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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
闇に踊る護り手
238/494

どちらさまですか

「ぜぇやぁあああっ!」

「――――」


 裂帛の気合。待ち構える俺の頭上に相手の一撃が迫った。

 怒号とともに振り下ろした木刀は豪風を纏い、真剣でなかったとしても充分に脅威である。ゴブリン程度なら骨を折り、女子供相手なら一撃で頭蓋を砕き即死させるだろう。

 踏み込みは及第点。後先考えない迂闊さはさて置くとして、その思いきりは評価するべきだ。今年猟兵に編入してきた十代の若者だが、これは案外掘り出し物かもしれない。


 ……ただ残念なことに、彼に求められている水準はこんなものではないのだが。


「よっ」

「ぶぁっ!?」


 軽い掛け声とともに足元の砂を蹴り上げる。浜辺の柔らかい手触りの砂は上手い具合に男の顔目がけて飛散し、目潰しを食らった男は溜まらず悲鳴を上げた。

 しかしそれで足を止めないところは大したものだ。通常なら面食らって立ち止まるところを、男は顔にかかった砂を拭わず後回しにして、目を瞑ったまま斬りかかってきた。この距離、この間合いなら敵の姿が見えずとも支障はないと考えたのだろう。一撃を入れ、怯んだところで間合いを取って仕切り直そうという腹か。

 しかし、この場合のそれは悪手だ。


「馬鹿め。彼我の得物くらい見比べておけ」

「いっだぁ!?」


 めくら滅法に突撃してくる敵相手にわざわざ付き合う必要はない。馬鹿正直に受けるより、一度間合いを外して一方的に殴ればいいのだから。

 踏み込みのタイミングを見計らい、訓練用の長柄杖の石突で男の足を踏みつけた。やや強く突き込んだせいか、ぎしりと骨が罅入るような感触が伝わり、男の顔が激痛に歪む。

 気の毒に思うが手は休めない。身体を捌いて横に流し、つんのめる相手の横合いから杖を突き込んだ。狙いはよろめく足元。視界が効かず完全な奇襲となった杖は見事に足に絡まり、今度こそ男は秋の浜辺に転倒した。


「ば……!?」

「おら馬鹿正直に倒れるな。そういう時は転がってでも動くもんだ」


 無論、むざむざ逃がす不手際は冒さないが。

 起き上がろうと立てた膝を杖で打ち払い、肩を蹴って仰向けに突き倒す。咳き込む男の胸元に膝を乗せて体重をかけつつ、腰から短めに切り詰めた木刀を引き抜いた。

 腎臓、肝臓、心臓、喉元。――狙える急所を都合二度ずつ木刀で軽く突き、最後は首筋に木刀を突きつけて終了を宣言する。


「これで死んだな?」

「……参りました」

「結構。――目潰しを受けてからが迂闊に過ぎる。勇敢なのは美点だが、思い切りをつけるのは状況を見て勝ち筋を組んでからの話だ」

「うっす」

「戦いは生き延びることが本分だ。敵を何人殺すかは二の次、まずは臆病なほど生還を志すくらいが丁度いい」

「…………」


 何やら不満げな顔つきである。若者特有の向こう見ずさが働いているのだろうか。勇気と無謀を履き違えるこの年頃にありがちな表情である。

 とはいえこの場で強く矯正するようでは、この若者の伸びしろを縮めかねない。慎重さや思慮深さは、彼自身の経験によって積み重ねていく自発的な資質なのだから。

 いずれ実戦を重ねれば理解することだと判断し、俺は若者の胸の上から身体を退けた。


「今日の地稽古はこれでしまいだ。向こうで手当て受けつつ回復魔法を練習してこい。動けるようになったら森に入って穴掘って隠れろ。夕暮れまで狼に見つからなかったらボーナスを用意してある」

「は……」


 よろよろと覚束ない足取りで去っていく若者。ちょっと厳しく当たり過ぎたかとやや後悔しつつ、俺は手に持つ杖で肩を軽く叩いた。

 地稽古で最後まで残っていた猟兵はあの若者だけだ。いわゆる炙れ者の罰ゲームである。治療スペースで駄弁っているのもエルモの鉄拳で顎を割られた数人くらいで、残りはいい潜伏先を探しに我先にと森へ走っていった。

 つまり、この場に猟兵は既にいないのだ。


「で――――」


 振り返る。我ながら眼元が引き攣るのが自覚できた。


「何か用かね、お嬢さん? そうじろじろと見られたんじゃ、こっちとしても仕事に集中できないんだが」

「ふーん?」


 視線の先には、ひとりの少女がいた。

 歳は十歳あるかないか。三つ編みにした赤い髪の毛に同色の瞳、やや釣り目がちな目元は勝気な気性を覗かせる。服装は動きやすそうな布の服とズボンだが、使われている生地や刺繍は高価そうで正直触りたくない。

 目立つ格好をしているわけではないが、滲み出る存在感からしてまず只者ではない。そんな見るからに平民ではない少女である。


 彼女は浜辺の倒木に腰掛け、何が楽しいのかさっきからずっと猟兵の訓練風景を眺めていた。別に支障があったわけではないものの、こうまで熱い視線を送られては気が散って仕方ない。

 たまらず声をかけた俺に対し、少女はぶらぶらと足を遊ばせながら面白げに目を瞠って言った。


「ねえおじさん。あなたが猟師のコーラルさん?」

「応とも。それがどうしたって?」

「アーデルハイトの恋人の?」

「ぶ――――!?」


 いきなり何を言い出すかこの小娘は!?


「……待て、待った、ちょっと待ちなさい。なんだって俺とあれが恋人同士なんて結論になる?」

「違うの?」

「違う、全然違う。いい年こいたおっさんが近所の小学生に懸想なんぞするか? しないだろう? しないに決まってる。そう決まった。つまり俺とハイジの間にあるのは親愛とか友愛とかアガペーとかそういうものであって、別に男女の情欲とは無縁な関係で――」

「……ほう。興味深い持論ですね、コーラル。ショウガクセイ云々というところは意味不明ですが、ええ。実に興味深い」

「…………」


 ……いやだなぁ、ふりかえりたくないなぁ。背筋がぞくぞくするよ。

 そろそろいい時間だしこのまま帰っちゃっていいんじゃないか、俺。


「どうしました、コーラル? 早く続きを。とっくに成人を迎えていつ結婚してもおかしくない、そんな私に対して抱いている感情とは? 私にはそこまで魅力がありませんか?」

「……ハイジさんや。どうしてここに?」


 いつの間にか背後に張り付いていた若草色の女竜騎士は、不機嫌さを表すかのように俺の背中をガスガスと小突いてきた。それも的確にレバー目がけて。


「――姫様の護衛です。コーラルと顔合わせをしなければなりませんので。ドラゴンを目立たず降ろせる場所も案内しなければなりませんし」

「姫様?」

「やはり知りませんでしたか。――そこで、丸太に腰掛けて見世物のようにこちらを眺めている、今にも馬に蹴られてしまいそうな子供のことです」

「んー? 呼んだぁ?」

「いいえ、姫様。ただの世間話ですよ」


 きょとんとした顔でこちらを見てくる少女を適当にいなし、アーデルハイトは溜息をついた。


「……名を、アリシア・ミューゼル。――辺境伯閣下の御令嬢にして、赤竜ラースとの契約者。

 この度あなたが護衛することになった、未来の辺境伯です」

「よろしくね、ボディガードさんっ!」


 誰か、お願いだから説明してくれ・……。

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