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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
闇に踊る護り手
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幼女出現注意

あけましておめでとうございます。

今年もまた、よろしくお願いいたします。

 勇んで飛び出してみたものの、当てがあるわけでもないのなら結果は迷子の一択である。ハスカールの地理に詳しくないアリシア・ミューゼルとなれば、その結果も当然といえた。


「む、むむむむむ……」


 路地裏の暗闇と睨めっこ。眼力を籠めて迫力を出すが踏み出す勇気はない。十秒も見つめて何もなければ、これで勘弁してやると自己満足して引き上げる。

 争い事と縁なく育った十歳の子供に、闇に隠れる暗殺者を見つけられるはずもない。敵討ちのつもりの外出は、本人の堪え性の無さもあって早々に路地裏冒険記となった。


 できたばかりの都市である。建物は建っていても入居率は七割といったところだ。その分人気のない所もまだ多く、不気味で近寄りがたい場所をよく目にした。住人も都市からの援助が行き届いているため貧困に陥ることもなく、ハスカールは未だスラムを形成していない。

 日本でいう改装直後のショッピングモールのような小奇麗さと賑々しさを合わせたような、そんな雰囲気を交易都市は纏っていた。


 そんな、この大陸で生まれ育ったものには馴染みのない光景だったからだろう。

 気付けばアリシアはまるで見たことのない、人気のない路地裏に辿り着いていた。


「ここ、どこ……?」


 どうしよう、本格的に迷った。

 あの猟師がホイホイといかにも簡単に怪しい人間を見つけていたものだから、自分にも簡単にできるものだと思っていた。ところがどっこい、暗殺者なんて業種の人間が名札をつけて出歩いているはずもなく、怪しいおじさんおばさんに目をつけて後をつけていたらこの有様。ちなみに目星のマルタイは風俗店に入ろうか迷って挙動不審になっている初心なチェリーだった。


 どうして見つかってくれないのか。いっそのこともっとわかりやすい格好で潜んでくれいていたらいいのにと、八つ当たり気味な思考に暮れる。

 なんにせよ、迷子のまま見知らぬ街の探検など自殺行為であるという自覚はあった。夜も更けたし、今日はここまでと切り上げて帰還することにする。

 どこか大きな通りに出れば、大きな亀の甲羅のような盾を背負って巡回している『鋼角の鹿』の誰かが見つかるかもしれない。城までの道を聞くか、一緒に連れて行ってもらおう。

 ……ちょっと叱られるかもしれないけれど、帰れなくなるよりは数倍マシだ。


 そこまで考えて踵を返した、その時のことだ。


「あー、あー、あーあーあー! タイミング悪すぎじゃないですかねぇ! 適当に有耶無耶にして帰ったろうかってぇ時にまさかのコレですよ? まさかターゲットがのこのこ外を出歩いてぇ?」


 前方の路地、その中央。

 アリシアの行く先を塞ぐように、一人の男が佇んでいた。


 小柄な男だ。猫背気味の体格は貧相で、あまり鍛えていないように見える。腰に提げている小剣にも慣れていないのか、立ち姿は重心が崩れていた。

 背負っている大きな背負子からみて、どこかの行商人なのだろうか。それにしては足腰が不確かで、へらへらと軽薄な表情はどこか街の無鉄砲な若者を思わせた。


「最悪だろコレ! 部下とか近くにいて指示待ち状態だったんですけど? めっちゃゴーサイン出せ的な視線でこっち見てくるんですけど? これ見なかったことにして帰ったら粛清ものじゃねえか」

「あなたは……」


 一体、何者なのか。

 アリシアの問いかけに応える様子もなく、男はべらべらとまくし立てる。やけっぱちさすら漂わせた口調は、どこか狂気すら感じさせるほどだった。


「こういう時に限ってイブラヒムの旦那は居合わせてねえし? 直の戦闘員は城の方に張り込んでるし? いや一応伝令送ったけどさぁ。人手がないからって見逃しましたなんて言えねえじゃん! 適当にごろつき雇う以外にどうしろってんだ! 俺ただの歩くアイテム箱なんですけど!?

 そんなわけでこんばんはお嬢ちゃん! 最近そっちのお守を行動不能にした悪い組織の組員だよ! ところで慎重派だった上司が特攻精神に目覚め始めた場合どう諌めたらいいと思う? 俺のイチオシは丸っと無視してとんずらルートなんだけどさ!」

「――――っ」


 なんだ、このやたらとテンションの高い変人は。

 混乱するアリシアだったが、一つだけ理解できたことがあった。


「こ、コーラルに毒を持ったのはあなたなの!?」

「大正解! いや違うニアリー正解! 正確には部署違いの上司がやったことです。たとえるなら営業部が狙ってた顧客に開発部が飛び込みプレゼンかまして微妙な小口契約結びましたみたいな? いやちげえよ勝手に何やってんの俺らに任せてたらもっと大口の商品売り込んでたっての! ……そんな感じ?」


 何を言っているのかさっぱり理解できない。

 男の方も理解を得ようと思っていないのか、投げやりな仕草で肩をすくめて笑いかけた。


「そんなわけでさ――――頼むわ、ご歴々。一発盛大にやってくれや」

「――――」


 パチン、と気障な動作で指を鳴らす。すると男の背後から、数人の大柄な男たちが姿を現した。

 身なりの薄汚れたいかにもごろつきな風体は、取り締まりや救貧の行き届いたハスカールに似つかわしくない。なにより、卑屈な上目づかいに下卑た笑みが、彼らがどういったことを好んでいるのか雄弁に語っていた。

 ごろつきのうち、一際大柄な男が黄ばんだ歯を剥いて笑みを浮かべる。


「へへへっ。旦那、本当にやっちまっていいんですかい?」

「……旦那なんて大層な身分じゃねえよ。――あぁ、好きにやりな。だが楽しむのは殺してからだ。順番間違えるようじゃただじゃおかねえ。俺はあくまで三下だがよ、お前らの背中刺すなんざわけねえんだ」

「おぅおっかねえ。大丈夫ですぜ旦那ァ、なにせ金貨五枚の大仕事だ、手順を違えるなんてありゃしねえ」

「――――」


 あくまでニヤニヤと笑みを崩さないごろつきに応えず、男は鼻を鳴らして引き下がった。力仕事は部下に任せて静観する構えらしい。


 ……そうはいくか。


「…………ぇないもん」

「ああん? なんだって、嬢ちゃん? 今から鳴き声の練習たぁ殊勝じゃねえか! 安心しろって、練習なんかしなくたって勝手にいい声で鳴くようになるからよ!」

「馬鹿、おまえ殺してからやれって話だろうが!」

「そうだっけかぁ? 別に土手っ腹に穴開けてからなら生きてても関係ねえべ!」

「腹の穴にてめえの粗末なもん突っ込もうってか? そっちの方が具合がいいかもなぁ!」


 アリシアの呟きにげらげらと笑いあうごろつきたち。言っていることの半分も理解できないけれども、ただ不快なことだけは感じ取れた。

 ――侮られている。小さな子供だと、力のないか弱い小娘だと。


「……負けないもん」

「聞こえねえっつってんだろ! 人払いは済ませてんだ、誰も助けになんか来るもんか!」


 ごろつきの一人がに、やにやと笑いながら腰からナイフを引き抜いた。脅しのつもりか、痛めつける気か。無造作にアリシアに近寄り、乱暴な手つきで肩を掴もうとして、


「あなたたちなんかに、負けないもん……ッ!」

「え――――?」


 轟、と熱風とともに噴き上がった火炎に包まれ、呆気にとられた声を上げた。

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