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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
闇に踊る護り手
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竜騎士心得

「アーデルハイト、アーデルハイト……!」

「姫様……?」


 必死の様相でしがみついてきた主人に、アーデルハイトが困惑の声を上げる。……邪険に振り払うことはできなかった。押し付けてくる顔も、腰に巻きついてくる腕も、まるで凍えたように震えている。こんな少女を、どうして無碍に扱えよう。

 何があったのかと問おうとした竜騎士の先を制して、少女が言った。


「…………人を、殺したの」

「――――」

「魔法で燃やして、それで殺したの。それで、それで……」


 出し抜けに言われた言葉に、頭の中が真っ白になった。

 首を巡らせて辺りを見渡す。……サラマンダーが吹き飛ばした裏路地のとある一点に、一抱えもある大きな炭の塊があった。

 一見すれば大きな丸太。原型など留めていない。真っ黒に炭化した表面と、途中から突き出た枝のような何か。じゅうじゅうと燻る白い煙。

 周囲を漂う肉の焦げた悪臭は、てっきりサラマンダーの火炎による戦果だと思っていたが……。


「姫様……」


 声をかけると、小さな背中がびくりと震えた。……それだけで、何が起きたのか察せられた。

 ……叶うならば、こんなことはもっと歳を重ねてから経験して欲しかった。


「姫様――――こちらを向いて」


 膝をつく。握った剣を傍らに置き、両手を少女の肩に乗せた。覗きこむように視線を合わせたアリシアの瞳は怯えたように揺れていて、それだけで自分の胸が痛むのを感じた。

 それでも――――これは伝えなければならないことだから。


「――――その恐怖を、その躊躇いを、どうかお忘れのなきよう」

「――――っ」


 彼女の瞳が大きく見開かれた。……どんな言葉をかけられると思ったのだろうか。怯むな、臆すな、勇敢に敵と戦え、などと言われると思っていたのだろうか。

 他の騎士ならばそうも言ったのかもしれない。躊躇いは死を招くと、迷うことなく敵を殺すことが正義なのだと語るものもいるだろう。


「我々竜騎士はドラゴンの力を行使する存在です。そのブレスは容易く敵を蹂躙し、人間など一瞬で焼き殺す。それが我々の持つ力なのです。ちょうどあなたが人一人を造作もなく焼き殺したように。

 しかし姫様。容易くできるからといって、それそのものの重みも知らずに軽々しい目で見れば、いずれその業は必ず己に返ってくる。待っているのは惜しまれも悼まれもしない、取るに足らない最期でしょう」


 ――たとえば、私自身の父のように。


 容易く摘み取れるからと命を軽んじるものは、そのもの自身の命すら蔑ろにしている。そんな人間を誰が重んじられようか。

 簡単に死ぬものを簡単に扱ってはならない。ごく当たり前の、かけがえのない価値観。それを見失いがちな立ち位置に彼女はいる。


 統治者が陥りがちな思考だ。確かにそれは気楽だろう、人間を物のように扱い、命を数字として計上する価値観は。なにもかもが無価値に思え、まるで己が雲上にあるかのような優越すら覚えるかもしれない。

 しかし他の誰がよくとも、竜騎士だけはその考えに染まってはならない。

 自らが纏めて焼き殺すものの価値を、その尊さを鼻で笑うものにドラゴンは心を預けない。所詮は借り物、あぶく銭のような力で全てが測れるなどと驕ったものには、相応の末路しかないのだと彼らは知っているからだ。


「ですから姫様。その震えを、その胸に降りる冷たいものを忘れないで下さい。誰かに息吹を吹きつけるときに、それだけのものを積み重ねるのだと心しなければならない。それが竜騎士というものなのですから」



