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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
迷走する仲人
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賢人イニティフ

「今夜は……焼き魚でもするかのう……」


 領都の商店通りを物色しつつ、イニティフは悩ましげな唸り声を上げた。

 あまり料理の上手くない自分では大したものなど作れない。食材を買ってきても焼き魚が精々だ。

 しかし、どこか食事処を探して……というのは、連れの状態からして到底望めるものではなかった。

 彼女の連れ――柊軽馬は、宿の自室に引き籠ったまま一週間以上も寝込んでいる。いままで軽めの粥などで繋いできたが、さすがに精のつくものを口にしないと体が持たない。


 ――イニティフが領都の東で少年を発見した時には、彼は酷い錯乱状態で会話すらままならなかった。

 ともにいたはずのクレアも、合流を予定していたはずのニアも姿がなく、カルマに話を振ってもびくりと怯えた目で縮こまるばかり。一体何が起きたというのか。


 あの二人は言ってはなんだが、カルマに――カルマの与えた力に依存していた。そんな彼女たちがカルマと会わずに一週間以上も音沙汰なしにできるはずがない。そして少年の悄然とした態度から察するに……あの二人は、もはやこの世にはいないのだろう。


「…………」


 買い出した食材の詰まった籠を抱きすくめ、眉をひそめる。痛ましいと感じる心を抑えるように。

 いつかはこうなるかもしれないと、覚悟してきたことではあった。出会った当初からあの二人から感じていた力に溺れる傾向、それが最近は特に顕著になっていた。近いうちに痛い目に合わせて天狗の鼻をへし折っておかないと、最悪な形で問題が弾けることになる。――そう憂慮していた。

 こうして危惧が表沙汰になったところで、そら見たことかという快感はない。防げるはずだった二人の犠牲に、胸を痛めるのみである。


 ……とにかく、今のイニティフにできることは限られている。出来るだけ少年の傍にいてやり、目を離さないでいてやるくらいだ。


「……む、そういえば、エルフの森から少量ながらコメが輸入されたとか。ジャポニカ米とは食感が違うと聞くが、炊いてやれば多少は気を紛らわせられるであろう」


 ぽん、と手を打って思い立つ。たしか領都に支店を出しているノーミエック商会の店先に並んでいるのを見た覚えがある。各種香辛料もいくつか売り出していたから、ひょっとしたら見様見真似でカレーライスなんてものも作れるかもしれない。

 そうと決まれば善は急げ、とイニティフが踵を返した、その時のことだ。


「――もし、占い師の方ですか?」

「ぬ?」


 か細い声で彼女を呼び止める、何者かの声が聞こえた。

 振り返る。声のした方向、商店と商店の隙間。薄暗い路地裏に続く街角に寄り添うように、ひとりの人間が佇んでいる。頭から襤褸を被りいかにも正体不明といった風情で、先ほどの声から性別が女であるといったことくらいしか判別できなかった。


「……占い師様。あぁ、どうかお願いがあります。こちらへ――」

「――――」


 手招きする襤褸の人影。あからさまに怪しいその姿に、逆にイニティフは興味をそそられた。

 敵であろうか? それとも悪意ある味方であろうか? 頭をよぎる心当たりなどそれこそ腐るほど。六百年以上大陸をさすらってきた彼女に恨みを持つ存在は数多い。積極的に表に出てこなかったとはいえ、カルマに同道して派手な動きを見せていた最近なら、特定されてもおかしくはなかった。


「何用じゃ? お主とは初対面のように見えるのじゃが」

「ええ、初対面ではあります。ですが、あなたとカルマ様について耳寄りな情報が」


 イニティフが路地裏に踏み込む、人影がさらに奥へ歩を進める。距離を詰めさせないように、奥へ誘導するように。

 そうこうする間に、二人は人気の寄りつかない物寂れた空間に辿り着いていた。


「……この辺りでよかろう。闇魔法を撒いたゆえ、あの路地口から余人が入り込むことはあるまい。不心得者が迷い込もうが、あるはずのない迷宮に惑わされ立ち尽くしていよう」

「それは助かります。なにしろ――――多少、手荒くなるからな」


 瞬間、襤褸の人影が動いた。

 瞬く間にイニティフとの距離を詰め、彼女の細い首を掴み上げる。そのまま傍らの建物の壁に向けて荒々しく叩きつけた。


「が……!?」


 後頭部と背中をしたたかに打ち付け、たまらずイニティフはうめいた。それだけにとどまらず、人影は彼女を壁に押し付けたまま宙づりに持ち上げる。ぎりぎりと絞まる首に、駄目押しとばかりに鈍く光るナイフが押し付けられた。


「な、なん、ぐ……」

「ようやく話ができる環境になったな。待ちかねたぞ」

「あ、ぐ、ぁ……!?」

「下手な演技はやめろ。死霊に呼吸は必要ない(・・・・・・・・・・)。死臭が鼻につくぞ」

「――――――ふむ。であれば手を緩めてもらいたいがの。呼吸は必要なくとも声を出すのに空気はいるのじゃ」


 ばれていたか。……無駄な素振りは取りやめにして、イニティフは相手を静かに見返した。女は忌々しげに舌打ちを漏らし指に籠める力を緩める。

 激しく動いたために人影が纏っていた襤褸は吹き飛んでいた。中から露わになったのは――


「『えべっさん』……しかし正体が女だったとは。随分と姿形が変わるものよ。……なるほど、カルマをやったのはお主の仕業か?」

「黙れ。勝手に口を動かす権利はやらない」


 紅い髪に鋭い目つき、顔を斜めに走る傷。目立つ銀装はどこかに仕舞い込んでいる。――――いや、もはや必要なくなってきたのか。

 恐らくこのディール大陸でカルマに次ぐであろうイレギュラー、若槻十子がそこにいた。


「お前、タウンゼイの身内だな」

「……ほう? それはまたどうして?」

「――おかしいと思っていた。運営からの干渉を気にしていたあのゴブリンが、そしてその仲間たちが、最大の異分子たるあの餓鬼を見逃すはずがない。必ず監視の目が張り付いているはず。――それも、あの『チート』とやらを間近で見られる位置で。

 一度逃がしたとはいえ『目印』は付けてある。捜し出して周囲を探れば――お前がいた」


 タウンゼイめ、いらぬことを口走りよって。

 内心で毒づきつつ、イニティフは表情を崩さずに顔傷の女と相対する。


「確かに、儂はあの者と同志の関係じゃ。我らの総意で儂自らカルマに接触し、彼の者の行く先を見届けんとしておった」

「何を企んでいる?」

「何も企んでおらぬ。儂らはあくまで、この世界に紛れ込んだ『転生者』であるカルマが、決定的に道を踏み外さぬよう導くために――」

「吹かすなよ、腐れが……!」


 ぎしり、と指先が首に食い込む。喉笛を締め付けられ声が出なくなる。

 紅い瞳を憎悪にもやし、女は血を吐くような声で、


「転生者? 転生者だと!? ふざけるな賢人気取り! 気付かなかったなどとは言わせない!

 転生どころか、あれはまだ生きている(・・・・・・・)――――!」


 そんな、煮えたぎる鉛のような声に、イニティフは、



「――――く、くひヒヒひ……っ!」

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