信じぬものは――
■■■■■名:若■■子
種族:人間 Lv:■■ 戦力値:■■
HP:150/150
MP:150/150
SP:150/150
■撃:150
防御:150
技■:150
敏捷:150
魔■:150
抵抗:150
保有スキル
■火Lv--
蜘■糸Lv--
幻■の■■Lv--
●
「はははっ! なんだそりゃあ!?」
目の前に現れた女のステータスを鑑定して、カルマは堪え切れずに笑い声を上げた。
「よくある覚醒する系のボスかと思えば弱体化してるじゃねえか! そんなんでよく俺の前に立ったよなぁ!?」
「カルマ様、この女……」
「気をつけろよクレア。あいつ変なスキルを持ってる。あとで奪って検証してやらなきゃな……」
ステータスは軒並み一律化された上に、スキルにいたってはたったの三つ。カンストしたカルマの鑑定に読み切れないものがあるはずがなく、だとすれば本当にこの三つしか持っていないことになる。
確かにステータスは高めといえる。王国軍の一般兵など歯牙にもかけない強さだ。しかしたったの150では野良のワイバーンを一体殺せるかも怪しい。
込み上げる笑いを抑えきれない。……滑稽だ、あまりに可笑しい笑い話だ。こんな雑魚に――
「――こんな雑魚に、ニアがやられたってのか……!」
「――――なんだ。お前、勘違いしてるのか」
激昂する少年に比べ、相対する顔傷の女は落ち着き払っているように見えた。
「ものを殺すのに力は要らない。速さも要らない。それらはあくまで一要素に過ぎない。言うなれば、振るう道具の大きさを示す目安でしかない。
一リットルの水でも人は溺殺できる。赤子の腕力でもやり方次第で首は絞められる。一枚の紙切れでも首を裂くことができる。
要は使い方の問題。操者の手元から糸が波打ち、それを受けて人形が岩を砕くように、求められるのはいかに巧く限られた力を伝えるか。
――――あぁ、こう言えばわかりやすいか」
言って、女は口端を吊り上げて微笑んだ。カルマと聖女、そして今や物言わぬ骸となったニアを順に眺め、
「――お前たちを殺すのに、生身以上の力は必要ない」
「言ったな、この売女めが……!」
聖女が激発した。面貌を憤怒に染め、踏み込んだ足が地面にめり込む。
北西の神官戦士が身に纏う重装は、重さにして数十キロに相当する。自らの体重と同等の重量を誇るそれを、クレアは身体強化を使用して着こなしていた。二年という短さで大出世を遂げた弊害で、筋力を鍛える間が無かったためである。
総重量百キロに及ぶ重量物が、身体強化を駆使して鎧騎馬のように突進するのだ。その威力をもってすれば、生半可な人間では弾き飛ぶどころか轢殺されてもおかしくない。
「神を冒涜し、カルマ様を愚弄し、ニアを死に至らしめたその暴挙、断じて見逃しません! 使徒様から賜ったこの力! この加護をもって! 邪悪なる神敵をここにィ――――ッ!」
「――――」
右手のメイスを振りかぶる。盾は砕かれたが、左手の傷は癒した。身体の調子は万全で、悪辣なる邪悪と対決するに十分だ。
……おぉ、神よ、我が主よ。従順なるあなたのしもべをお見守り下さい。あなたの羊は今や立派な角を携え、あなたの遣わした御遣いのため大敵と対決しようとしています。
どうか私に、この淫売を討ち果たすための力をお分け与え下さい……!
