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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
闇に踊る護り手
257/494

あの星を見ろ

「――き、きゃぁあああああああっ!」

「人殺しぃっ! 人殺しだ!」


 瞬く間に三人が殺されたさまを無関係の人間が見れば、混乱は必至だった。あれほど込み入っていた喧騒も、誰も彼もが悲鳴を上げ蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。

 混沌の坩堝と化した大通り。足元に自らが殺した死体を転がして、猟師は茫洋とした瞳のまま立ち尽くし、


「…………ごふっ」


 勢いよく喀血してみせた。


「コーラル!?」


 慌てふためいてアーデルハイトが駆け寄る。そのままゆらりと倒れそうになった身体を支えると、男は血をだらだらと口元から垂れ流しながら苦笑してみせる。


「いやはや、なんとも……締まらない」

「馬鹿なことを。そんな身体で無茶をし過ぎです……!」

「いやいや、これでも多少は調子が良くなったんだがねぇ」


 半死人がうわごとを呟いているが、それどころではない。窮地を凌いだことを喜べばいいのか、警護対象が二人に増えたことを嘆けばいいのか。

 あまりのことに頭痛を覚えながらアーデルハイトは猟師の腕を取って肩に回す。……その時、背中に寄せた手が奇妙な手触りを捉えた。


「これは……」


 見れば、猟師の装いがいつもと微妙に異なっていた。銀の額当て、篭手とブーツ、そして正装用の紅い外套。そこまでは変わらない。ただ、胸に装着している革鎧――先日までは白頭の鷲獅子のそれを着こんでいたのが一新されている。

 ――赤黒い、毛皮の鎧。

 下地に他の革を重ねているのか、指先を毛並みに沈めると根元では硬い感触が返ってくる。鎧自身が熱を発しているのか、不思議と暖かかった。


「――あぁ、この鎧か」


 何でもないことのように猟師は言った。


「鑑定を弾くから仕組みは分からないんだが、これを着てると調子が良くてな。毒が和らぐ気がする。……まぁ、そう悪いものでもあるまい」

「……呪いの品ではないのですね?」

「まさか。あいつが俺を呪うものかよ」


 鎧をまるで知人か何かのように語る猟師は、何を思ったのかくつくつと笑って見せた。


「……コーラル?」

「いやなに。我ながら絶不調極まったな、と。手足は痺れるし目は霞む、頭は痛いし耳鳴りも酷い。このままいったらトリップするあまり得体のしれない変なものと接続するかもしれんぞ」

「笑えない冗談だ。いいからもう休んでください……!」

「いやいや、そうはいかない」


 アーデルハイトの苦情をどこ吹く風と受け流し、猟師はついと視線を転じた。向く先は呆然と彼を眺めていた赤髪の少女。目の合ったアリシアは何を言われるのかとびくりと肩を震わせた。


「あ、あのっ、その……コーラル……?」

「ふむ――――」


 男はその何を考えているのかわからない茫とした瞳で少女をしばし見つめたあと、軽く頷いて鼻を鳴らした。手に持つ短刀が青白い粒子となって霧散する。静かな足取りで歩み寄る猟師に、アリシアは思わず目を瞑って、


「――――意気はよし。今回は地力が足りなかったな」


 ぐりぐりと頭をかき混ぜられて、思わず呆然としてしまった。


「え……?」

「お仕置きはあとにしよう。無かったことにはしないから覚悟するように、お嬢(・・)?」

「コーラル……」

「うん? ――――ふん。さぁさぁ、あっち行きな」


 それまでは曲がりなりにも取り繕っていた敬語を取り払っていた。それが何を意味するのか、今一つ意図の読めないアーデルハイトが声をかけると、男はおどけた様子で少女の背中を彼女に向けて押しやる。


