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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
迷走する仲人
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それだけは認めない

 夢うつつの微睡みの中、その声に叩き起こされた。



「――――この方こそ、神の遣わされた『転生者』なのですから……」



 …………なんだって?

 今、お前は何と言った?



「――――全ては主の御意志! 運命が私たちを導いたのです……」



 神? 転生? ……なんだそれは。

 そんな馬鹿げたものがあるものか。



「――――自由に生きていいって神様からも言われてるし、ここは一発、建国でも……」



 ……ふざけるな。

 神だと? 転生だと? 特典だと?

 どうしてお前が、そんなものを手にしている。


 生まれつき高潔な魂を持つわけでもあるまい。

 生前にこれといった徳を積んだわけでもあるまい。

 死に際するまでの生涯が全くの無垢であったわけでもあるまい。

 死に至るまでに想像を絶する苦痛を味わったわけでもあるまい。

 だとしたら、なぜ。

 そんなありきたりで凡庸な人間が、どうしてそんなものを手にして笑っていられる?


 なるほど確かにそれは奇跡に違いない。恵まれた力を貰って新たな世界で第二の人生。順風満帆で一国一城の主も夢ではない。

 だからこそ解せない。どうしてお前が、お前だけがその恩恵にあずかっていられる?


 ――ふざけるな。

 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるな。


 そんな馬鹿げた話があってたまるか。

 そんな理不尽な話があってたまるか。


 ――――あの子(・・・)は死んだぞ、転生者。

 有象無象のように焼き払われた。残った炭火は何も語らない。


 何をしたというわけでもなく、何をされたというわけでもない。村を築きそこで生活を営んでいただけだ。

 だというのに、ただ存在自体が邪悪だという理由で殺された。

 何も残らなかった。お前ですら持っている魂ですら。

 聖油を混ぜ込んだナパーム弾。……笑わせる、何が聖なる爆撃だ。何が科学と神威の聖なる合一だ。

 邪悪なるものは魂すら存在を許さぬと焼き消された。あの子はもう――他の何かに生まれてくることすら叶わない。


 ――――ならば、お前はなんだというんだ、転生者。

 お前は何をしてここにいる。

 お前は何のためここにいる。

 些末な事情、下らない理由、浅ましい欲望。俗人そのものなお前が、どうしてそんな力を持ってここに来る。

 あの子には許されなかったそれが、どうしてお前に許されるというのだ。


 断じて認めてなるものか。断じて許してなるものか。

 いかにも、これはあくまでわたしの私情。醜い妬心から湧き上がる八つ当たりに過ぎない。


 だが――覚悟しろ、転生者。

 この憎悪は神をも殺す(・・・・・)

 我ら若槻の傀儡術、その粋と業、身をもって知るがいい――――!



   ●



「なに、おじさん?」


 突然腕を掴まれたニアが驚きの声を上げた。男は応えず、無言で少女を見つめ返し――軽く目を細めた。

 まるで興味を失ったかのように。虫か汚物を見るような見下しきった瞳だった。


 ぎちぎちと少女の腕の骨が軋みを上げる。今まで満身創痍であった様からは信じられない力で、万力のように絞めつけられていた。潰されそうな痛みにニアの顔が歪んだ。

 それと不思議な異物感。まるで腕を伝うように蜘蛛糸が纏わりついてくるような、奇妙な不快感があった。


「痛いよ。放してよこのバカ! さっさと死んじゃえ!」


 右腕が掴まれたとしてももう片腕が残っている。本当は一度斬り落とされたこの右腕で止めを刺したかったが、そうも言っていられない。

 ニアは内心舌打ちを漏らしながら、左腕の短剣を振り上げて、



「――――――接続(access)



 ぱきん、と何かが折れる音を聞いた。たとえるなら、生木を踏み折るときのような。


「え……?」


 唐突に消え失せた左腕の感覚。思わず振り返れば、そこには短剣を取り落し、肘から先があらぬ方向に折れ曲がっている自分の腕があった。


「え? えぁ? なん――」


 狼狽の声を上げる。しかし異変は止まらない。

 ぱきん、ぽきん、ぼきっ、ごりっ。

 指、手首、掌、腕、二の腕。

 音を立てて少女の腕が折れていく。先から順に、巨人につままれて丸められるように。


「え、えぇぇえええええ!? ぎゃっ、いだぁ……!?」


 ごきん、ぐりっ、ばきっ、ぐしゃっ、ぶちっ。

 足が折れる。脛が裏返る。肩が外れる。背骨が捻じれる。膝が砕ける。

 ニアの意思をまったく無視し、身体のあらゆる部分が見当違いの方向に捻じれ動いていく。

 まるで不出来な操り人形のよう。無茶苦茶な動き、可動域を外れる動きに耐えきれず、身体中の筋という筋が引きちぎれ、裂けた肌から血が噴き出た。


「あが、ぎゃっ、ぐぃぁ、げぃ、ぁああぁぁぁあああ……!?」


 ――こんな断末魔を、人が発することができるのか。

 唖然として息を呑むカルマたち。その思考の空白は、少女の助けに入るには致命的に過ぎた。


 そう、すでに手遅れ。少女の体内に潜り込んだ何か(・・)は、彼女の身体の制御を完全に奪い取る。


 腰が抜けた。腹が絞られた。喉が狭まり居場所を失った舌が勝手に突き出た。目玉がぐるんと裏返り、視神経が引き千切れ眼窩から細長いものが飛び出て来た。捻じれた身体でブチブチと内臓が擦り潰され、少女の口から真っ赤な血飛沫が噴水のように噴き上がった。


「――人でもなく、狗でもない。定まるものを持たない木偶相手なら、案外簡単に掌握できる」


 もはや人とも思えない絶叫を上げる少女を、豹変した男はこともなげに投げ捨てた。ゴミのようにカルマの方向へ転がった少女の身体は、滅茶苦茶に折り畳まれて原形を留めず、蹴鞠のような大きさになり果てていた。


「ニア――――ッ!?」

「かひゅ……」


 それは声ではあるまい、呼吸でもあるまい。すでに少女は死体、息も声も発する道理はない。ならばその口から出た音は、肺に残っていた空気が圧縮されて漏れ出たに過ぎない。

 そうでなければ、こんな最期はあまりにも――


「……神ト遭うテは神を斬り、仏と遭ウては仏を殺セ――」


 男の口から漏れた声は、先刻のそれとまるで異なっていた。

 高く、軽く、雑音を取り去るように澄んでいくその声は、紛れもなく女のもの。


 背が縮む。手足が細く身体つきが丸みを帯びる。壮年風だった風貌が若気を取り戻していく。

 傷や麻痺などなかったかのようにすっくと立ち上がり、女は背筋を伸ばして息をついた。

 長く伸びた赤髪を首の後ろで纏め、銀の額当ての陰から双眸と傷跡を覗かせて、


「て、めえ……!」

「会いたかったんだろ、餓鬼? わざわざ指名に応えてやったんだ、支払いを渋るなんて真似はしてくれるな――――!」


 限りない憎悪を糧に嘯き、手元の黒槍を小脇に構えた。

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