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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
寒村に潜む狩人
24/494

とあるドワーフの場合

 くたびれた衣服を買い替えたら所持金が尽きた。


 ゲーム開始からふたつきあまり。何度目かわからない危機にギムリンはちくしょーと晴天に吼えたてた。


「ママー、変な人がいるー!」

「しっ! 見ちゃいけません!」


 通行人に不審者扱いされてもめげるものか。とっくに衛兵とは三日に一回は職質される仲である。中には顔馴染みも出来て、心配そうに職の口利きを提案してくれる者もいた。喜んで飛びついたとも。ただしプレイヤーという身分上、身元を保証するものがなく、日雇いくらいしか紹介がないのが玉に瑕なのだが。


 ギムリンはドワーフだ。ずんぐり背丈に赤ら鼻。髪は黒いが生え際は後退を始めている。

 名前の由来は某指輪ファンタジー……と見せかけて、高校時代に嵌ったTRPG発祥の呪われた島ファンタジーの登場人物である。

 彼が種族選択でドワーフを選んだのは実に単純な理由からで、『鍛冶仕事をやってみたい。それも趣味の延長ではなく収入を得て暮らしていくくらい本格的に』というものである。


  現実でのギムリンの仕事は医療器具を扱う商社の営業職で、鍛冶屋とは何の関係もない上に三年ほど前に定年退職を迎えている。妻とは4人いる子供が独立してしばらくして別居していた。別に不仲だったわけではないし、今でも週一は会って一緒に買い物や映画に行ったりしているのだから、むしろ仲は良好といえるだろう。単純に、子供がいなくなって寂しくなった家の空気を変えるため、いっそのこと独身時代みたいに離れて暮らしてそれぞれの時間を増やそうと合意に至った結果である。……ただ、昔みたいに食事を出来合いで済ませることが増えたせいで、たまに夕飯を作りに来る妻から小言をもらうことがめっきりと増えてしまったが。


 我ながら円満な人生だと自負している彼だが、最近は思うように動かない身体に不便を感じるようになった。椅子から立ち上がれば膝はバキバキと変な音を立てるし、重い物を持ち上げればぎっくり腰の危険を伴う。走れば十歩もしないうちに息切れがして、これでは余生を道楽で過ごそうにも囲碁や盆栽くらいしかできなくなってしまう。それはあまりにもつまらない。

 なので趣味をVRゲームに求めることにした。ジジイがゲームなどと侮るなかれ。これでも生まれは二十一世紀。青春の大半を携帯端末と過ごした身の上である。一時期ネットゲームに嵌って志望大学のランクを落としてしまったのは黒歴史だ。……まあ、落とした先で生涯の伴侶と出会ったのだから、人生判らないものだが。


 VRなら老いた体も関係ない。剣を振り回したり丸太を担いだりも余裕だろう。どうせならがっつり没入できる奴がいい。それこそ現実での職人みたいに、見習いから一人前まで熟練するまで十年以上もかかるくらい打ち込んでみたい。けれど最近の流行り廃りは年寄りの眼から見て常軌を逸していて、サービス開始から半年足らずで客離れで打ち切られるのも珍しくない。それでは長く続けるという目的にそぐわない……そう考えていたところで、そのパッケージが目に留まったのだ。


≪体感時間十万倍の世界へ≫


 ありえない加速だった。他のゲームでの時間加速は精々が十倍程度。それが現段階での技術的限界だといわれていた。それが、十万倍?

 気付いた時には山のような書類にサインをしていた。……もう一つの人生、もう一つの歴史。たった一度のプレイで三十年のセカンドライフだ。現実で三時間しか経たないなら、途中で打ち切られる可能性も少なかろう。なかなかお得な話だろうと思った。


 そして今、ギムリンはその決断を半ば後悔している。


 初期地点が辺りに何もない丘陵地帯だったときから嫌な予感はしていたのだ。どこかにあるはずのドワーフの王国を探して彷徨っていれば、いつの間にか全く無関係の平地に出てしまった。ようやく辿り着いた集落はなぜかゴブリンの巣窟で、オークだのモンスターだのに襲われている真っさなか。命からがら逃げだして通りがかった隊商に拾ってもらったのはいいものの、対価として初期装備にあった剥ぎ取りナイフを手放す羽目になった。……これで半分、戦闘職は諦めている。


 途中、隊商に連れられて都市に入ったこともあった。芸術都市、古都ハインツ。コロンビア半島を腕に例えるならちょうど内海を挟んだ首筋にあたる、大陸でも三指に入る規模の都市である。かの征服王が根拠地としていたことでも知られている。

 隊商がしばらく滞在するなか、これ幸いと日雇いに励んで小遣いを貯め、鑿や錐といった工作具を買い求め、切り出した丸太から不格好な仏像を彫り、朝市に紛れて敷いた筵に並べて露天商と気取ってみた。

 儂の仏師ロードは始まったばかりだぜ、とほくそ笑んだのも束の間のこと。何処からともなく寄り集まった衛兵に、ショバ代払えとすぐさま放り出される羽目になった。中世ヨーロッパを模した世界観なだけに、座や組合といった利権周りもリアルに再現しているらしい。