   ●



「パチパチパチィ! 御大層な演説をどうもありがとう! 思いっきり身につまされるご意見で肩身が狭いぜファック!」

「貴様は――!」


 アリシアの震えがやや収まり、それを見てアーデルハイトがわずかに安心したときのことだ。

 わざわざ口真似で拍手を鳴らし、茶化すように嘲笑を浴びせてくる声に彼女は振り返った。

 アーデルハイトの背後、それまで火蜥蜴に警戒を任せていたその場所には、ひとりの貧相な背格好の男がへらへらと軽薄な笑みを浮かべて立っていた。

 そして男の足元には、


「ゲェエエエッ!?」

「サラマンダー!?」


 背中を短刀で串刺しにされ、地面に縫い付けられている彼女の召喚獣の姿があった。


「――そして後ろの蜥蜴をやる隙を与えてくれてどうもありがとう! どんなもんだよ俺だってこれくらいはやるんだって見直した!? 見直してない? ああそう……」

「――――――」


 躁鬱の気でもあるのか男はやけに饒舌だった。対し火蜥蜴は男が語る間に力尽きたのか、数度ぱくぱくと口を開け閉めしたあと金色の粒子となって霧散する。……きっと今頃、領都のロイター邸に送還されているのだろう。

 見れば男の手元は火傷で赤く爛れている。何でもない様子を装っているが、彼女の召喚獣は確かに戦果を残して逝った。


「――貴様、教団のものだな」

「イェース。ちなみに、今のところここにいる教団の構成員は俺一人。この意味わかる? そうそうつまり周りの奴らは日雇い労働者君ってワケだ。そこんところ理解してるかなキミたちさぁ!?」


 剣を拾い上げ向き直ったアーデルハイトに、男はあくまで飄々とした態度を崩さないままやけっぱちのように声を張り上げた。罵声を向ける先は竜騎士ではなく、いつの間にか逃げ腰になっていた周囲のごろつきに対して。


「わかってるよなぁ、あぁ!? 今俺がサラマンダー殺すところ見たろ!? こんな感じで逃げたら全員背中刺して殺すぞ! 聞こえてんならさっさと囲めや!」

「ひ――――くそぉっ!」

「やればいいんだろ、やればよ……!」

「楽な仕事って話じゃなかったのかよ……!?」


 悲鳴まじりの悪態をつきながらごろつきが集まってくる。手にはナイフや棍棒などがすでに握られ、退く気はないように見えた。

 男はそんな彼らの様子を見て鼻で笑い、歯を剥いて怒号を上げる。


「楽な仕事なんてもんがこの世にあるか! 金が欲しけりゃ死ぬ気で働けドサンピンどもが! 囲め囲め囲め! 囲んで襲っちまえばこっちのもんだ!」

「――――」


 もはや語る言葉はない。そう感じ取ったアーデルハイトは改めて剣を構えた。男の言葉に従いこちらを包囲してかかるごろつきたち。

 囲まれる前に突破しよう、という気にはなれなかった。魔法でもろとも焼き払えば三人は殺せるが、走り抜ける前にきっと追いつかれる。次期領主として鍛えているとはいえ、体力のできていないアリシアを連れていれば仕方のないことである。

 特にあの男。ごろつきを扇動している彼が特に得体が知れない(・・・・・・・)。こちらに気付かせずにサラマンダーを仕留めた手際といい、目を離せば最も危険だと直感が告げている。背中を見せれば何かをしてくる――そんな確信じみた予感が。


 ゆえにここで全員倒す。アリシアは守り通す。無理だとは思わない。そんな弱気は蹴り飛ばして追いやってしまえ。

 ――この程度、やり通せずしてあの人に顔向けができるか。


「来い、下郎ども」


 威圧するように火炎を手に帯び、アーデルハイトは獣のような唸り声を上げた。


「『竜がなければただの人』? ――結構。ドラゴンがいない竜騎士がどれほどのものか、身をもって教えてやる……ッ!」



『――――いい台詞ね、感動的だわ。でも、そこから動くと死ぬわよ』



 不意に届いた、聞き覚えのある声。


「――――っ」


 振り返る。

 目と鼻の先に浮かぶのは無邪気にきゃらきゃらと笑う風精霊。その小さな体から声は聞こえていた。

 そして、その半透明な身体の背後で。

 日が暮れ、代わりに辺りを照らしている月の光が、唐突に翳った(・・・・・・)


「姫様――――!」


 幼い身体を引き寄せる。何が起きても庇えるように。護れるように。

 アーデルハイトは知っている。声の主の気性を、その性格を。

 今夜だって散々発破をかけてきたあの女は、仕掛けてくる無茶振りも時に猟師以上。

 すなわち――


「なん――ば……!?」


 ごろつきの一人が気付いたが、もはや遅い。

 直後、ハスカールの一角にある裏路地に、五百を超える矢の雨が瀑布のような勢いで降り注いだ。

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