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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
寒村に潜む狩人
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物語に潜むものども

「一介の猟師プレイヤーよ。君は名乗る必要はない。君たちがこの地に降り立ってまだひと月も経っていない。これから難局を迎えてプレイヤーはどんどん数を減らしていくのだから、居なくなる可能性の高いものに自己紹介されても後々気まずくなるだけだ。数年後生き残っていたら改めて名を聞こう」

「はあ」


 いきなり泡沫プレイヤー扱いされた。まあ確かにその通りではある。甲子園に出られず県大会で敗退する高校の名前なんて覚えてはいられまい。

 べたべたになった顔を服の袖で拭う。濡れた顔に外気がふれて冷たい。すっかり日も暮れて冷え込んでしまった。傍らに灰色狼が身を寄せてきたので、厚意に甘えて寄りかかることにする。


「―――君は疑問に思ったと思う。どうして私が君たちの世界のことを詳しく知っているのか、とな」


 そりゃあ昨今のゲームにおけるゴブリン事情に関して自説をぶっていれば怪しむに決まっている。


「大半は君たちプレイヤーに教わったのが始まりだ。この世界の概略も、ゲームとして開発され、体感時間を十万倍に加速するものだということも、倫理的に問題視されて、ほどなく回収騒動が起きそうなことも」

「おう……」


 まじですか。ヤバい代物だとは思っていたが、そこまで事態が進行していたとは。


「だがそれだけでは足りなくてな。自分でも調べた」

「は?」


 このカピバラ、今なんて言った?


「システムを逆流して現実世界のインターネットに接続したのだ。……不可能なことではない。この世界で我々は常にシステムに観測されている。技能や経験をスキルとして落とし込み、天の声で通知するとこなど特にそうだ。そしてこれにプレイヤーもNPCも関係ない。この干渉を辿れば、その大元に到達すると考えたのだ。手元に電算機の類はないが、ここは魔法の存在する不思議世界だ。代用は可能だったよ」


 一人だけサイバーパンクをやってらっしゃる。ここって剣と魔法の世界ですよね。

 ぼろぼろになった右腕を瞬時に治癒してくれたあたり、それくらいはやってのけそうな雰囲気はあるんだが。


「それは、よく妨害されなかったもので」

「されたとも。いや、妨害という意識すらなかったかもしれない。サーバーに接続しようとしたところで阻まれたよ。権限が不足していたのだと思う」

「ならどうやって?」

「権限のあるプレイヤーのIDを偽造した。死亡直後のプレイヤーから情報を抜き取って、システムに彼がまだ生きていると誤認させたのだ。彼には悪いことをしたが、ロード画面がやけに長い程度の違和感しか感じられなかっただろう。……こちらの魔法には洗脳や憑依といったものもある。乗っ取り自体は困難ではあるが不可能ではない。そしてもう一つ」


 こいつ、可愛らしい外見の癖にやってることは真っ黒だ。

 ドン引きしている間にもゴブリンは饒舌に話を進める。


「―――プレイ時間の三十年が終わったあと、次のプレイヤーを迎える前に、この世界は更なる加速が行われる。現実時間にしてわずか十分足らずの間に七十年が進行するのだ。これほどまでに加速されてはさすがの私にも手出しができない。馬に乗って弓矢を的に当てることは可能でも、エイトマンに肩車されながらすれ違うスカイフィッシュを射抜くことは不可能だ。よって彼らが来て三十年以内に事を起こす必要があるのだが、その場合サーバーが混雑していて外部に接続が出来ない。プレイヤーが極限まで減り、余裕が発生した段階を見極めてハッキングすることになるのだが…………聞いているかね」

「いやぜんぜん」


 正直は美徳なのです。大体何なんだエイトマンって。そんな古代化石みたいなサブカルを持ってこられても理解できない。

 こういう自説の披露に夢中になっているマッド研究者は流すに限る。

 ゴブリンのタウンゼイは気にした様子もなく続けた。


「まあいい。本題に入ろう。

 とにかく私は外部世界の存在を知り、それに接続する手段を得た。同時に、私と同じく突然変異として外部世界に関心を持つ同胞を集めて、君たちを観測する組織を作り上げたのだ」

