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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
闇に踊る護り手
242/494

ある日の会合

 領都には歓楽街やその他商店街として栄える通りが合計で四筋ほど存在する。特に夜の街である歓楽街の賑わいは群を抜いているが、他の三筋も似たようなものだった。

 扱っている商品は服飾に革製品、金物や家具、木材など。少々値は張るものの生活に欠かせない大物が主である。

 仕入れにそれなりの資金が必要な商品を扱うだけあり、連なる商店の店構えはどれもが立派なものだった。


 しかし、生活とは布団や箪笥だけがあればそれでこなせるものではない。細々とした生活雑貨や、そもそも食べていくための食品が必要となる。そして一万を超える領都の人口を支えるには、たった四つの大通りだけではいかにも不足だ。

 そのため領都の各所には、大通りとは別に小物を扱う商人が集う辻が散在している。主に大店(おおだな)を構えられない小売商や行商が、屋台や露店を開いて身近な需要に応えているのである。

 取り扱っている商品は肉や魚、野菜といった生鮮食品であったり、お玉や火箸といった生活雑貨を主としている。こうした畏まった空気のない『露店辻』は、その実所得の高くない近隣住民が気軽に物色しに赴ける場所として、大通りに負けないほどの賑わいを見せていた。


 ――そんな中、露店辻の立ち並ぶ片隅にひっそりと佇む形で、とある露天商が黙然と胡坐をかいて座り込んでいた。

 これといった特徴のない、貧相な身体つきの男である。粗末な敷物を広げて並べた商品は、古ぼけた茶碗や得体のしれない機械、ねじくれた形状の短剣などと、どれもが大して見栄えしないものばかりで、実際に通りかかる人間は男の商品を一瞥しただけで興味を失って立ち去るほどだった。むしろこれらの商品は敷物がめくれ上がらないよう重石代わりにすることが目的のようにすら見えるほどである。

 寄りつかない客足に男も慣れきっているのかこれといって気にした様子もなく、手慰みのためかどこからともなく取り出した木笛にナイフで彫りを入れる作業に入ってしまった。

 胡乱げな目つきで男を見る通行人の視線もどこ吹く風と、敷物の片隅に置いた香炉から不思議な香りを漂わせて、男は何かを待っているかのように佇んでいた。


 ――そこに、


「――――っ」


 露店筋の人混みから、とある男がまろび出るように姿を現した。

 若い男だ。高めの身長に引き締まった身体つきで、鷹のように鋭い目つきが印象的な気配を醸し出している。フードを目深に被って詳しくは見えないものの、精悍な顔つきは若々しく三十代に届くかどうかというところだ。

 男は木笛を彫る露天商の正面に備え付けられた床几に座り込むと、意味深な目つきで露天商を睨み据えた。


「…………」

「…………」


 沈黙が二人の間にのしかかる。どちらも一言も発さず、重々しい空気のまま時間だけが過ぎていく。

 客の男は見るからに苛立った面持ちで膝を小刻みに揺すり、露天商の様子を窺っている。比べて露天商の方は落ち着き払ったもので、カリカリと木笛を削りながら奇妙な目配せを男に投げかけていた。


 その目配せを言葉にたとえるなら――ほれ早よやれ、さっさとやれ、と。


「…………けっ」


 客が躊躇いがちに口を開いた。見るからに嫌そうに眉間にしわを寄せ、今にも死にたそうな声色で、


「…………景気は、どうや」

「ぼちぼちでんな」


 対して露天商の返答は軽やかなものだった。


「……うちはあかんわ。参るでしかし」

「気張らなあかんな。負けたらあかんで」

「…………この合言葉、本当にやらなければならんのか」

「何を言うのかねぇイブラヒムの旦那は。こんなのはロマンでしょうや」


 不満を隠しきれない客を露天商がけらけらと笑い飛ばす。――そうして、その日の会合は密かに始まった。



   ●



「――やはり、漏洩元は特定できないか」

「何せモノが掲示板ですからねぇ。身分を隠して教団に入ったプレイヤーもいるでしょうし? 内部犯でなくたまたま耳に引っ掛けた善意のプレイヤーの可能性や、そもそも単なる愉快犯の可能性も入れていったらもう大変。今頃渓谷は疑心暗鬼の巣窟でしょうぜ」