 芸術都市などくそくらえと中指おったてて立ち去ったのは言うまでもない。


 ここはコロンビア半島の中心、ミューゼル辺境伯領領都のジリアン。北方に火山を従えるだけあって鉱山資源が豊富であり、鍛冶師や鉱山夫の働き口は多くあった。

 本当は真っ先に鍛冶工房へ弟子入りせんと突撃したのだが、残念ながら経理役を兼任している親方の奥さんにやんわりと断られた。曰く、生産職の基礎技能である『工作』と『加工』くらいはカンストさせてから出直してこいとのこと。それに弟子入りするにしても、工房だって慈善事業ではないのだから入門費用も入用で月謝も払ってもらう。見習い期間中は食と住処の面倒は見るがそれ以外は無給なのだから、事前にちゃんと資金を用意するのが常識なのだとか。

 所詮世の中ものをいうのはコネとカネ。そんなところまでリアルに作り込まないでいてほしかった。


 領都の空を睨みつける。肩にはつるはしを担ぎ、これから鉱山に籠ってひたすら鉄を掘る作業である。

 鉱山夫として働き始めてはや二十日。『採掘』スキルはLv3にまで上昇していた。鉱山責任者曰く、ただ土を掘ってスキルが上がるのはLv4くらいが限界で、それ以上は『地質学』や『鉱物学』などを修める必要があるのだとか。当然識者に教えを乞うにはコネとカネが必要で、教本は高価で流通せず、結局は独力で観察・研究して勉強するしかない。


 ギムリンの一日は単調だ。貧民街一歩手前な区画の安宿で朝を迎え、硬いパンと水で朝食を済ます。

 身支度を整えたらつるはし片手に鉱山に籠り、採掘のスキル上げとその日の生活費を稼ぐ。

 夕方に仕事が終われば酒場で夕食。肉とスープと一杯の酒で空腹を誤魔化す。

 その後は宿に戻って主人に宿泊費を延長で払い、部屋に籠って、道端で拾った木の枝を切ったり削ったりして加工と工作の経験値稼ぎ。おかげで部屋の中には仏像が端から端へ段々作りが複雑になっていくように並んでいる。二日前に『加工』と『工作』がめでたく基礎技能上限のLv10に達し、新たに『木工』が生えてきた。鍛冶師への道のりは遠い。


 短い脚を動かして領都東の門へ向かう。道すがら考えた。どうにも先行きが見えづらい。このまま鉱山夫としての稼ぎでは、鍛冶工房へ弟子入りするまで十年はかかってしまう。いくらゲームとはいえ、人生の三分の一を本意ではない採掘業に費やすのはまさに不毛だ。何か方針を変えるべきではないだろうか。


 働き場所を変えようか。幸い、生産スキルは十分なほど上がっているのだから、宿での経験値稼ぎをやめればその分の時間が浮くわけで、より遠くの、稼ぎのいい鉱山に出張ることも出来る。インベントリには鉱石を入れた籠一つが枠一つを使用する程度なので、いくら掘り返そうが重さ的にも遠出は全く問題ない。……本当は籠を大量に用意してインベントリ無双と洒落込みたかったのだが、責任者に籠は一人一つ支給だと断られた。


 ではどこの鉱山に向かうか―――思案に暮れるギムリンの耳に、偶然話し声が流れ込んできた。


「……なあ、知ってるか? 東の廃棄村の話」

「なんだ、とうとう潰れたのか、あの村? ろくな目玉もなかったしそんなもんだろうと―――」


 それは、若い行商人の二人だった。


「違う違う。一昨日アレンが持ち帰った大猪の毛皮の話だって」

「ああ、あの! ハインツの商人が競り落としていった! 胸に一撃で大穴をあけて殺したっていう。……あれって廃棄村の猟師が狩ったのか」

「流れ着いた『ご客人』の仕業だってよ。おかげであの辺りを通る行商は大騒ぎだぜ。凄腕狩人現る。『亡霊』の再来か、てな」

「『亡霊』? 何の話だ?」

「知らないのか? 七十年前あの村にいた凄腕の『ご客人』だよ。村人以外には誰にも姿を見せないから『亡霊』ってあだ名がついてたんだ。亡霊が平然と狩ってくる獲物のおかげで、あの頃あの村の景気は凄かったらしいぜ。特に当時の村長の息子なんか、理由もないのに領都にやってきて金をばら撒いちゃ女を買ってたんだと。今じゃ見る影もないよぼよぼ爺だがな」

「はは……あの爺さん、ネタもないくせに値切ろうとするからな。こっちはお情けで村に寄ってやってるっていうのに。―――けど、それじゃこれからあの村は……」

「いや、まだわからん。今回はまぐれかもしれないからな。あの村が伸びるかどうか、しばらくは様子見だろうよ。俺だって今頃でかい顔でにやついているあのジジイに、頭下げて商売するのは勘弁したい」

「だろうなぁ。でも、『亡霊の再来』かぁ。なんか字面だけでもかっこいいよな。一度会いに行ってみようかなぁ……」

「それも含めて、様子見かねぇ……」


 遠ざかっていく二人の声を、ギムリンは首を反り返らせて見送った。


「ふむ……」


 『ご客人』―――プレイヤーの狩人。東の廃棄村。『亡霊の再来』

 正直、これまで理不尽に過酷な環境に囲まれていた人間として、同じプレイヤーが名を上げたというのはなかなか胸がすくものがある。

 ゲーム開始から二か月。まだまだ序盤といえるのに、そこまで噂になる人間が、同じ北の果ての半島にいる。

 どうしてだろう。胸が躍る。


 ギムリンは気を取り直してつるはしを担ぎ、再び門へと歩き始めた。


「……さて、東にある鉱山は、どんなものがあったかのう……」


 足取りは軽い。

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