「なぁアーデルハイト。そこからできるだけ動くなよ」

「は――?」

「ちょっと邪魔だ。何しろ今から――――オブジェ(・・・・)を作る」


 青白い閃光。展開されるインベントリ。猟師が手元に引き出した得物は身の丈を超す黒槍だった。

 カン、と小気味よく石突きを地面に打ちつけ、皮肉げな笑みを浮かべた猟師は仰け反るように空を仰いで、


「現代アート――――『メフメト二世の撤退』」


 今まさに建物の屋上から飛び降り、短刀片手に彼目がけて落下しようとする暗殺者に笑いかけた。


「な――――ガァッ!?」


 暗殺者が驚愕に目を見開くがもう遅い。すでに飛び降り重力に従って落下する男に軌道を変える術はない。目の前には立てかけた槍の穂先がみるみる迫り――

 ずぶり、と音を立てて黒槍を腹に突き刺し、暗殺者は苦悶の呻き声を上げた。

 絵に描いたような串刺しだった。手が宙を掻き足が泳ぐ。めりめりと柄が腹に食い込んでいく。


「なぁ、ぜ……!?」

「気付かないわけがないだろう。お前、そんな臭い(・・)を垂れ流して隠れたつもりになってたのか?」


 暗殺者の今際の際に出た疑問に、猟師は当然のことのように答えた。


「甘ったるい、頭の芯が痺れる感じ。……知ってるぞ、ついさっき思い出した。よりにもよって護摩(ごま)とは。ずいぶんいい趣味をしている」

「――――」


 その言葉が届いたかどうかはわからない。手足をだらりと垂らし、長槍に串刺しになった暗殺者は絶命していた。

 暗殺者に息の根がないことを確認した猟師は、僅かに目を細めて槍を手放す。どさりと倒れる死体を一顧だにせず、手にかかった血糊を拭うさまは不自然なほど酷薄に見えた。


 猟師が言った。誰に向けているのかわからない方向に向けて、唐突に。


「――まあ、つまりはそういうワケだ。かくれんぼに意味はないぞ、親玉(・・)

「…………よもや、臭いで感づかれようとは」

「な……!?」


 突然現れたその男にアーデルハイトが驚愕の声を上げる。……一体いつからそこにいたのか。周囲の人影はことごとく逃げ散り、隠れられる物陰などないというのに。

 まるで目の前の猟師を思わせる隠密の使い手。――否、男を見る猟師の視線に一切の油断がない所から見て、ともすれば上回るほどの。


 白い装束に身を包み、フードで顔を隠した長身の男。暗がりから炯々と光る鷹のような目が、真っ直ぐに猟師を睨みつけている。

 対して猟師は悠然としたものだった。


「狩りの基本だろう? 風向きをよく見ておけ。そうでないとこんな風に、鼻が利く相手に出し抜かれる羽目になる」

「戯言を。確かに護摩の煙は我々に染みつくが、人間に嗅ぎ取れるものではない。……貴様、本当に人間か?」

「さて。最近はそれにも確信が持てないものでね」


 冷やかすような口調。まともに応える気はないと言外に示す猟師に、男は鋭く目を細める。おもむろに腰から曲刀を引き抜き、納得した表情で言った。


「――なるほど、貴様が我々の壁か。そこの標的に辿り着くには、どうあっても貴様を排除しなければならない。……提婆はある意味慧眼だった。意図せず事の本質を捉えていたのだから」

「退く気はない、と?」

「無論のこと。退路は既に断っている。帰還は貴様らの首を持っての凱旋以外にありえない」

「……たわけめ。やはりお前たちは二流だ。見栄だの恥だの誇りだの、結果以外のものに囚われている。暗殺師としては失格だよ。…………俺のように」


 最後は誰にも聞こえないような声で呟き、猟師は手元に青い光を灯した。改めて握るのは象牙色の短刀。いまだ血の滴る切っ先を軽く振り、猟師は半身になって息をつく。


「さて、引導を渡してやる。

 ――――せめて奥義で葬ろう」

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