「笑いごとではない。計画が露呈し警護体制が一新された。標的はハスカールに移りいつ戻るかもわかっていない。……二年がかりの下準備が徒労と化したのだぞ」

「ウチからすりゃ笑いゴトですがな。ちんまいガキを狙って導師位にいる暗殺者が右往左往。見っともない見世もんですわ」


 きひひひと笑う露天商。イブラヒムはこの掴みどころのない男が苦手だった。

 敷物に並べられた商品を物色する風を装いつつ口を動かす。


「大体ですねぇ、俺は元からこの計画には乗り気じゃなかったんだ。半島の姫様を殺してなんになるってんです? 西の騎士団長でも東の要塞の将軍でもなく、ましてや今気勢を吐いてる砂漠の女傑でもない。赤竜だか何だかよくわからねえドラゴンに気に入られたってだけの、十歳の餓鬼でしょう? 暗殺教団の名が泣きますぜ、まったく」

「言うな。老師たちが何を思ってこの依頼を受けたかなど我々の知ったことではない。俺たちはただ、敵の首を裂くだけの鋭利な刃であればいい」

「あんたがそれだから……」


 呆れ返った口調で露天商は首を振り、手元の木笛を放り捨てた。木笛が敷物の上の商品にかち当たりからりと軽快な音を立てる。


「――で、どうするんです? 領都に潜入してる連中は急には動かせませんぜ。職工の見習いやら商人の丁稚やら、中には衛兵として領城にまで入り込んでる奴もいる。こいつらを纏めてぞろぞろハスカールに送っちまったんじゃ、どんな馬鹿にだって気づかれちまう」

「…………増援を要請する」


 決断を下し、イブラヒムはその瞳を鋭く細めた。


「面が割れている可能性を考慮し、領都の潜入員は表向きの理由がない限りハスカールへ近づかせるな。むしろ今後、大々的な洗い出しがあることも考えて撤退させるべきだ。段階を踏んで引き上げさせろ」

「順番はこっちで決めさせて貰いますぜ」

「構わん」

「――で、増援といったって誰を呼ぶんです? セイタカとコンガラは要塞都市だし、六臂の連中は砂漠に潜んでる。こういう時に便利使いできる韋駄天はそろそろ帰ってくる頃だが、立て続けに厄介事押し付けるってのもなぁ……。

 あ、常々思ってるんですが、何でうちの構成員って二つ名に仏教用語使うんですかね? 中の人だって名前からしてイスラム系なのにコレなもんだから不思議で不思議で――」

「提婆を呼べ」

「――――」


 イブラヒムの言葉がよほど意外だったのか、露天商は呆気にとられた表情で黙り込んだ。


「……いいんですかい? あんた、あの人嫌いだったでしょう?」

「好みを言っていられる状況でもない。――他にも人員を二十人ばかり寄越すよう連絡しろ。潜入用と、いざというときの強襲用で十人ずつ」

「ひでえ。つまり最後は強行突破になるって?」

「可能性はある。落成式以降は隙もなくなる。この機会を逃すくらいなら、多少強引にでも斬りかかったほうがマシだ」

「あーあ、マジかよ……」

「貴様は最後まで残れ。『客人』の持つインベントリ、精々活用することだな」


 うんざりした様子の露天商を見て、イブラヒムは溜飲がわずかに下がるのを感じた。

 露天商は悪態をつきながらがっくりと肩を落とし――――唐突に、青い閃光を手元に生じさせた。

 次の瞬間、光の粒子を霧散させながら露天商の手に現れたものは、一振りの曲刀だった。


「貴様――」

「報告が遅れてましたがね、昨夜ようやく届いたんですよ、このシャムシール」


 黒革の鞘から曲刀を引き出し、露天商が嘯く。光を反射しない黒塗りの刀身に、簡素ながら精緻な装飾の施された曲刀だった。

 露天商が新たな得物をイブラヒムに突き出して言った。


「何でも二つ胴の業物だそうで。――これに恥じない活躍を、だそうっすよ」

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