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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
迷走する仲人
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殺戮地帯

 『鋼角の鹿』団長イアン・ハイドゥクと辺境伯令姪リディア・ミューゼルの婚儀は、これといった変事もなくつつがなく進行した。 

 この日のために製作が間に合った黒鷲獅子の革鎧を脇に控えさせ、常在戦場の気風も露わな佇まいは壮観の一言。本人の美形っぷりも相まって、参列したご婦人方が帰路に熱っぽい噂話に興じるほどである。

 団長の縁者が傭兵団関係者しかいなかった、というのは気になるところではあるものの、それ以外はおおむね満足のいく出来であったし、すぐ脇で控えていた副団長も満足げな表情をしていたし、結婚式は大成功と言っていいだろう。


 ――――そう、結婚式()


 我々ハスカールからしてみれば、団長の結婚式など前戯に等しい。そのすぐあとに本物のどんちゃん騒ぎが待っているのだから。

 さて、ここから先はちょっとした後日談である。



   ●



 式を終えれば、その余韻に浸って領都ではお祭り騒ぎが巻き起こる――が、そんなこと知ったこっちゃねえ。

 心待ちの初夜に突入しようとしていた新郎新婦を鮮やかな手並みで拉致更迭。衣装箱と一緒くたにして馬車に放り込んで夜通し駆けさせた。俺は護衛と監視を兼ねて白狼に跨りながら追走し、二日足らずでハスカールに帰還。他の連中も馬車便で帰路を急ぎ、二日以内に用意が整う算段だ。

 そこからが本当のイベントの開始である。


 お忘れの方も多いかもしれないが、ハスカールの結婚式は夏至祭りと同時に行われる。費用節約も兼ねて集団でおこなわれる今年のそれは、例年と比べて二倍以上盛大な騒ぎになることが予想されていた。

 理由は簡単、なにしろ去年は挙式予定者の大半が式を延期し、結ばれたカップルがたった二組と、近年規模を拡大しているうちとしては圧倒的に少なかったためである。


 それもこれも原因は団長の結婚式にあった。

 ――ハスカール代表と目される傭兵団の団長の結婚式となれば、それはそれは大規模で盛大な挙式となる。どうせ式を挙げるなら、それに便乗して盛大にやってしまった方が賑やかで記憶に残るんじゃないか? ――そう考えたカップルたちが去年の式を差し控え、今年の夏至に予定をぶっこんできやがったのだ。

 当然それを目当てにしてノーミエックたちが張り切って動き回り、式場の設営やら周囲の露店の配置やらでてんやわんやの騒ぎになったのだが……それはまた関係のない話なので置いておこう。


 この度本懐を遂げ所帯を持つカップルたち、総勢にして二十余組。五十人近い男女が立ち並び、客席には彼らの縁者がぞろぞろと祝福のために参列している。

 上座にはゲストとして数日前に式を終えた団長とその細君が置物のように据えられて、未だ初夜を迎えられず若干引き攣った笑顔で会場を見渡していた。


 だがしかし、だがしかし、だ。

 今回の本命は幸せ絶頂の団長夫婦お二人さんではない。むしろもげろ爆発しろと羨ましがられる彼らとはいえ、今回ばかりは注目は他に譲ってもらう。そんなゲストがやってきていたのだ。


「――では、指輪の交換と誓いの接吻を」


 厳粛な声が式場に響く。やっている当人はにこやかな微笑を浮かべているのだが、全体的に纏っている雰囲気が重々しく身を引き締められる思いだった。

 さすがは教皇に次ぐ権威の持ち主。あんな似非聖女とは一線を画す存在感である。


「……信じられない。こんな光景を目にする日がこようとは」


 傍らで立ち見をしていたアーデルハイトが小声で呟いた。領都の式とは違い幾分か簡略した正装で、首にはいつものマフラーを巻いている。

 俺としては今後のことを考えて領都で大人しくしてもらいたいくらいだったのだが、わざわざドラゴンに乗って飛来されては断りようもない。他にも数人の竜騎士が新婦の護衛と称し参列しているのを確認している。


 ……どうなっても知らんぞ、間抜けめ。


 彼女は軽く頭を押さえて嘆息し、ぼやくように続けた。


「――聖騎士ミカエル。彼が司祭を務める結婚式に参列するなど、王族ですらあるかどうか……」

「本人はかなり恐縮してたがな。自分は騎士であって聖職者とは違うって」


 ちなみに現在彼が着ている服装は劇団が用意したコスプレの一種である。西の砂漠地帯で入手する機会があったというが、隣の竜騎士の少女曰く本物と寸分違わないという。一体どうやって手に入れたのやら。

