤のうねる鉛の地獄。

 つまりは――――凪を見つけて駆ければいいのか。



   ●



 振り抜いた曲刀は空を切った。思いがけない手応えにイブラヒムは思わず瞠目する。

 そして――右脇に鋭い痛み。


「この……」


 木々の間をすり抜ける蛇のような動きで猟師が疾走し、背後へと抜けていく。すれ違いざまに撫で斬られたのだろう。

 背後を取らせまいと振り返る。しかしそこで暗殺者の命を狩ろうとしているはずの猟師の姿はなく、イブラヒムはどっと冷汗が背中を伝うのを感じた。


 ……どこに消えた。何故消えた。護るものがいるのはお前のはずだろう。

 まるで先ほどの交錯のようだ。唐突に視界から消え、こちらの死角を突いてくる不可思議な足捌き。躱せたのは奇跡に近い。

 むしろあの猟師は、いっそ我々のような戦い方を得手としていて――


「上か――――ッ!?」

「――――」


 予感か、直感か、あるいは蟲の報せともいうべきか。

 何かに導かれるようにイブラヒムは空を見上げる。

 露店の立ち並ぶ大通り。仰いだ星空は建物に区切られている。

 その星空、その中心に。


 燃え上がるような紅い外套が、秋風を受けて翻って――

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