どいつもこいつもどうして試したがるのか
俺の言葉を受けて、ルオン・マイヤーは片眉を跳ね上げて軽く驚きを露わにした。
「…………失礼だが、いつから?」
「出会い頭にはもう手がかかっていたでしょう? あとは……俺の得物を見て殺気がやや弱まったようですが」
腰に差した牙刀は藍色の外套に隠れているが、正面からは形状が見えるはずだ。男はこの反りがあり短めな剣を見て、抜き合いが不利と見て気勢を引っ込めたのだろう。
その後も歩きながらちらちらと隙を窺う気配があった。こちらとしても気を緩めればいつ斬りかかられるかと気が気でなく、対応が固くなったとしても仕方がないと思う。
そう言うと、竜騎士は感心したようにに苦笑し、今度こそ剣から手を放した。
「――いや、感服しました。手練れだとは理解していたつもりが、まさかこれほどとは」
「恐れながら、竜騎士殿は気配を殺すのが不得手と見えます。強張りの抜けない身体で話しかけられても、まず誰からも警戒されるのがオチでしょう」
「これはごもっとも!」
そういった諸々隠すために外套で体の線を覆っていたのですがなハハハハハ、と竜騎士は笑った。とはいえそれも口元だけで、目がまるで笑っていないのが不気味極まる。何企んでやがるんだこいつは。
「いやはや、やり合う前から一本取られるとは。これは雪辱のため近いうちに試合を申し込みたいところですな」
「ご勘弁を。竜騎士相手の接待など、気を遣いすぎて胃壁に穴が開く」
「それは先が思いやられますな。実に――――そう、実に」
意味深な男の言葉を無視して城門の敷居を跨ぐ。すると門のすぐ前で待たせていた白狼が待ちかねた様子であっという間に駆けつけてきた。押し付けてくる鼻先をいなしつつ首元を撫でると、狼は上機嫌に尻尾を振り回した。
「……っておいまた腕噛むんじゃないっ。涎でべとべとになるだろうが」
この狼、もう少し落ち着きというものを身につけられないものか。年下の兄弟ですら所帯もって子育てに邁進している年頃だというのに。
そんな悩みに耽る俺と我関せずと能天気に舌を垂らす白狼を、興味深げに眺めるおっさんが一人。
「――それが噂の狼ですかな?」
「何の噂かは知りませんが、多分それでしょう。――ウォーセ、集合を」
「オン!」
元気のいい返事は大好きだ。でも返事の度に手を舐めるのは勘弁してくれ。
合図を受けた白狼は振り返って城門の外に向き直り、四肢を広げて踏ん張って、
――――ウォォォォォォォオオオオオオオォォン……!
「うぉおおっ!? これは……!?」
突然の遠吠えに竜騎士が後ずさる。そんな彼をちらりと一瞥し、ひと仕事やり終えた白狼は鼻を鳴らして座り込んだ。そこに――
「――――あぁ、来たか」
「あれは――」
潜り戸の先、狭まった視界にもはっきりとわかる。
東へ向かう真っ直ぐな街道、その上空を飛翔する影があった。
逞しい獅子の身体、眼光鋭い鷲の頭と猛禽の翼。すでに並の獅子や虎ほどの大きさに成長しているが、将来これがさらに巨大化するというのだから末恐ろしい。
飛翔する影は総数にして十数体。全体の半分を連れて来た。鏃のように雁行して飛ぶ姿は遠目には渡り鳥のようにすら見える。
先頭を切っているのは黒い体色の鷲獅子である。特に団長が面倒を見ている個体で、飛ぶ速度も頭の良さも他のグリフォンとは一線を画していた。かつての黒んぼのように群れを統率する特性があるらしく、これが先導すると目に見えて飛行速度が上がるほどである。
確か名前が……なんだったっけ?
「――――クェッ」
「――――フンッ」
鷲獅子たちが次々と城門前に降り立つ。黒い鷲獅子はそんな群れを胸を張って睥睨しつつ、どうだと言わんばかりの目つきでこちらを見て甲高い鳴き声を上げた。白狼はそんなグリフォンが生意気に見えたのか、どこか父親の灰色に似た素振りで鼻を鳴らす。
じりじりと音を立てそうな勢いで視線をぶつけ合う白黒の猛獣たち。……この黒いの、成長して我が強くなってからは妙にウォーセと張り合いたがるようになった。最初は年長者の余裕で受け流していた白狼も、最近は苛立ちが先に来るらしく冷淡な反応が目立ってきている。
……この調子ではいずれ暴発するのではないかと冷や冷やする。そのうち間を取り持つ何かをやる必要があるのかもしれない。……何かといっても、特に思いつかない辺りがどうしようもない話だが。
「……グリフォンですか。しかし、これはまた……」
「まだ少し体格が足りなくて人は乗せられませんが、こうやって鞍をつけての飛行や集合の訓練は進めています。多少は見られるものでしょう?」
「ケェェッ!」
呆れ半分感心半分といった様子でグリフォンを眺めるマイヤー卿に説明しつつ、インベントリから切り分けた馬肉を取り出して放り投げた。我先にと肉に群がり思い思いに啄むグリフォンたち。……馬肉は高価で頻繁に与えられない。そのせいかこうして好物を与えるとあっという間に列を乱すのが問題だった。
「門番や衛兵には話を通してあります。――あの城壁、上の方に人が群がっているのが見えますか? 間近でグリフォンが飛んでくるさまを見ようと、暇な野次馬がわざわざ見物料を払って待ち構えていたんだとか」
「まったくけしからん。城壁を何だと思っているのか。……ちなみに、おいくらですかな?」
知らんよ、衛兵に聞け。
隣の男の嘆息を無視しつつ、ある一頭の鷲獅子に歩み寄った。どうやら鞍の据わりが悪いらしい。頻繁にもぞもぞと腹の辺りを身じろぎさせている。嘴を抑えてあやしつつ鞍のベルトを締め付けると、鷲獅子は満足したのかカチカチと嘴を鳴らして俺の顔に擦り付けた。
動いた拍子に、首元に提げている真鍮色の金属片が光を跳ね返した。
円盤型の簡素な金属プレートだ。表面には刻印として、狼とグリフォンが向き合う姿が描かれている。
――同様のものは、ウォーセの首輪にも備え付けられていた。
「――さて、こんなところか。
今日の訓練はこれで終わりだ。帰り道は分かるな? 途中で馬車を見かけても襲い掛かるなよ」
「ケケッ」
冗談半分の言いつけに、黒い鷲獅子が胸を張って鳴き声を上げた。
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「……ふむ、実に興味深い」
飛び立っていく鷲獅子の群れを眺めつつ、ルオン・マイヤーは感嘆の声を上げた。
グリフォンの威容もそうだが、それを知りながらこの領都を訓練地として指定する猟師の神経が信じられなかった。
ハスカールの軍事力を示すとともに、日ごろから人目にさらすことで市民たちにグリフォンに慣れさせる心積もりなのだろう。事実それは実を結びかけていて、飛び去るグリフォンを物珍しげに眺める野次馬の姿が何よりの証拠だった。
隠した殺気に敏感な感覚、狼やグリフォンを従える強み、『鋼角の鹿』内でも遊撃や強襲に秀でた部隊を率いる身分。そして何より、個人の武力としては十年以上前から折り紙付きだ。
「なるほど。存外、適任やもしれませんなぁ」
「はい?」
ひとりごちたルオンに、猟師が間の抜けた返答を返した。……これからどんな苦労を背負いこむのか、思いもよらないという顔で。