 とはいえ、やると決めたからにはノリノリで聖職者をやってるあたり、かの聖騎士もだいぶ劇団に染まってきているらしい。


 なんにせよ、今年のカップルたちにとって忘れられない結婚式になったには違いない。半島の片田舎で行うはずだった結婚式が、まさか今をときめくヒーローに祝われるだなんてどういう気持ちだろうか。

 そして団長、物凄く羨ましそうな視線で祭壇を見ているが、あんたの結婚式は数日前に終了したから。あとで祝いの言葉を貰うくらいで我慢しなさい。


「――コーラル。少し気になったのですが」

「うん?」


 指輪の交換が進められていく中、アーデルハイトが言った。

 新婚たちが嵌めている指輪は、金額的なこともあって植物をより合わせたものだ。来年の夏至祭りでまとめて燃やし、それまでの無病息災を祈るものである。……ひょっとしたら、日本の茅の輪伝説と関わりがあるのかもしれない。

 若草色の髪をした少女は、そんな光景を眺めながら疑問を口にした。


「あの交換指輪を運んでいる助手役の男性ですが、やけに顔色が悪いように見えます。体調が優れないのでしょうか?」

「あー、ビョルン君なー。……多分、心労じゃないか?」


 ほら、あそこって殺戮地帯(キルゾーン)だし。


「は?」


 要領を得ない解答に訝しげな表情を浮かべるアーデルハイト。しかし、今はそんなところではないのです。


「――天上の神と地に満ちる精霊にかけて、今この場にいる男女が結ばれたことを宣言する」


 聖騎士の宣誓に、そろそろクライマックスが近いことを察知する。さて、片付けておかないとまずいものは……


「ハイジ、その服装で汚したくないものはあるか?」

「は? いや、でしたらこのマフラーを――って、どうしたんですかいきなり」


 よし、なら一時それを預かろう。

 アーデルハイトからマフラーを取り上げてインベントリに仕舞い込む。それとほぼ同時に、周囲の雰囲気がじとりと変化してきたのを肌で感じた。


 不穏な気配。粘ついた視線で目配せし合う傭兵たち。

 ギムリンが、エルモが、ウェンターが。

 この村古参のプレイヤー達が客席の各所に散り、青白い閃光を迸らせてあるものを取り出した。


「…………コーラル、なんですか、それは」

「――――――弾薬(アモ)だ」


 それは、大人三人が悠々と入れる巨大な樽だった。


 流通用に使うような巨大な樽。蓋を開ければ黄土色の物体が詰まっている。

 中身から立ち昇る、腐り果てたアケビと干し椎茸と卵のような悪臭に、たまらずアーデルハイトが口元を押さえる。


「なん……な、なに……なにを……!?」


 突然広まった悪臭に騒然となる来賓の方々。殺気立つ傭兵たち。頭を抱える団長。誓いの接吻を終え、満足げに振り返ったミカエル氏がきょとんと首を傾げる。逃げられない地点にいるビョルン君は絶望と諦観の入り混じった表情で空を仰いだ。


 エルモが叫ぶ。その顔は普段とは大違いな喜色にまみれ、それはもうこの瞬間を待ち望んでいたことが察せられた。


「弾薬装填!」


 樽の周囲に古参の村人と傭兵たちが群がり、手に手にそれを掴みとっていく。


「標的指定! 前方四十八人!」


 そう、これは弾薬。握った手すら悪臭に侵され数日は食事にも苦労する悪魔の果実。

 言っただろう? 去年は結ばれたカップルが異様に少なかったと。

 おかげでコレを、インベントリ内に丸一年も寝かせる羽目になってしまった。

 ゆえに、今年用意された矢玉は、実に例年の二倍。


「総員、構え……!」


 さて、本命の始まりだ。

 田舎のバカ祭りはこれを機会に今年からはやらないと思ってた? それは残念。

 この悪習はむしろ経験者こそが率先して推進する。自分の時に味わったそれを、次代のバカップルに喰らわせる甘美な愉悦を抑えきれないために。

 例外は存在しない。たとえ村の外で挙式した裏切り者でも、追いかけて引き摺り戻してすべからく洗礼を浴びせるべし。

 すなわち――――村から都市となったからと言って、そう簡単に足抜けできると思うな――――!


「ぶっ放せ! 掃射開始……ッ!」


 阿鼻叫喚の宴が、今年も始まった。

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