ぼきんはほどほどに
「――次回予告ゥ! 艱難辛苦を乗り越えて敵アジトに乗り込んだミカエルとアズラク! しかしそこは敵研究者たちがおぞましい実験の果てに生み出した合成生物がひしめいていた! かつての強敵たちの能力を操る魔物に苦戦を余儀なくされるミカエルとアズラク! このまま無残に押し潰されてしまうのか!? アズラクが考え付いた打開策とは!?
次回! 聖騎士ミカエル! 『たった一つの冴えたやり方』……不屈の心が明日への道を切り開くと信じて――セイクリッドォォオオオオ!」
「ミカエルー!」
「セイクリッドーっ!」
昼日中の観劇会場、いつも通り意味不明なナレーションに、ご満悦な合の手が入る。御他聞に漏れず我々の護衛対象であるアリシア・ミューゼルも上機嫌な様子で声を張り上げた。
時はまさに世紀末、いつ誰に身を狙われるかわからない状況で、よくもまあこんな能天気に振舞えるものである。
みんなのヒーロー聖騎士ミカエルの握手会に遅れまいと走り出した少女を見送り、俺はやれやれと溜息をついた。
「……まったく、世も末だとは思わないか?」
「…………」
同意を求めたにもかかわらず、傍らのエルモは黙りこくったままだった。ここ数日で冷え込み激しく、身に着ける衣服が着実に厚みを増していくエルフは、白けきった目つきでこちらを見返してくる。
「…………なんだよ」
「このロリコン」
「藪から棒になんだ一体」
いきなりの変態呼ばわりには断固として抗議したい。こんな紳士を捕まえてロリコン扱いとは言いがかりも甚だしい。
思わず文句を申し立てた俺にエルフは鼻を鳴らして言った。
「あんたさぁ、出会う人間出会う人間未成年率多くない? 考えてみればアーデルハイトちゃんも最初に会ったときは八歳かそこらだったんでしょ? おまけにあの姫様連れてきて最初に来る場所がヒーローショーとか。随分手馴れてるわねぇ?」
「待てやこら。人をまるで幼女誘拐犯みたいに言うんじゃない。だいたい言うほど子供に縁のある生活なんかしてないだろうが」
「あーそうねぇ! 赤毛のうだつの上がらないおっさんと緑の髪の毛した女の子をよくセットで見かけるものだから、つい勘違いしちゃったかも!
つまりは若紫計画ってやつ? あんた光源氏って柄だったんだ? ぶち込む日取りは決めてるのかしらこのペド野郎」
「ええいこの暴言エルフが。何が気に入らないんだお前」
「何もかもに決まってるでしょ!?」
うがー、と歯を剥いて吼えるエルフ。げしげしと地団太を踏みながら恨みつらみを言い重ねる姿は何というか女として終わっている。
「人がぁ? 独り身で寂しい思いしてるってのにぃ? そのすぐ傍でイッチャイッチャイッチャイッチャ! 爆ぜろもげろ死ねくそリア充が!
私だってねぇ、恋がしたいのよ! ゲームの中でくらい素敵な男とめくるめく出会いがあったって罰は当たらないと思わない!? ――出会いなんてないわよクソが! 寄ってくる連中みんなしてなんか体臭きつい飲んだくればっかりだし! いったい私が何をしたのよ!?」
「そりゃお前が賭場にばっかり入り浸ってるからだ。あんな場所に白馬の王子様なんているわけがないだろうが」
お前がそんなんだから賭場の連中に姉御なんて不名誉なあだ名をつけられるんだ。反省しやがれ。
あと酒を飲むと体臭は変わるものだから博徒の体臭がきついのは仕方がない。舐める程度に済ませておけばそうでもないのだが、こいつらは場の勢いで浴びるように飲むから酷いことになるのだ。飲むほどに酔うほどにツキが回るってどんな迷信だ。
愚痴って喚いてそれでも納得がいかないのか、エルモは舌打ちを漏らしながら親の仇でも見るような目つきで周囲にガンを飛ばし始めた。……ここ小さいお友達の多いヒーローショーの会場なんだけどなぁ。
――そんな時のことである。
「――隊長、見回りが終わりました」
背後から掛けられた声に振り返る。見れば周辺の警戒を任せていた猟兵の一人が、躊躇いがちに声をかけてきたところだった。まだ歳若く二十歳にもなっていない若者で、そういえば先日直に稽古をつけていた新兵だったっけ。名前が……そうだ、ヴェイヨといったか。
「――と、悪かったな。馬鹿エルフが変に騒いだ」
「馬鹿エルフって何よ!? 喧嘩売ってるなら買ってやるから表出なさい!」
「代わりに幸福の壺でも売ってやるよ! ――で、周りの様子はどうだった?」
「は。会場にも周辺にも、弓やクロスボウの類を所持している不審者は見当たりません。ここから狙撃を目論む人間はいないかと」
ヒーローショーの劇場、その観客席はギリシャ式を模したのかすり鉢状となっている。視界は開け、観客席から向かいの観客席を鮮明に望める環境で、狙撃にはもってこいの場所だと目されていた。
今回、アリシア・ミューゼルの観劇の目的の一つは、狙撃犯の炙り出しだった。何しろ彼女が本当に暗殺を狙われているのかもわからない状況で、延々と警護のために気を張り詰めさせるのは面倒極まりない。ガセならガセ、本物なら改めて警護体制を見直すために、危険な橋を渡ってみることにしたのだ。
無論保険はかけてある。少女の両脇は俺とエルモで固めていたし、いつでも盾を取り出して守れるように警戒を続けていた。背後にはエルモが視覚を共有した風精霊を置いて三百六十度の対応を可能としている。
今だってアリシアは俺の傍を離れて劇場の方へ駆けていったが、下手人があれを狙うのは不可能だ。何しろ傍らには良い子のみんなの握手に応えている聖騎士がいる。下手な襲撃などあの出鱈目な聖剣で一欠に終わるだけだろう。
「なるほど、標的自らわざわざこんな所に来たからって警戒されたか」
「あの……本当に狙われているのでしょうか?」
「さあ? 真偽はともかく、命令とあればあの姫様を守る。それが俺たちの仕事だ」
疑わしげな新兵の言葉に肩をすくめてみせる。何事もなく時だけが過ぎる状況に気が削がれるのはよくわかるが、要人警護なんてこんなもんである。何事もなかったらなかったで儲けものとでも思わなくてはやってられない。
「ヴェイヨ、お前はもう今日はあがりでいいぞ。慣れない護衛は新入りには辛いだろう」
「いえ、しかし……」
仕事熱心なことだ。ブラック企業に搾取されてしまいそうな生真面目さである。いや今時もったいないくらいの好青年だ。
遠慮する若者に俺は重ねて言い聞かせた。
「根を詰め過ぎて次の日に疲れを残される方が困る。大人しく今日は帰っとけ。せっかくだし、聖騎士と握手でもしてから帰るか?」
「それは……」
聖騎士と握手というシチュエーションに心を引かれたのか、ヴェイヨは劇場の方向を振り向いた。ちょうど、聖騎士がアリシアとの握手に応じているところだった。
そこに、
「――――いやほんと、もったいない」
両手を頭に軽く乗せて、
「よく休め、若者。…………さようなら」
ぼきん、と音を立てて、ひと息に首の骨を圧し折った。