「ストーカーですね、わかります」

「否定はしまい。だが我々の行動は君たちのそれと同じく観測されログに記録されている。問題視されているなら管理者から何らかの干渉があるはずだ。これを五百年以上にわたって続けてきたが、未だに神の声だの罰だのが降ってきたこともない。―――つまり、彼らは我々のことを準管理人―――君たちの用語でいうGMのようなものとして黙認しているのだろう」

「単純に放置されているだけじゃないかねぇ」

「そうかな? 我々が本気を出せば、大陸を沈めてこの世界を終焉に導くことすら可能なのだが」


 この運営の考えることだ、そのときは終末世界の海上サバイバルゲームが始まるだけだろう。


「とにかく、本題だ。私がここにいる理由なのだが。

 ―――君はいったい何者だ?」

「…………?」


 そう言って、ゴブリンはつぶらな瞳を光らせてこちらを見据えた。


「出現地点で溺死しまくっている変態がいるとレヴィから話を聞いた時は耳を疑ったよ。普通、プレイヤーは十回死ねば懲りてプレイ自体を諦めるものなのだが、君の場合は諦めるどころか三桁以上死に続けながら陸地に辿り着いたそうではないか。スキルの上昇具合から見て痛覚設定も変更がないようだ。この世界での死は、痛みや苦しみは現実でのそれと寸分変わらない。そうでなければ開発の意義に関わる。

 そのうえで君に問う。君は何だ? これだけの死を経験してなお正常に見える君の精神性は異常だ。すでに壊れているなら、早めのログアウトをお勧めする」

「何者って、ねぇ……」


 マッド研究者に精神疾患を心配されるとは、なかなかない経験である。

 自分で自分が何者かなんて、そんな哲学は学生以来だ。しばし悩んで言葉を捻りだす。


「……単純に、負けず嫌いなだけかと」

「負けず嫌いで乗り越えられるほど、この世界の死は甘くないぞ」

「あー、いえ、死ぬほど痛いのも苦しいのも、それなりに経験があるので。さすがに本当に死んだことはなかったけど、溺れて気絶したことは何度かあったわけで」


 あの海での苦闘は地獄だった。今後どのように生きてゆこうが、あれ以上のものはないだろう。

 正直心が折れそうになったこともある。ただ、そのたびにどこからか俺を嘲笑う声が聞こえてきて、ログアウトを選択しようとする手が止まったのだ。

 結局一言でいうと、負けず嫌いだったということだろう。そう結論付けると、カピバラは不審げに目を細めた。……あ、その表情ニュースで見たことある。温泉につかって寛いでる時そっくりだ。


「……本当は、君こそが運営からの回し者で、この世界に何かしら手を出そうとしていると疑っているのだが」

「や、もしそうならあんな海のど真ん中で二十日も過ごしたりしないでしょう」


 思わず敬語で答えてしまった。気分は職質を受ける酔っ払いリーマンである。


「……それもそうか。だが君にも気づかない芽が植えつけられて、それが作用したのかもしれない。何かあった時は様子を見に来るとしよう。

 この第八紀で現実では二十四時間が経過する。運営が区切りと称して何か仕掛けてくることも大いに考えられる。ゲーム的に言うなら、今まで影も形もなかったラスボスが強引な手腕で仕立て上げられたりな。―――猟師よ。私はそういった、デウス・エクス・マキナというやつが大嫌いだ」


 そう言って、ゴブリンの賢者は立ち上がった。……闇が深い。焚火は間近にあるというのに、彼の周囲だけが薄暗くなっていく。


「……この世界に予定されたドラマは要らない。現地の民と『客人』が道を交えれば、それは自然と生み出されるものだからだ。現に今までがそうだったし、これからもそうであってほしい。君がこの世界に根差し、これから起こることに真摯に取り合ってくれるなら、それは何にも勝る物語となるだろう。

 ―――歓迎しよう、『ご客人』。ここは第二の人生にふさわしい地だ」


 闇が晴れた。焚火の向かいにはもう誰もいない。

 あとには呆然と座り込んでいる俺と、話の途中で飽きて眠り込んだ狼だけが残された。

蛇足気味な説明回になってしまいました。

そのうち改稿かざっくり消すかもしれません

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[一言] この話は残すべきです。
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