護衛は必要ですか?
「――教団は光神教との関わりがある。表向きは否定しているが、教皇の側近に窓口を担当する者がいるとのもっぱらの噂だ。いわゆる公然の秘密というものだな」
そのせいか、過去の暗殺事件で光神教の不利益となるものは起きていないのだという。
彼らが自らの暗部として暗殺教団を創り上げたのか、それとも元からあった暗殺組織が信仰に帰依したのか、ようと知れない謎である。
クラウス・ドナートはその繋がりを利用し、今回の事件に探りを入れるつもりであると語った。
「幸いなことに、教皇に次ぐ権威の持ち主である聖騎士ミカエルはいまだハスカールに滞在中だ。一筆したためて貰えれば交渉を有利に進められるだろう。
彼の権威を利用して光神教へ交渉を持ち、窓口役と接触する。そこでアリシア・ミューゼル暗殺計画の全貌を把握し、あわよくば計画の撤回を要請する」
「あちらさんも仕事だろう? そう易々と首を振るかね?」
「交渉材料はある。むしろ貴様が持ってきたものなのだがな、猟師」
「は?」
いきなり水を向けられてびっくりした。……しかし、宗教屋相手に有効な商品なんて心当たりがない。ただの袖の下というなら俺に話が向くとも思えないし……。
――いや、待てよ。宗教家向けのの交渉材料といったら……
「まさか……」
「思い出したか。――貴様が去年偶然発見した聖女の遺体だ」
うわぁ、という表情で周囲の人間が後ずさった。こいつこのタイミングでアレを使う気なのか。
首だけ後ろを向いて貞子と遭遇したような恐怖顔の聖女など、一体どこに需要があるのだろう。
ちなみに保管をお願いしていたのは去年うちにやってきた放浪騎士タグロ君のインベントリである。何というかすまん。
「光神教の連中は権威に飢えている。九十年前の三軍全滅事件では魔族の暗躍がありながら大した貢献も出来ず、数人を濡れ衣で神敵に認定した程度だった。それ以来も大した活動が耳に入ってこない。
あの聖女の活動も、神殿の復権のための一環に過ぎない。各地に名が売れてから聖人認定を行う腹だったのだろうが、残念なことに聖女はこの半島で消息を絶ってしまった」
「不幸な事故だな、いやまったく」
「その通りだとも。あれが言動に問題のない、真っ当な聖人であればどうなっていたことか。信者たちの攻撃にさらされて半島が壊滅的な打撃を受けることは確実だっただろう」
白々しい口調でこちらをじっと見つめるドナート執政。いや、殺したのは多分俺だし遺体を持って帰ったのも俺だけど、聖女死亡を公表せずにわざわざ体を保管する決定を下したのはあんただろうに。
「ともあれ、遺体とはいえ聖女を神殿に連れ帰ったとなれば、それだけで功績となる。あるいは生きた聖女を持ち帰るより喜ばれるかもしれないな?
これを盾に暗殺計画の撤回をせまる、というのが今回の骨子となる」
「誰が交渉に向かうんだ?」
「ウェンター副団長だ。そして目付け役として竜騎士ルオン・マイヤーが同行する。ドラゴンに乗って空路を行くとのことで、既に領都に向かっていったところだ」
いいなぁ空の旅、俺もそっちがよかった。……いやいかん。
現実逃避しつつある頭を軽く叩き、俺は改めて執政に向き直った。
「……わざわざ俺が護衛任務なんてものをやらないといけない理由は?」
「既存の辺境伯付きの護衛が信用できない。暗殺計画が過去に遡って用意されてきたものなら、これまでの警護体制は完全に見切られている可能性が高い。ならば完全に新規に構築してしまった方が裏をかかれにくいという理屈だ。
信頼できる戦力で護るなら、少数の手練れを配置するのは定石だろう?」
「そもそもこの計画、何かの偽装なんじゃないか? 実は本命は辺境伯その人だったりして」
「それを考慮したうえでの人選だ。この状況で教団が狙うとすれば、辺境伯周辺かイアン団長が考えられる。よってこの二人の護りから人員を割くわけにはいかない。浮いた戦力で最も腕が立つのは――――猟師、貴様だ」
理詰めで追い詰められていくこの感覚、嫌いじゃないゼ。いや違った大嫌いだゼくそったれ。
どうにかこうにかこの面倒な依頼から逃れる方法はないものか。頭を巡らして必死で考え込む。
「……と、そうだ。そうだった。――そもそも俺もエルモも護衛任務なんてほとんど知らないだろう? こういうのは専門家でも雇った方がいいと思うがね?」
「それよそれ! 役職的に適任じゃないわ。いやぁ残念ねぇ上手くやりおおせればキャリアアップ間違いなしだったんだけど、やっぱり専門家に任せないと!」
「おい馬鹿変なこと言うな」
「ふむ……専門、か」
馬鹿エルフが口を滑らせ、それを受けて執政がぎらりと片眼鏡を光らせた。……あぁ、これは墓穴を掘ったな。
「猟師。敵の潜伏している地点があるとして、こちらを奇襲するに最適な場所を特定できるか?」
「……できます」
「現在の『鋼角の鹿』で、最も気配の察知と斥候に長けた人間は?」
「……俺とエルモです……」
「最悪の事態によっては拠点を放棄し、護衛から対象を連れた上での逃走に切り替える可能性がある。この中で最も機動力に優れ隠密に長けた人間は?」
「俺です」
「――これでまだ自分が適任ではないと?」
「――――」
完全に言い込められた俺を半眼で見据え、獄吏もかくやという男は宣言した。
「決まりだな。今回の護衛任務、猟師コーラルが中心となって執り行うこととする。なお、この暗殺計画が何らかの偽装である可能性も踏まえ、他の団員はイアン団長とその細君の周囲を固める。応援は期待しないように」
「…………」
「――心配しなくとも、恐らく貴様の気苦労は杞憂に終わるだろう」
そう言って、執政はわずかに目元を和らげた。
「アリシア・ミューゼルを暗殺できる機会は多くない。――彼女の背後には、半島最強が控えているのだから」