血走った目を剥いて駆け寄る聖女を前にし、紅い女は動じた様子も見せず、
――――――高天原に神留まり坐す
黒槍を構える。どっしりと腰を落とし、あたかもその様は根を下ろした大樹のよう。
弓のように引き絞る。前に突き出した左手は照準のためか。
――――――皇親神漏岐、神漏美の命以ちて
逆向きに握った槍がぎしりと軋む。重装相手に穂先は不向き、ゆえに相手に打ち込むべきは石突きの先。
意図を通すためには鎧が邪魔をする。ならば槍に伝える動きは捻転たるべし。
女が迫る。女が迎え撃つ。振りかぶった聖棍を打ち下ろし、聖女は微塵に砕けた女の頭蓋を幻視して、
「死、ねぇ……!」
――――――傀儡舞を、奉る
聖女の意識を、轟音を上げて迫る石突きが埋め尽くした。
紅い女の足元には、踏み足から螺旋の跡が描かれていた。大地との反発から生まれた衝撃は回転となって腰から肩、腕へ伝わり、各部の筋力を上乗せしながら余すところなく黒槍へ伝播する。
鈍重なメイスなど置き去りにすり抜ける。空気を引きちぎり放たれた石突きは易々と聖女の重装、その首当てを粉砕し、狙い違わず鎖骨の間を打ち飛ばした。
「ご、ぉあ……!?」
自らの重量、その突進を喉元一点に受けた苦痛は想像を絶した。身体強化を施さなければ、穂先がなくとも槍は彼女の首を貫き勢いのまま刎ね飛ばしていただろう。
――宙に撥ね上げられ、苦悶の声を上げる聖女を見ればどちらがマシかなど答えられようもないが。
「クレア……!?」
どさりと地に落ちた聖女にカルマが叫んだ。焦燥を滲ませながらも駆け寄ることはできない。槍を突き抜き、残心を示す女が隙を逃すまいと見据えている。
「ごほっ!? けぅっ! ……な、めるな……!」
喉を潰され咳き込みながら、なおも聖女は恐るべき執着で立ち上がった。血の塊を口から吐き出し、赤くなった歯を剥き出して敵を威嚇する。
「ふし、不信心者め! 邪悪なるあく悪魔の徒に、私ぎ達神のしもべは屈しません! 必ずやその、その……!」
「屈するも屈しないも、好きにすればいい。もうとっくに終わってる」
「なにをぉ……!」
つまらなげに吐き捨てた女を、聖女はあらん限りの憎悪をもって睨みつけ、
ぐりん、と視界が横に流れた。
「え……?」
間の抜けた困惑の声。ずれた視線の先には、呆気にとられたカルマの顔。一体どうして自分は敵から目を離しているのか。
クレアの意思に反して、彼女の頭は明後日の方向にねじ向けられていた。
そして、勝手に横を向く首の動きは留まらず――
「え、えぇ? うそ、こんな……!?」
捻じれていく。
真横に向いていたクレアの視界が、さらに横を覗こうとじわじわと動いていく。
必死で正面を向こうといくら力を籠めようと、まるで自分の身体ではないかのように言うことを聞いてくれない。無駄な努力と嘲笑うように、じりじりと首は後ろに向けて捻じれていく。
どうにかしなければならない。どうにかしなければならないというのに、片膝をついた姿勢はびくともせず、ただ首だけが旋回していく。
「い、いやぁ!? なに、これ!? いったいなんなの!? カルマ様、助けて……!」
「クレア!?」
混乱する聖女が助けを求めた少年も、何が起きているのか理解すらできなかった。
「……こういうとき、どういう言葉をかけられるか知ってるか?」
自由になった両手を頭と顎に押し付け、それ以上回らないようにぐいぐいと力を籠めるさまは、どこか滑稽さすら漂わせる。
自らを省みることも出来ず、カチカチと歯の根を鳴らし目元にいっぱいの涙を溜めたクレアは、縋りつくような視線をカルマに向けて、
「――――『おぉ、信仰薄き者よ。どうして疑ったのですか?』」
「ひィ――――くききけっ」
ぼきん、と聞き慣れない音がした。
頭を抑えつけていたはずの両手が、持ち主を裏切るように真逆に動き、力任せに首を捩じる。
顔が真後ろを向いた人間の生死など問うまでもなく、両腕をだらりと垂らした聖女は力なく倒れ伏した。




